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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2019 運命に棹さして
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風の大地の巨人

 パブロ・セラーノはサッカー史の教科書に太字で記載される人物となりうるだけの資質を持ち合わせていた。しかし現状その資格は失われている。


 生まれはアルゼンチン南部、風の大地パタゴニアにあるコモドーロ・リバダビア。地元のクラブのユースチームでキャリアをスタートさせたが間もなくその才能を見いだされ首都の強豪に引き抜かれた。


 アンダー世代の国際大会では得点王になり優勝に貢献した事で世界的な注目を集め、争奪戦の末にスペインへ渡った。そこでも着実にキャリアを重ねて2010年にはワールドカップのメンバーに選出された。


 本番では前線の層の厚さゆえにグループリーグに出場したのみであった。その短い出番でもしっかりとゴールを奪っており、次回以降どれだけ伸ばせるかと期待された。


 大会では不完全燃焼に終わったもののこの時点ではまだまだ将来のアルゼンチンを担う、無限の可能性を秘めたホープの一人であったのは間違いない。事実、セラーノの全盛期はここからで、出身地の由来となった巨人の異名はその左足のまばゆい輝きとともに世界的に知れ渡った。


 190cmに近い長身とスピードを併せ持つ恵まれたフィジカルを活かした強烈なプレーの数々、特にそれまで何の予兆もないところからいきなり繰り出されるミドルシュートのクオリティは驚異的で、年間最優秀ゴールにも選出されたほどの鮮烈さであった。


 そしてアルゼンチンのエースとして2014年は期待されたが、直前で怪我をしてほとんど活躍できず、わずか2試合の出場に終わってしまった。そしてこの怪我こそが、彼の人生を暗転させるきっかけであった。


 これ以降は毎年のように故障発生し、満足のいくパフォーマンスを発揮しきれないままスイスやギリシャなど各国のクラブを彷徨。そして31歳の夏、彼が日本の尾道へ移籍へというニュースが突然飛び込んできた。


「ねえ見ました? 新聞!」

「ああ、まさかこのチームでこういう出会いがあるとは思わなかったぜ!」


 普段からハイテンションな宮島がそれ以上に声を張り上げて叫べば、いつもはクールな添島までもが握りこぶしを上下させて答える。クラブハウスの中さえも興奮のるつぼと化していた。


 選手たちにとってもまさしく寝耳に水であったし、こういう補強をするのは神戸や鳥栖の話だと思い込んでいたサポーターからしてもサプライズを通り越した衝撃、まさに稲妻に打たれたように半信半疑であった。


 だがこの知らせは間違いではなかった。粛々と事態は進んでいき、ついに8月の頭には入団会見が行われた。年俸は億単位で、一体どこにそんなマネーを溜め込んでいたのかと不思議なほどであった。


 また背番号は39に決まった。会見によれば「日本では感謝を示す意味を持つ番号だと聞いた」との事だが、一体誰にそそのかされたのだろうか。


 ともかく、飯沼社長と世界的ストライカーのツーショットという世にも稀なる光景がそこに現出している以上、これはもはや夢物語やスポーツ新聞が無責任に書き連ねた飛ばし記事なんかではないと自覚する以外にはなかった。


「ふむ、施設な上等みたいだな」


 加入後の初練習、いきなりマスコミに囲まれて彼は訪れた。はるばる沼隈半島の付け根にある山の中へと。本人は見知らぬ街を人々を植生を、それなりに興味深く楽しんでいたが、取り巻く人々の中には「こんななにもないところにわざわざ行かされるなんて面倒だな」と思っている者も、無論口にはしないながらも態度や顔つきを見ると隠しきれずにいた。


「今日から尾道に加わることになったパブロ・セラーノだ。俺はこの日本に、尾道に来る事を自分の意志で決めた。だからその決断が正しかったと必ず証明しなければならない。だから俺はやる。やらねばならぬ。今言えるのはそれだけだ」


 彼はかつてスターだったが今はそうではない。それを一番理解しているのは他でもない自分だった。怪我ばかりで満足のいく成績を残せないシーズンが続きすぎている。しかしその胸にはかつての栄光が育んだプライドで満たされている。その傷ついたプライドを慰められるのは自分以外に一体誰がいるだろうか。


