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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2018 永遠の向こう側
248/334

絶対的関係

 長きに渡った戦いが一つの区切りを迎える十二月。ラストマッチとなった札幌戦は激しい点の取り合いとなったが、尾道が4対3で制した。これで尾道は過去最高を更新する7位でシーズンを終えたが、今日の勝利の原動力となったのがハットトリックを叩き込んだ浦剣児であった。


 浦は前々節の柏戦で1得点、前節の鹿島戦で2得点と来て今度は3得点と、かねてからいつ開花するかと待ち望まれてきた才能が一気に弾けた。試合後に行われた、今シーズンずっと応援してくれたサポーターへのウィニングランとしてスタジアムを一周した際にも最大級の歓声が巻き起こっていた。


 この行列には吉野実業の長屋や泉南大の宮島といった来シーズンからの加入が決まった若者も加わっており、また新顔だけでなく少し懐かしい顔も混じっていた。かつての背番号5、尾道のディフェンスリーダーとして昇格までチームを引っ張ってきた港滋光である。今年からユースチームのコーチを務めていたが、来年からはトップチームに引き上げられるため今のうちに顔見世をしておこうというものだ。


 ヒース監督を筆頭とする首脳陣は全員留任が確定しているが、それに港も加わる形となる。それに伴ってユースの赤藤のトップチーム昇格も発表された。山本、小谷とともに二種登録選手となったディフェンダーの赤藤だが、判断力などの未熟さもあって当初は大学進学の線が濃厚であった。しかし港は彼の潜在能力を買っており、最終的にはその意見が勝った形だ。


 ここで断言しておくと、港はヒース後の監督候補筆頭として能島GMから目をかけられている。それゆえに監督として絶対に必要な能力、選手の能力を見抜く力をいきなり問われたのだが、その正解が出るのは数年後である。


 ともあれ老いも若きもそれぞれが温かな歓声を浴びていたが、今日のヒーロー浦と同じほどの大歓声をその身に浴びていたのが、この試合に未出場どころかベンチにも入ってなかった秀吉であった。とは言っても、試合に出られないのは当然。つまり1ヶ月ほど前に行われた試合中に足の指を骨折していたからだ。


 その体は未だに癒えておらず、トレーナーの南城小早に肩を支えられながらゆっくり歩く姿はいささかの痛々しいものではあったが、それでも男の表情に曇りはなく、まっすぐ見据えた瞳の清らかさにサポーターたちは息を呑んだ。


「荒川ー、必ず戻ってきてくれー!」

「怪我なんかに負けるなよ!」


 ふらつきながらゆっくりと歩くだけでも巻き起こる声援が、この地にすっかり馴染んだ証明であった。この尊いものに報いるためにも必ず戻ってこなければ。歓声は彼の闘志を燃やす起爆剤ともなっていた。


「ここに来て良かったよ。やはり俺はまだまだ戦い続ける運命にあるようだ」

「そうですね。こんなにも愛されている人だから、やっぱりあの時引き止めたのは正しかったみたいですね」

「ああ、そうだな。君がいなければ俺の人生、どうなっていただろうな」


 そして秀吉は目を瞬かせたコンマ数秒の間に、怪我で入院してから少し経ったある日の午後を思い出していた。その頃はまだリハビリも始まっておらず、白いベッドに縛り付けられて動けない日々だったが、その沈黙は秀吉に立ち止まって考える時間を与えてくれた。


「はいこれ、今日の昼食です。それとこれ、マサくんのおじさんの畑で採れたみかんです」

「そっか、もうそういう季節か。いつもすまないね、お嬢さん。しかし君はいいのかい? 毎日こんなところにいて。うちには30人ぐらい選手がいるんだから、働けないおっさんの世話なんかにかまけてる暇はないだろう?」

「気にしないでください。今はヒデさんのためだけの私です」


 トレーナーの南城小早がほとんどつきっきりで看護にあたっていたが、貴重な人材一人を自分だけのために消費している現状が秀吉としては酷く情けなく思えた。弱気になっていたのだ。だから小早が甲斐甲斐しく世話をするたびに悲しみの水位は上がっていく一方であった。


