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入団その1

 2012年のJ2は3月4日に開幕を迎える。昨シーズン、J2参戦4年目にして11位と歴代最高の好成績を残したジェミルダート尾道が掲げた今シーズンの目標は「6位以内」。つまりプレーオフ圏内に入ることである。しかし評論家たちからは「15位で御の字、1桁順位なら出来すぎ」程度の存在だと見られている。


 確かに戦力を足し算するとそのぐらいだろう。しかし戦力計算は単純な足し算とは訳が違う。例えばチームワーク、有形無形の支援、運、環境による変化などいくつもの要素が絡み合って初めて結果というものは出るのだから、最初から無理だと諦める必要はない。


 選手たちはくだらない下馬評など覆してやると意気軒昂に日々の練習を続けている。尾道のようなそれまで昇格に絡んだ事のなかった地方クラブがリーグで旋風を巻き起こすには出だしが肝心。「一発派手にスタートを決めて注目を集めてやろう」と野心に燃える男たちの激しいプレーがグラウンドで炸裂するのはもうすぐだ。



 2月28日午前9時48分。練習開始の10時を前に、選手たちは専用のグラウンドに集まって軽く体を動かしたりちょっとした雑談などをしながら集中力を高めている。選手たちのそのような姿をグラウンド内で腕を組み、黒髪を風になびかせながら眺めている男がいる。この男こそ尾道の監督である水沢威志(47)である。選手たちのコンディションを見極めるという練習前の日課は不意に響いた声によって中断された。


「ちょっと困ります。ここは関係者以外立ち入り禁止ですので」

「ん? 何の騒ぎだ」


 突然響いた声に水沢監督が振り向いた先にはクラブ職員ともみ合いになっているロングコートを羽織った男がいた。


 水沢監督はなぜかこの男のいでたちに奇妙な違和感を覚えた。身長や服装は普通だが、ボサボサの長髪と無精ひげにまみれた輪郭からはアウトローな雰囲気が漂う。目つきはにらんでいるわけでもないのに鋭く、うかつに近づくと切り刻まれかねない危険なオーラが放出されている。とにかく、この男が単なるマナーのなっていないサポーターではないのは一見しても明らかであった。


「ううむ、あの男、あの顔。初めて見たわけじゃない、そんな気がするんだが」

「監督、どうしたんです」

「おお、佐藤コーチか。見てくれ、あの男を」


 騒ぎを聞きつけた佐藤幸仁コーチ(42)が駆けつけてきた。この佐藤コーチこそが水沢監督の右腕と言える存在である。選手としては大成しなかったものの温厚な性格と多彩なサッカー知識はコーチとして重宝されている。その佐藤コーチが水沢監督の誘導に従って男の顔を一目見ると、脳で確認するより早く脊髄反射で叫んでいた。


「ああ、お前! お前ヒデヨシだろう!」


 佐藤コーチの声に反応して男は口元をわずかに歪ませた。「やはりそうだ、この男の正体はあいつに間違いない」という佐藤コーチの確信を裏付けるように男は顔に似合わず明朗な声で叫んだ。


「佐藤さん、いえ、今は佐藤コーチでしたね。ご無沙汰してます」


 姿は精悍になっても声は変わらないものだと佐藤コーチは懐かしむような声でつぶやくと「ヒデヨシ」のもとに近づいていった。


「やっぱりお前だったか。本当に久しぶりだなあおい」

「ええ、もう現役の頃だと10年ですかね」

「いや、横浜で一緒だったのは99年と2000年だからもう12年だ」

「ああ、そんなにですか」

「おお、そんなにだ。長かったよ、本当に。でもあっという間だった気もするよ」

「俺もです、佐藤さん……」


 それまでの空気が切り裂かれるような硬質で張り詰めた雰囲気から一転、くしゃくしゃとした満面の笑みを浮かべていた。一方水沢監督は細いまぶたをはちきれんばかりに見開いてこの光景を眺めていた。多数の言葉がグルグルと頭の中を駆け巡って整理できなくなっていた。そしてようやくまとまった言葉をひねり出した。


「秀吉、秀吉! そうか、この男はあの秀吉だったのか。そう、幻のストライカー、荒川秀吉!!」

100文字コラム


後書き部分には百文字コラムと題して本編に入り切らなかったエピソードを書き連ねていきます。サッカーに関係ある話もない話も織り交ぜて選手などクラブに携わる人々の立体的な魅力を伝えていきますので乞うご期待!

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