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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2017 迷走の先の光
222/334

荒ぶる神その2

 負けたら絶望。緊迫感漂う中で行われた一戦はまるで雲ひとつない青空のような静けさで、しかしほんのきっかけとともに何かが起こりそうなきな臭い雰囲気に満ちていた。


「お互い動きが硬くなるのは当然だ。だからこそ積極的に突破していこうぜ!」

「おう!」


 前半の主導権を握ったのは、このようなコンセンサスに基づいた鋭い突破を続けた尾道であった。しかし大宮の集中力もさすがで、クロスを上げられても最後は確実に跳ね返して失点を許さなかった。とは言え前線であまりボールが繋がらず、どちらが先に点を取りそうかと問われるとほとんどの人が尾道と言うような展開だった。しかしそれは砂上の楼閣に等しい安寧であった。


 前半ももうぐ終わろうとする41分、それはいきなり訪れた。ようやく大宮がチャンスを作り、敵陣の奥深くまで侵入に成功した。ここでマークについていた茅野が競り合ったが、うまく身体をひねられてファールを与えてしまった。


「ちっ、面倒な位置で倒したな」

「あれは相手がうまかったし、仕方ない。切り替えよう!」

「分かってますよ、イケさん」

「さあ、どんなボールで来るかな」


 ゴールに近いながらも角度のない位置から大宮のフリーキックは放たれた。巻いてゴールに近づくボールをキャッチするべくジャンプした尾道の守護神山田多摩男だが、通常より鋭い回転がかかっていたのでボールをその手に収められずに弾いてしまったのだ。そしてそのままオレンジの選手に押し込まれ、先制を許した。


 選手も観客も、一瞬何が起こったのか分からなかった。その心理的エアポケットを突くように、大宮はもう1点追加して前半は終わった。


「何だこの戦いは! いや、戦いではない。お前たちは先人たちが汗を振り絞り、時に血を流してまで築いてきたサッカーの歴史を愚弄した! 甚だ不愉快だ!」


 うつむいてロッカールームに戻った選手を待っていたのは、顔を真っ赤に染めた指揮官の怒声であった。その拳は傍らにあった作戦ボードを叩き割って、戦士になりきれなかった11人の不甲斐なさを詰っていた。


「戦術は変わらん。だがサイード! ナコ! お前たちはどうしてそう平気な顔をしていられる!? 45分後、お前たちはベンチの横でひっくり返ってなきゃならないんだ! 走れ! 動けなくなるまでもっと走り抜け! タクトもだ! 傷ひとつ負わないセンターフォワードなど不要! とにかく勝負は後半だ。それは試合前も言った通りだ。前半のお前たちは女々しい事この上なかった。だが後半、本当に女なのか、女の皮を被った虎の心を持っているのか、はっきりさせねばならん。求めよ、さらば与えられん!」


 指揮官が最後に求めたのは闘志の部分であった。勝たなければならない試合に2点のビハインドは口で言うよりもよっぽど重い。しかしだからと言って下を向くのではなく、この絶望的な状況であれ跳ね返して勝ち取らねばならない。残留とはそうやって血で血を洗う争いの末に与えられる権利なのだから。


 選手たちはもう一度顔を上げた。特に名指しで激怒された奈古とサイードは、元々言われていた以上によく走って相手ディフェンス陣にプレッシャーを与え続けた。走力に自信のあるこの二人が今日の試合に抜擢されたのはまさにこれが目的だった。


 実際のところ、前半の走行距離はこの二人がワンツーフィニッシュだったぐらいよく動いていたのだが、指揮官はそれ以上を求めた。90分ピッチに立ち続ける必要はない。動けなくなるまで動き続けろという非常にタフな任務だからこそ、若くて献身的なハートを持つこの両名に白羽の矢が立ったのだ。


 そして予想通りガス欠して、もうこれ以上は無理だというタイミングに至った瞬間に指揮官は立ち上がった。まずはサイードと交代で背番号36の中原が、続いて浦と交代で背番号9の秀吉がピッチに現れた。時は後半20分。そしてここから、今年の尾道の集大成と呼べる華麗なる戦いの幕が切って落とされた。


「さあ、やりますかなヒデさん」

「ええ、そうしましょうセイゴさん」


 30代後半はこの世界においてはもはや老兵である。残された時間は少ない。だからこそその中で最大限に己を発揮し尽くせる、その術を知っているからこそ今日この時まで生き永らえてきたのだ。


 もちろんサイードや奈古のような運動量はない。若い頃の秀吉はサイドバックで試合出場を果たした事もあるぐらい動きまくるプレースタイルだったが、尾道ではピンポイントの動きで結果を残してきた。


 中原は若い頃から運動量はなかった。しかしそれは時代に取り残されたのではなく、時代から浮遊し、睥睨する存在であり続けたのだ。変わり続けて今の姿を手にした秀吉と、変わらない事で己を磨き続けた中原。方法は違えど、そのプレーの洗練はまさしくパーフェクトで、その輝きはファーストタッチでいきなり発揮された。


 2点リードしている大宮は当然の権利のように守備に人数をかけて、守り抜こうとしている。立錐の余地もないかのように立ちはだかるオレンジの人波。しかし凡人には完璧に思える壁でも目を凝らせば確かに隙間は存在するもので、そのコンマ数秒しか開かれない瞬間に秀吉は飛び込み、そして中原はパスを合わせる。


 それはまるで何度も何度も練習した上で披露する演劇のように、芸術的なまでに一致したタイミングだった。もう数センチでもずれていたらスパイクの先端に触れていたであろうボールの軌道は、しかし全てを避けて背番号9の足元へとたどり着いた。


 キーパーと1対1。そして秀吉はこの局面で最大限の冷静さを発揮する男だ。外すはずもなかった。


 このお手本通りのようなゴールで1点差に追い上げ、なおも尾道は攻勢を続けた。逆に大宮は最後まで守り切るか打って出るか、ピッチ内の統一が乱れてきた。さらに追われるプレッシャーも加わり、前半から走らされた事で生じた疲労が数倍にもなってその脚を重たくしていた。


 百戦錬磨のベテランがこの状況を見逃すはずもなく、後半33分には再び36から9のコンビが炸裂して、ついには同点に追いついた。そしてこれを見て指揮官は第三の矢を放った。それは言うまでもなくトリニダードであった。


「お膳立ては整った。後はお前の力で勝利に導いてこい」

「白人の指図は受けん。だが俺は俺のためにこの戦い、勝ってくるさ」


 こむら返りを起こしてひっくり返った奈古と交代でピッチに立った背番号8は、激情を剥き出しにするでなく、静かにグラウンド全体を一瞥すると軽いステップで芝生を踏みつけた。残った時間は10分、しかしこの男が仕事をこなすには十分すぎる時間であった。

100文字コラム


勝永と書いてマサトと読む汐野。「初見で正しく読まれた試しがない」と苦笑するが嫌いではなく「他にないセンスだし僕が活躍して読み方を広めればいいだけ」と燃える。他に成暁、斌生、周、美徳らも間違えられがち。

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