 彼は誰よりも自分のために、祖国の裏側にあるこの島国で何としても結果を掴まねばならない。誇り高き巨人は不退転の決意を秘めて真夏の空に体を震わせて一歩を踏み出した。


 練習では軽くジョギングするだけでもシャッターが鳴り響き地鳴りのようにマスコミが動く。既存の選手たちには見向きもしない。ここまであからさまだと自惚れる隙間すらないので「あっちはあっちだ。俺たちは俺たちでしっかりやろうぜ」と開き直ってしっかり練習できたのはある意味幸いであったかも知れない。


 そしてセラーノの練習の強度がそこまで高まらないうちに次戦となる浦和戦を迎えた。そこでいきなりこのようなスタメンを繰り出してきた。


スタメン

GK  1 種部栄大

DF 12 茅野優真

DF 29 小石川龍馬

DF 20 讃良玲

DF 15 西東良福

MF 17 山本聖樹

MF  4 八幡銀仁郎

MF  5 蒔田宏基

MF 16 宮島傑

FW 39 パブロ・セラーノ

FW 11 野口拓斗


ベンチ

GK 25 潘海斗

DF  2 円山青朗

DF 34 ボイェ

MF  7 奈古一平

MF 24 森川好誠

FW  9 荒川秀吉

FW 10 デニス


 真夏で日程もタイトになっているので疲労軽減のためシドニーと河口を休養させている。ついでに浦和から期限付き移籍中の添島も試合出場はない。注目の最前線には、いきなりセラーノをスタメン起用という意外な用兵を見せた。練習を見てもまだコンディションは上がりきっていないのだが。


 ただこういった起用がなされる際は大抵監督より上の部分で決められているもので、ジョンブルはその要求を聞き入れつつ勝利のために最善を尽くすのが美徳と考えていた。


 そこでもう一つのサプライズ、それは今シーズン初めて背番号9がリーグ戦においてベンチ入りを果たした事であった。まるで毛嫌いされているかのように出番がなかったにも関わらず「必ずその力を必要とする時が来る」などとふわっとした物言いで焦らし続けた指揮官だが、やはりその言葉に偽りはなかった。


 これまでは浦もいたし、秀吉がいなくてもどうにかなっていた。しかし今やあの若武者はスペインへと去りゆき、チームの勢いも明らかに減じている。そのためのカンフル剤として加入したばかりのセラーノ起用もあるが、確実にチーム力をアップさせる策も併用した上でそのようなギャンブルに走ったのはさすがに一筋縄ではいかない百戦錬磨のベテランらしい。


「それにしても良かったですね、ヒデさん。ずっと練習でもいいもの見せてたし、ようやく認めてくれたんだなって」


 他人の事を自分の身に降り掛かった出来事であるかのように喜ぶ野口の涙に潤んだ瞳に秀吉は苦笑いを浮かべつつ「まだまだこれからだよ」と感じすぎに釘を差した。


「でも……!」

「いや、気持ちはありがたい。タクト、お前は本当にいい奴だよ。でもまだ試合に出られるわけじゃないからな。そして試合に出たとしてもすぐに結果を残さなきゃ逆戻りよ。それはお前だって承知だろう?」

「はい。それはもう」


 野口も今シーズンは長らく苦しいポジション争いを経験し、なかなか満足に出番を得られない日々が続いた。それでも控えとして多少たりとも戦力として計算されてはいた。一方で秀吉はまるで計算に加えられていなかった。紅白戦でさえ出場させられない事もあった。


 それでも日々心を整えトレーニングを積むベテランのストイックな姿が野口にとって、それ以外の選手にとってもどれだけ重要な意味を持っていたか。決して雄弁に語る男ではないが、それ以上に伝わるものは大きかった。


「まあお前と違って俺はもう点を取る以外に何も貢献も出来ない男だ。もっとも出してくれればそれを成し遂げる自信はあるがな」

「おお、さすがヒデさん。男の矜持って奴ですね!」

「ふっ、あんまり茶化すなよ。それよりタクト、お前こそそろそろゴール量産体制に入ってもいい頃じゃねえか?」

「そ、そりゃあまあ……。頑張りますとも!」

「はっはっは。ただ今日の相棒はあのパブロだ。しっかり楽しんでこいよ!」

「はい!」


 談笑する日本人を横目に、試合前のセラーノはゆっくりスパイクの紐を通して結ぶという自分のルーチンに没頭していた。

100文字コラム


途中加入ながらも奮闘する潘。神戸南京町の中華料理屋で腕を振るう父も「海斗しっかりやってるね」と嬉しそう。「このまま尾道でやるならスタジアムグルメの出店を立候補しようかな」とまで言い出す子煩悩っぷりだ。

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