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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2017 迷走の先の光
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新たなる波その3

 前半は新戦力トリニダードを中心に札幌を圧倒した尾道。ただトリニダードだけが素晴らしかったのではなく、それ以外の選手も実力を発揮してきた。弱いと言われてもここまで最高峰のリーグにしがみついてきた選手たちだ。一瞬のスピードやプレーの精度においてはもはや二部レベルに留まるものではなかった。


 サッカーは突出したただ一人の選手がいれば勝てるような安易なゲームではない。確かに突出した選手を獲得した尾道だが、それ以外の選手が支えていないとこのような差はつかないものだ。そういう意味では今の尾道はチームとしてうまく回っていると言える。


 そして後半も当初は勢いがあった。後半13分には野口がゴールを決めた。茅野のグラウンダーのクロスに対してトリニダードが反応して放った鋭いシュートは惜しくもポストに阻まれたが、そこに詰めていた野口がきっちりゴールに流し込んだ。やはりトリニダードの活躍によるゴールだったが、野口の動き出しの鋭さは一瞬秀吉を思わせるものであった。


 元々それほどシャープな動きをするタイプではなかった野口だが、チャンスを待つだけではゴールなどそうそう生まれないものだ。自分から動かなければ、立派な巨体とて平気で持て余してしまう。もっと成長していきたいと願う心がこの鋭さを身につけたのだ。


 もはや尾道の勝利は確定事項として、今後どれだけ差がつくのかが見どころという雰囲気さえ漂いつつあった。ここまで余裕のある開幕戦は今までなかったとサポーターたちも時が経って少し日が差してきたスタジアムでほのぼのと感慨にふけるほどであった。


 しかし野口の得点から5分後、ピッチ上において相変わらず激しい上下動を繰り返すなどまだスタミナ的には余裕綽々に見えた茅野を交代させて佐藤を投入した辺りから風向きが微妙に変化していった。


 佐藤のプレーが悪いというわけではなかったが、チームの運動量が減少した結果として全体の連動も悪くなった。茅野が持ち前の運動量でスペースを埋める事によって札幌のオフェンスを機能させなくしていたのだが、それがいなくなったので札幌にとっては攻撃の余裕が生まれた事となった。ここに至って札幌が遅まきながらも反撃の狼煙を上げてきた。


「くっ! 人数が足りないぞ! もっと戻れよ戻れ戻れ!!」


 最後尾から声を張り上げる守護神の種部だが、これは虚しい努力だった。現代サッカーにおいて守備のプレッシングは必須。しかし今年の尾道はキャンプ中からそのような指導はまったくなされておらず、しかも前線のトリニダードや謝花は守備意識が希薄なタイプだった。


「俺の仕事はオフェンスでゴールを奪う事。なるほど確かに守備は大事だ。しかし守備に気を取られすぎるあまり肝心の攻撃で動けなくなったら本末転倒じゃないか」


 そういう意識でプレーをしているので、種部がどれだけ口角泡を飛ばして要求してもそれを受け入れる事はなかった。加えて成田や浦も出来る事なら守備もしっかりやりたいという意欲はあるのだが、経験や適正の問題もあってあまり効果的な動きとはなっていなかった。


 スカスカなスペースを必死に埋めようとする亀井だがいくらなんでも一人で埋められるものではなく、バイタルエリアにガンガン侵入を許していた。センターバックの池山と円山は1対1においてはなかなかの強さを発揮するのだが、組織的なまとまりがないため何度も突破された。左サイドの井手も往年の爆発的なスピードがないため、時には振り切られそうになるなどサイドバックとしてはいささか切れ味を失っていた。


 そのような四面楚歌の状態において種部は何本かシュートを防いだものの、後半30分までに2点を失った。いずれもディフェンスラインを完全に分断された末の、キーパーにとってはチャンスのない失点だった。


 そしてこの時間帯は、相手に攻められていたためそれも当然だったのだが自慢のオフェンス陣もほとんど仕事らしい仕事が出来なかった。攻勢を仕掛けている時は良いが、ひとたび守勢に回るとまったくもって脆弱。去年もフォーメーションが固まるまではそのような傾向があったが、今年はそれが一回りグレードアップしたような印象を強く残した。


 結局後半30分から成田と交代で投入された桂城が亀井とダブルボランチ的な位置に収まってスペースを消す事で対処した。これはベンチの指示ではなく、桂城本人が試合の流れなどを見て判断した行為であった。


 桂城としても別に守備が得意な選手ではないし、出来るものなら自分の得意分野であるゲームメイクに専念したかった。実際監督はそれを期待してピッチに送り出したのだから。しかし今後の事を考えても今は攻撃より守備の安定こそが必要と見たからこそそのように動いた。


 結果的に亀井にばかりかけられていた負担を桂城も分担する事によってようやく守備は安定してきて、どうにか試合を勝ち切る公算が高くなった。しかし指揮官はテクニカルエリアの最前列に身を乗り出して、腕をグルグルと回しながら「もっと前に出ろ! 攻めろ!」としきりに声を張り上げていた。


 後半43分には最後のカードとして、運動力が落ちていた謝花と交代で車を投入したが、時間が短かったのもあって特に何をするでもなく終わった。


 結果的には5対2の快勝。しかし前半は良かったが運動量が落ちた後半の戦い方は大きな不安を残すものであった。今日は幸いすぐに勝負が決まったから良い。しかしここまでオフェンスがうまく機能しなかった場合はどうするのか。その時、この指揮官に手はあるのか。途中までは幸福な気持ちに浸かっていたサポーターも冷水をかけられた気分で帰路についた。


 監督は試合終了後に「停滞していた攻撃の立て直しを期待していたのに消極的なプレーに走った選手がいたのはもったいなかったね」などと、桂城に対する不満を口にした。結果的に失点は収まったが、監督としてはそこではなく投入後得点が入らなかった事のほうが重要であったようだ。


 そもそも竹島監督は守備にほとんど興味を示さない指揮官であった。それは試合後の会見において「守備は不安定だったが、今後どう対処するつもりなのか」という質問に対する答えからも明らかだった。


「イケもマルも今年から尾道に移籍したばかりで初めて組んだコンビ。それで2失点なら十分だと思いますけどね。これから試合経験を積んで慣れていけばもっと良くなるでしょうし」


 まるで他人事のようなコメントは解説者時代を彷彿とさせるものであった。口調や表情も「自分としてはどうでもいい事だけど聞かれたから仕方なく答えますよ」という態度がありありで、直後に質問されたオフェンス陣を語る時の活気ある語り口とはまったく違っていた。


 続く川崎戦でもトリニダードは2ゴール1アシストをマークして勝利に貢献した。2試合で5得点という驚異的な活躍は注目の的になった。トリニダードの素晴らしさについて語る時の竹島監督の顔はまさに得意満面で、本当に楽しそうだった。


 しかしこのような個人頼みの戦いでいつまでも勝ち続けられるはずがなかった。

100文字コラム


毎年背番号が変わる佐藤。以前の在籍時も一年ごとに変わっておりこだわりがないのが逆にこだわりにも思える。本人は「本当にこだわりはないです。ただ同じなら同じ、変わるなら変わるで徹底したいのはある」と言う。

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