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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2017 迷走の先の光
199/334

ざわめきの序曲

 2月の開幕に向けてテンションを高めていきたい時期、いきなり悲報が舞い込んできた。獲得が決まっていたはずのブラジル人DFアイウトンがブラジル国内にある別のクラブと契約をかわしたのだ。


 彼の代理人が主張するには、尾道と結んだのはあくまでも仮契約までで、その後より良い条件を提示するクラブがあったのでそちらと契約したという話だった。林GM時代にはありえなかった失態。ただでさえ低かった現体制のサポーターからの支持率は更に低下した。


「本社では切れ者だったかも知れないけど所詮はサッカーを知らない素人の仕事」

「無理やり林さんをクビにしておいてこの体たらくとか、いきなり魅せてくれたね」


 今シーズンのスローガンに掲げた「魅せる」と掛けた皮肉も聞かれるようになる中、しかし次の手を打つのは存外早かった。アイウトンの入団がなくなった翌日には新聞に新戦力獲得の記事が掲載され、三日後には実際に契約を結んだ。


 しかしサポーターの不満は収まるどころか高まるばかりだった。というのも、その新戦力として獲得したセンターバックは札付きの人物として有名だったからだ。


 その男の名は円山青朗。高校から仙台に加入した円山は着実に実力を伸ばしていき、2011年にはセンターバックのレギュラーを確保した。余談になるが円山の台頭によって押し出されたのが、後に尾道不動のセンターバックとして昇格に貢献した橋本俊二だ。


 彼の武器は粘着質とも称される徹底的なマンマークと、鋭いスライディングだ。これを武器に翌年仙台は優勝争いに加わり、個人としてはオリンピック代表にも選出されるなど順風満帆に見えた。しかし、翌年以降は悪い面が目立つようになった。


 具体的に言うと、悪質なスライディングが増加したのだ。それに手癖も悪いし、審判へ悪態をつくなど態度も良くなかった。いつしか若く勇猛なディフェンダーではなく悪質なファールを連発するカードコレクターとして、仙台以外のサポーターにも広く認識されるようになった。


 2015年には清水へ期限付き移籍した。当時の清水は守備が弱かったのでその補強として白羽の矢が立ったのだが、守備力強化どころか「どうせこの監督はすぐクビになるから言うこと聞いても意味ないぞ」などとチームメイトに触れて回り、チーム崩壊の片棒を担いだとされる。そしてチームは当然のように降格、移籍期間が終わったので復帰という形でさっさと沈みゆく船からは脱出した。


 しかし古巣である仙台においてもすでに構想から外れており、昨年はほとんど出番がなかった。リーグ戦は1試合だけ出場したが、そこでも見事にカードをもらっていた。そして年末に契約非更新による退団が決定。今までなかなか所属が決まらなかったが、ついに尾道が手を出したという経緯だ。


「ここ数年はいい使われ方じゃなかったので自分でもあんまり良いパフォーマンスを見せられてないなって思ってたんですけどね、今年は自主トレーニングでも体が切れてたんでやれる自信はありますよ」


 本人はさわやかな笑みを浮かべながら自信たっぷりにこう語ったが、額面通りに受け取るサポーターはいなかった。ただ岩本とローが抜けたセンターバックの補強は必要不可欠だったので、「信用は出来ないが信じるしかない」という後ろ向きな肯定的意見もちらほら見られた。フロントがまずいから言葉では「一度降格して痛い目に遭えばいい」とは言えても、本心から願うものはそういないものだ。


 また、ちゃんと来たほうの外国人であるトリニダードもなかなかの曲者だった。いや、選手としてはまさに最強としか言いようがなかった。それは練習初日から明確だった。スピードで茅野を振り切り、190cm近い身長を誇る小河内のチャージを吹き飛ばし、種部の反応速度を凌駕する強烈なシュートを叩き込んでいた。全てにおいて、図抜けていた。


 また、チームメイトに対してはいつもニコニコと柔らかな表情を浮かべながら積極的に話しかけてくるし、ファンに対してもサービス精神たっぷりに接するなど17歳の陽気な少年はすぐに愛される存在となった。


 しかしこれは彼の全てではなかった。少年が持つもう一つの顔は入団会見において存分に披露された。「なぜ日本の、尾道というクラブを選んだのですか」という質問に対して、彼はグラウンドで見せる表情とはまったく異なる冷ややかな目つきでこう答えた。


