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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2019 運命に棹さして
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情熱を止められないその2

 南半球は季節が逆さまになっている。夏に近づいていく日本列島とは裏腹に、ブラジルは冬に向けてステップを踏みしめているから、不可思議な運命もまた必然のうちに入ると言えるのだろう。今日この時に浦と讃良が旧友と出会うのもまた予定通りの偶然であった。


「おお、いたいた! おーいトリちゃん久しぶり!」

「あっ、お前ら! なんでこんなところにいるんだ?」

「なんではねーだろ。久々の再会だってのによう」

「いや、驚いただけだ。あんなヘタクソだったくせに国の服を着られる立場になったなんてなあ」

「へっ、やっぱり知ってたんじゃねえか」

「ああ。どこにいても俺は尾道で過ごしたあの日々を忘れた事などなかった」


 冷めた瞳が徐々に熱を帯びていき、そして張り詰めた緊張が鼻から漏れる空気とともに一挙に緩んだ。しかしまさか、ラファエル・トリニダードと地球の裏側で邂逅する運命が待ち構えているとはあの時の音のない別れの瞬間には想像だにしなかったであろう。


 本来交わるはずのない運命が重なり合ったのは2017年。浦と讃良は当時19歳。サッカー界においては若手と呼んで然るべき年齢である。しかしそんな自分たちよりも若くして自分たちよりも光り輝く才覚を示すこのエクアドル人の存在が「俺たちはまだ若いんだから」という甘えの気持ちを吹き飛ばした。


 1年でトリニダードはスペインへと旅立ち、そして大いに活躍した。年俸も跳ね上がった。今年の夏には3桁億円の移籍金とともに世界屈指のビッグクラブへ移籍するという話も出ている。無論、尾道時代とは比べ物にならない、文字通り桁違いの額を貰う身分となっている。今尾道が手を出そうにもとてもとてもかなわない数字だ。


 しかしそんな状況にも関わらず、トリニダードはその決して短すぎるとは言えない人生の一時だけかすめただけに過ぎないはずの尾道を今でも鮮明に覚えていた。青春の1ページはそれからの人生の10年にも等しいが、トリニダードにとって尾道はまさしくそれに当たっていた。


「それで、みんな元気でやってるか?」

「まあな。元気が有り余ってて、ウララなんかお前を追いかけてスペインまで行くぐらいだからな」

「へえ?」

「ああ、正式発表はまだだけどな、近いうちにはっきりすると思うぜ。セビリアのほうだ」

「そうか。……まっ、頑張れよ」


 浦の海外移籍に関してはまさしく世界初公開と言える情報だったが、トリニダードは案外醒めた目つきのまま淡々としていたので拍子抜けした。でも冷静に考えて、相手は自分より若い頃から南米から日本を経てヨーロッパを暴れまわっているのだから、経験値がまったく違う相手に小さな成功をひけらかしたところでそうなるのは自明ではあった。


 年齢以上に大人びた、奇妙なまでに達観した表情でため息など付きながらぽろりとこぼす言葉に浦は「年下に言われたかねえな」と苦笑するしかなかった。


「とにかく、今日の試合でも出番があればきちんと成長した姿を見せてやるさ。楽しみにしてろよトリちゃん」

「ああ、そうだな」


 うっすらと唇を紅潮させながら微笑み、そしてお互い戻るべき場所へと戻っていった。なお試合はトリニダードと浦がそれぞれ1点ずつを取り合って引き分けた。


 試合後、ともにグループリーグ敗退でこの戦いから一時的に解放されるという心の高揚もあってユニフォームを交換し合った。トリニダードは尾道ではよく見せていた人懐っこい朗らかな笑みを一瞬だけ浮かべると、再び試合中と同じ凍りついたような無表情に戻って踵を返した。


 そんな一瞬の表情さえ、マスコミは執拗に取り上げて「トリニダードがこんな表情をしたのは見たことがない」などと書かれる環境が彼を変えてしまったんだろうとのんきな田舎者である浦と讃良でさえも簡単に推測出来るものであった。


 ともあれいくら表面を取り繕ったところで、その中身は相変わらずサッカーが好きな少年のままでいるのは間違いない。そこは多少安心しつつ、日本代表の選手団は帰国の途についた。


「相変わらずえぐいプレーだったなトリちゃんは。でも……」

「ああ、チームメイトとはあんまりうまくいってなかったよな。普通ならパスでいいところも全部自分で行ってて、仲間もそれを諦めてるみたいだった」

「まああんだけうまかったらそうもなるんだろうけど、でもあれじゃサッカーになんねえよなあ」

「でもそんな相手に引き分けだった俺たちも俺たちだけどな」

「そうだな……。まだまだやる事はいくらでもある。だからこそ帆を上げて航海に出るんだけどな。それで讃良、お前はどうなんだ?」

「オファーがあればそりゃ考えるけどな。まあ国内なら尾道以外はねえな」

「だよなあ。かといって海外ならどこでもいいってわけでもないし、そこは縁なんだろうな。俺はこうやって移籍するけど、お前は案外ずっと尾道のままって道もあるか?」

「先の事なんて分かんないさ。ヒデさんだって言ってたろ。道なんてものはその時その時を全力で生きた軌跡でしかないんだって」

「まあ、そうだろうな。それにしても、今俺たちが乗ってる飛行機が日本に到着したら、しばらく会えなくなるんだな」

「今更センチメンタルになられてもなあ。ウララのくせに。……また釣りにでも行こうぜ」

「ああ、きっとな」


 帰国後、浦の移籍は正式に発表された。


 その後も、尾道の選手たちは様々な動きがなされた。ここまでなかなか出場機会に恵まれなかった汐野が大宮へ、平田が大分へ、池角が山口へそれぞれ期限付き移籍すると相次いで発表された。


 池角に関しては育成型で復帰前提の移籍だが、汐野は「尾道で過ごした3年半の日々は自分にとってかけがえのない宝物でした」などと過去形のコメントからも察せられるように、おそらく戻っては来ないだろう。平田も古巣への復帰という形になる。


 結果的には尾道において確固たるポジションを奪うには至らなかったが、そのセンスは間違いなかった。微妙なマッチングによって未来の運命は右にも左にも平気でぶれていく。それが生きるという事の難しさであり、また楽しさでもあるのだ。


 一方で補強の声はなかなか聞こえてこなかったのでファンをやきもきさせたが、7月も終わりに近づこうかと言う時にようやく発表された知らせは「ああ、尾道さえもついにこんな補強できてしまう時代になったのか」という雷鳴のような驚愕を呼び起こした。

100文字コラム


浦と荒川が電撃和解を果たした!空港で「すっかり飛び越えられたな。おめでとう」と労う老兵に「本当はずっとヒデさんに憧れていたんです」と若武者。もはやそれ以上の言葉は不要。そして男達は長い抱擁を交わした。

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