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得点その5

「ここまで0対0、水戸のディフェンスにうまくやられているな」

「ただ26分の有川ポストプレーから荒川が飛び出してシュートしたところはいい形だった。あれを続けられるといい」

「しかしやはりやってきましたね有川対策。ああも密着マークされるとそうそう動けるものではありませんよ」

「すみませんうまくマークをまけなくて」

「そんな言葉はいらんぞ有川。後半は荒川や御野が向こうを撹乱させるような動きをしてみろ。状況によっては攻めの形を変化させるかも知れん」

「はい、わかりました」

「何としても点を取って見せましょう」


 ロッカールームでは水沢監督らが選手たちに前半の総括と後半の作戦を伝えている。ここまではお互いにミスが少なく来ている。サッカーにおいて両チームにミスがまったくなく試合が進めば0対0の引き分けになるらしいが、今のところはまさにその通りの展開となっている。しかしそんなものは打破せねば。尾道オフェンス陣は水戸にミスを誘発させるような動きに活路を見出そうとしている。


「ディフェンスは今のように集中力を保ってやるように」

「はいわかりました」

「それと亀井、いい動きしていたな。よくやってくれてるぞ」

「ハア、ハア……はい」

「前半の8分だったかな。大神にスライディングでボールを奪ったけどよくあそこで大神が突破してくるとわかったな」

「何となくあそこに来るような気がして……」


 まだセンスを言語化できないようだ。しかし、前半において視野の広さと献身的にピンチの芽を摘む動きを披露した亀井ではあるが明らかに疲れきっている。そのセンスはプロレベルとして十分以上のものを持っているが、パフォーマンスを90分維持できるほどの肉体はまだ持ち合わせていない。これは後半途中で交代が必要だなと首脳陣は確信した。しかし3つしかない枠をあまり早く使うのもリスキーなのでもう少し待ってみようとも同時に考えた。水沢監督はここぞの場面では選手を信頼する事が多く、勝負師の面は薄い。


「さあ、行ってこい。運動量では負けないように、パスコースを多く作る動きが大事だぞ」

「はい!」


 後半開始と同時に、水戸は前線にベテランの飛田を投入してきた。大神と並んで元日本代表が2人という強力なコンビである。この飛田、昨年は故障が続きシーズンのほとんどを棒に振ったがスピードとテクニックに優れた実力派である。大神のポストプレーに合わせて裏への飛び出しを積極的にこなし、尾道のディフェンスラインを揺り動かす。


 一方、尾道ディフェンス陣においては、ハイセンスな動きで水戸の攻撃を分断していた亀井の動きが後半はあからさまに悪くなっていた。選手や監督コーチのみならず、観客でも10人中7人は「あれ、こいつの動きおかしいぞ」と感じるほど反応やプレーの精度が悪化していた。後半始まって5分たたない時間に亀井は大神にゆるいパスをさらわれ、シュートまで持ち込まれた。


「おいおい大丈夫かカメ。今のパスはちょっとプレーが軽かったぞ。ばててんのか」


 今村にかけられたこんな言葉にもろくに返答できないほど亀井は肉体的に追い込まれていた。もはやスタミナは0を割ってマイナスの域に達している。初スタメンだから頑張らないと、という意地と誇りが足を動かしているものの、その内容はお世辞にもプロ選手の水準とは言いがたい。無論、水戸はそこを狙いまくるが今村や御野がフォローして決定的な場面には至らせなかった。


 水沢監督は悔やんでいた。もう少し早く亀井を交代したほうが良かったと。しかし中村と今村コンビは練習で結果を残せず、そもそも中盤の底を任せられる選手は払底している。山田1人が離脱しただけでこうも乱れるとは、やはり層が厚くなっていたとは錯覚だったのか。しかし背に腹は代えられない、交代するしかない。そう思い至った瞬間、試合が動いた。


 前線でボールを受けた大神がそらすように出したパスに反応した飛田はディフェンスラインの裏に抜け出した。オフサイドはなし。GK玄馬と1対1の場面を許してしまったのだ。玄馬は飛び出してボールとの距離を詰めたが、その前に飛田が右足をむちのようにしならせてシュートした。ボールは玄馬の右をすり抜けてゴールネットを揺らした。後半7分、ついに0対1と均衡が破れる。