『日本にはあまり白人が多くないからだ。口にするのもおぞましい奴らは世界に暴力と傲慢な支配をもたらした悪魔だ。しかも中国やインド、中東で生まれた文化をあたかも自分たちの手で発明したかのように言いふらす卑劣な搾取者でもある。キリストも本来は浅黒い肌の色であるべきなのに、奴らは勝手に貧弱な白人として描いて真実を歪めている。まったく汚らわしい詐欺師だ。ドナルド・トランプをアメリカ大統領に選んだ恥知らずもやはり白人。奴らのような汚れた連中と同じ空気を吸っていると考えただけでも気が狂いそうになる』


 本来ヨーロッパへ行くべき実力の男がなぜ日本に来たのか。その答えはここにあった。こんな思想の持ち主が白人の本場であるヨーロッパに行こうとするはずがなかったのだ。


 確かに尾道には現在白人の選手やスタッフはいない。ほとんどは黄色人種たる日本人だし、謝花はアメリカの黒人と、河口はアルジェリア人とのハーフ。今回加わったダヴィドとフェレイラも褐色だ。別に意図的に白人を獲得していないわけではないのだが、去年のシモンの例もあるように結果的に残ったのは偶然有色人種だったというだけの話。しかし本人にとってはそれが決め手と言うのだから偏向が極まっているというものだ。


 通訳兼任の鈴木コーチは、隣で渦巻く憎悪をはっきりと認識しつつも現役時代のポーカーフェイスそのままに何事もなかったかのように「日本の文化に興味があり、そしてサッカーにおいても高いレベルなのでここで新たなチャレンジをしてみたいと決めました。今はやる気に満ちて、非常に興奮している」などと翻訳してみせた。言った通りに言えるはずがなかったからだ。


 これ以降もとても訳せないような発言が続出した。少年の言葉は多くの偏見と事実誤認に彩られていたが、それがそのまま白人に対する怒りの大きさを表しているようだった。


 そして新監督の竹島は、徹底的に脳天気だった。練習初日のミーティング、最初に行ったのは「監督禁止令」をぶちあげる事だった。「上下関係を押し付けるのは趣味じゃないし、監督だなんて呼ばれてもこそばゆいだけだからな。タケちゃんと呼んでくれ」と選手たちに呼びかけた。


 一部の選手は戸惑ったが、これに水を得た魚もいた。その筆頭は謝花で、びっくりするほどフランクに「おーいタケちゃん」などと呼んで、竹島のほうも「なんだい、リックー」と笑いながら返した。


 また幸いな事に謝花のプレースタイルは新指揮官の好みにも合致していた。こうして評価を高める選手がいる一方で、昨年までの主力であってもレギュラー組から外れる選手も出てきた。


 例えば河口は、指揮官から得点力のなさを指摘された。そして讃良も「あまりにも技術がなさすぎ」として遠ざけられた。基本的にテクニックがあり個人で何かを創出出来る選手が好かれて、チームの協調を重視するタイプやテクニックの弱いタイプは軽視された。


 指揮官が現役時代の全盛期に用いられていた中盤がダイヤモンド型の4-4-2というフォーメーションを採用するのも今時珍しいが、それでもトリニダードさえいればどうにかなりそうと思えるのはまさに彼の圧倒的実力ゆえであった。


「トリちゃんはねえ、本当凄い。俺がサッカー見てきた中でトップクラスの衝撃だね。マラドーナより上かも」


 トリニダードだからトリちゃんという竹島監督のセンスはいかにも日本人らしいものだったが、トリニダードとて白人が絡まなければ陽気な17歳。自分から「トリちゃんはねー」などと片言の日本語を操ってチームメイトを笑わせていた。


 総じて言うと、チームの雰囲気は意外と悪くなかった。むしろ新監督のキャラクターが浸透して陽気なチームに生まれ変わったような気さえしていた。円山も今のところは変な発言もなくおとなしい。練習試合ではトリニダードが毎度のように無双して、その圧倒的なプレーは評論家にもショックを与えていた。


「もしかすると今年の台風の目は尾道かも知れない」


 そんな空気さえ醸成されつつあるが、どこか地に足がついていない空騒ぎが続いているようにも見えた。

100文字コラム


庄原市のスキー場に参上したジェミーちゃんとルディーくん。指導員の指示に従いながら滑るも転倒連発。でも「雪に倒れる感覚が楽しい」とご満悦の様子。二人の姿を模した雪だるまを作るなど雪遊びを心から堪能した。

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