「お嬢さん、そう言えば確か中学の時までは選手としてサッカーやってたんだったな」

「はい。でも段々レベルについていけなくなって……」

「……その時」

「えっ」

「いや、だから、中学の時、実際自分はもっとやれるって思ってただろう?」

「ええ、まあ、そうですね。理想としてはそうでしたけど、ただ自分の体が案外ついていけなかったと」

「その時、どう思った?」

「どうって……」

「何を考えて、そしてどうやって最後には辞めるって結論を導き出した? それを詳らかにした時、何を感じた?」

「……なんでそんな事を?」

「いや、ちょっと疑問に思っただけだよ。ははっ」


 語尾にかすかな笑みを添えて冗談を装ってみても、その笑いがいやに乾いていたからそれが偽りの感情なのは火を見るより明らかであった。フィールド上で相手ディフェンダーを騙すのは得意なのに、一度外に出るとてんで不器用になるのは秀吉の特質だが、今のそれは滑稽と言うよりも哀しさが先立っていた。小早は一度目元を指で拭うと、切なく目を細めてベッドの先を見つめてみた。


「ヒデさん、もしかして良からぬ事を考えてるんじゃないですか?」


 悲しみを溜め込んだまっすぐな目線から繰り出された言葉に秀吉はイエスもノーもなく、ただ「さあどうだろうね?」とはぐらかした。しかしもしも良からぬ事を考えていないとしたらシンプルに「それはない」と否定するのがいつもの秀吉の流儀であって、つまりこの態度は答えを述べたのと同義であった。


「ああ、やっぱりそうなんですね。でもそんな考えは即刻捨ててください。ヒデさんはこんなところで終わる人じゃありません」

「とは言ってももう後何日もすれば38歳だ。38だぜお嬢さん。君に分かるかこの数字の意味。思えばプロとしてもう二十年もやってきたわけだし、それなりに実績も残せた。それでこの怪我だ。まったく悔いがないわけじゃないが、人間いつかピリオドを打つ瞬間ってのは訪れるからな。それが案外今かも知れんと……」

「もう黙ってください!」


 稲妻の如く放たれた金切り声に驚いたのは、言われた秀吉以上に叫び声を上げた張本人であった。真っ平らに開いた目は虚ろで、一瞬我を忘れていたが間もなく正気に戻ると己の所業におののき震えていた。窓の外では色褪せた桜の葉が二枚、旋風を描いてカラカラと戯れていた。


「ごめんなさい。でも、私はただ……、ヒデさんの口からそんな言葉を聞きたくなくて」

「いや、こちらこそすまない。ちょっとセンチメンタルになりすぎた。秋だし。ただ心が参ってるのも確かだ。大事故からはうまく避けてきたつもりだったがな、ちょっと踏ん張った程度でこの体たらくじゃあ黄昏れたくもなるさ」

「若くたってする人はこういう怪我をします。ヒデさんの場合は肉体を見てもまだまだ動けますし、この間は今が一番いいって言ってたでしょう? あれが嘘だったとは思いません。それに」

「言いたいことは分かってる。ただ今はちょっとだけ放っておいてくれないか」

「分かってませんよ」


 小早はそう言い切ると、そのまま倒れ込むようにして秀吉の体を抱きしめた。強く、しかし柔らかなカーブがゴツゴツした男の胸板の凹凸を満たすように入り込む。


「苦しみを一人で抱え込もうとしないでください。ヒデさんの涙が景色を塗り替える時、私はその隣を歩きます。そのために、私はこの世に生まれてきたんですから」

「お嬢さん、何を……」

「愛しています。身も心も、そしてこれからの未来も、全てを捧げても構わないほどに」


 瞳から溢れ落ちた別の温もりが2つの胸の隙間を埋めた。心臓の鼓動がいつもより近くに響いて、身動きが取れない。普段の気楽さとは違う、真心を剥き出しにした言葉を振りほどけるほどに秀吉は強くもないし弱くもなかった。


「……俺を励ますための戯れならありがたく頂戴したいところだが、どうもそんなお遊びじゃ済まなさそうだな」

「ええ、昨日今日の思いつきとは違います。ずっと溜め込んでいた真実の想いです」

「そうか、ならばお嬢さん……。いや、もはやそんな言い方でごまかすまい。男から女へ、人間から人間へ、そして荒川秀吉から南城小早へ、今、本当の気持ちを君に伝えたい」

100文字コラム


食感が愉快なタピオカが今更再流行中。尾道でも多摩男が火付け役となってチーム内に広まりつつある。一方中原荒川ら第一次ブームを覚えているベテランは「タピオカって白くなかったっけ」と少し戸惑いを見せている。

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