「これは俺のミスだ。判断の遅れが最悪の結果を誘発したのだ。かくなる上は……やるしかあるまい」


 水沢監督は選手交代を告げた。しかも一気に2人の。


「尾道、選手交代のお知らせをします。背番号17番亀井智広選手に代わりまして、背番号13番中村純選手が、そして、背番号24番御野輝選手に代わりまして、背番号9番王秀民選手が入ります」


 逆転を願う尾道サポーターの歓声に導かれるように中村と王はピッチに降り立った。



「中村はともかく王はフォワードで御野とはポジションが違うはずだが」

「あ、あれは。か、監督、見てくださいあの尾道の前線を」

「むう、このフォーメーションは何だ。今までこんな形はなかったはずだ」


 水戸の桂谷監督は尾道の繰り出した作戦に目を疑った。尾道は最前線に有川、その少し後ろに秀吉と途中交代の王が陣取り、二列目には金田が一人だけというフォーメーションに変化した。それは3トップ。それまではオーソドックスな4-4-2で戦い続けてきた水沢監督が、ここでついに賭けに出た。


 新たに前線に登場した王秀民、彼の最大の武器は尽きない運動量である。尾道における長距離走のタイムでは山田か王かというほどのタフネスはサポーターによく知られるところ。しかしここ数試合はリザーブメンバーとしての起用が続いており、その充電されすぎたパワーはもはや爆発寸前まで来ている。


「こういう局面で最前線の選手が出るという意味、分からない僕じゃないよ。水戸さん、本気でやらせてもらいます」


 ゲーム再開後、王はいきなりフィールドを縦横無尽に駆け回って水戸のディフェンスラインを幻惑する。疲労もたまってきている水戸の選手たちは王のスピードに対応できず、そこに金田や今村が繰り出すパスが絡むと一気にペナルティーエリア手前まで侵入してくる。この王を中心とした迫力ある攻めで一気に尾道ペースの流れとなった。


「もっと走れ、もっと走りまくるんだシューミン!」


 水沢監督の意図通りに王は走りまくった。そして後半16分、ゴールの右方向に走る王に水戸のディフェンスが釣られて中央を空けたところに秀吉がスッと入り込んだ。その瞬間、ボールをキープしていた金田から鋭いパスが入った。ラインギリギリからの飛び出しでオフサイドはなし、GKと1対1の場面を作り出した。


「よっしゃああフリーで1対1!」

「いけえええええええええええええええええええ秀吉いいいいいい!!」

「決めてくれええええええええええええええええ!!!」


 スタジアムの熱狂とは裏腹に、秀吉のマインドはどこまでも冷静だった。相手GKの飛び出しは早くもなく遅くもなく、まさに絶妙と言うべきタイミングであった。しかし体ひとつですべて守りきれるほどゴールマウスは小さくない。必ずどこかに隙が出現するものだ。鷹のように鋭い秀吉の視線は、一見完璧だった飛び出しの間に生まれたわずかな弱点を瞬時に察知した。


「それは、ここだ!」


 右足を軽く振って放たれたシュートは低く鋭く飛んでいき、GKの股間をすり抜けた。ゴールネットが小さく揺れたその瞬間、ゴール裏に詰め掛けていた赤と緑のサポーターたちが一斉に立ち上がって歓喜を爆発させた。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル」


 DJミッキーは待ってましたとばかりに喉を振るわせて叫ぶ。秀吉は左腕を力強く振り上げて獲物を仕留めた喜びをあらわにする。しかしその表情は憎たらしいほどにクールである。まだ同点に追いついただけ、本番はこれからだと言わんばかりだ。しかしそんな事情はおかまいなしに、ラガーマンと化したチームメイトが秀吉に向かって1人また1人と飛び掛り、重なり合って殊勲を祝福した。これには秀吉も思わず苦笑い。

100文字コラム


山吉の口癖は「こんなもんじゃない」。向上心の塊らしい言葉だが練習でも意識の高さは際立っている。先日は久保をガッツリ削ってあわや大惨事かと慌てさせたが「練習でやれないと本番でも無理でしょ」とどこ吹く風。

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