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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
188/334

見えざる影その3

 このような不安定な状態で試合を迎えた尾道。そして何より心を煩わせていたのはサポーターだった。


「ちゃんとやれるのかな」

「なんでこんなタイミングで」


 こんな声がスタンドのあちこちから聞こえてきた。尾道は地元においても決して人気が高かったチームではなかった。後発でスタイルも地味、成績も平凡。しかしそれでも頑張って尾道や福山を中心とする備後各地にスタッフや、時には選手が飛び交いイベントに参加したりサッカーを教えたり、その他様々な活動を繰り返してきた。


 その成果がようやく出てきて、安定して1万人の観客動員を誇るまでに成長した中で成績も向上してきた。その流れに水を差すかのような今回の騒動。不安がらないはずがない。結局それを鎮めるには結果を残すしかない。必勝を期すメンバーは以下の通りに発表された。


スタメン

GK 35 種部栄大

DF 20 讃良玲

DF 24 中ノ瀬育巳

DF 30 ジェス・ロー

MF  6 山田哲三

MF  7 桂城矢太郎

MF  8 御野輝

MF 12 茅野優真

FW  9 荒川秀吉

FW 11 野口拓斗

FW 19 河口安世


ベンチ

GK 16 西恵介

DF  5 佐藤敏英

MF 27 謝花陸

MF 31 川崎圭二

MF 34 フランシスコ・ペレ

FW 18 浦剣児

FW 28 小河内鉄人


 普段とは多少変化しているが、これは選手の精神状態を考えて決めたものだった。まず今回の騒動で比較的動揺が小さかったのがシーズン途中加入の種部とロー、それに野口も意外と図太かったのでこれがベースとなった。


 逆に動揺が大きかったのが一報を聞いて激怒していた岩本と結木に加えて回復途上の亀井だったので、彼らは監督の判断で一旦冷却期間を設ける事にした。そのポジションは中ノ瀬と山田、それに茅野といった選手で賄ったが、彼らとて何も思っていないわけではなかった。


「俺達が勝って結果を残す事が最大の異議申立てになるんだ。何としても優勝するぞ!」

「おう!」


 試合前、桂城の檄はさながら討ち入りに赴かんとする四十七士のようであった。しかし始まった試合は、選手が気負いすぎるあまり見せ場に乏しい凡戦となった。特に秀吉は「佐藤監督のため、何としても決めてやる」と思いが強すぎて、オフサイドを連発したり簡単なトラップをミスしたりと散々だった。


 後半開始と同時に謝花と交代で退いたが、それを告げられた時に背番号9ははいと頷いた後「それなりに経験を積んできたつもりだったが、まだまだ未熟だな」とつぶやいた。それは悔やむと言うより洗脳から解放されたような清々しさを伴っていた。今の自分が未熟だと思えるのは、つまりまだまだ成長出来ると確信しているからだ。


 そして後半、この謝花投入がはまった。得意の強引なドリブルで相手ディフェンス陣を翻弄して、いきなり放たれるキャノンシュートは相手にとって脅威の的となった。とにかく躍動感が違った。彼に関しては内部のゴタゴタよりも「やっと試合に出られる」という喜びのほうが強く、それがイキイキとしたプレーを生んでいたのだ。


 後半22分、ゴール前の混戦から野口とキーパーが競り合ってこぼれたボールを茅野が押し込み先制すると、それを守り切ってどうにか勝利した。守備的なペレと佐藤を相次いで送り込んだものの対応は後手後手に周り、後半40分には同点のボレーシュートを決められたかと思いきやオフサイドに救われるなど、綱渡りの連続だった。


「監督のためにも今日だけは絶対勝ちたいと思ってましたから、なんとか……。足がつりそうだったんですけど、走り切れましたね」


 タフな茅野もインタビューではいささか疲れ気味で、精神的重圧の大きさが窺えた。すでに降格を決めている相手に不甲斐ない内容と言われようと、とにかく勝ち点3を獲得出来たのが今日の全てだった。この結果、最終節の浦和戦直接対決で4点差以上付けて勝利すれば逆転優勝と決まった。


「簡単じゃないのは最初から分かってる。やるか、やらないかだ。4点差で勝てって言われたら4点差付けて勝つしかねえだろ!」

「おう!」


 尾道の選手たちはほとんど開き直りに近い形で闘志を燃やしていた。その瞳には未来の打算などは微塵もなく、まさにたった今そこにある戦いに打ち勝とうとする熱意のみが支配していた。しかし未来とは確実に訪れるもので、あるいは来るべきおぞましき未来からの逃避とも言えるものであった。


 先の事を考えてもあまり良いビジョンは浮かばないからこそ今を生きる。実際に先の事を真剣に考えている岩本や結木はすっかり鳴りを潜めてしまったのだから。それは尾道に対する情熱が、愛が冷めてしまったからだった。


 佐藤監督は「お前達の気持ちは分かる。それでも、もし俺を慕っているのならば、お前の力をただ1試合だけでも貸してほしい」と説得を続けた。その結果、結木については「ならば次の浦和戦は監督のためだけに戦いましょう。最後ですし」と翻意させた。しかし岩本はその名の通り岩のように硬い決意を持っており、覆らなかった。


「最後にもう一度だけ聞く。ガンボ、お前の力が必要だ。どうしても、駄目なのか?」

「はい。それに何より、ここが折れてしまいましたから」


 岩本は左胸を軽く叩き、「今の俺じゃ試合に出ても使い物になりませんよ」と自嘲気味に笑った。岩本には今年の活躍を見たある強豪クラブからオファーが届いていたのだが、今回の件があるまでは断るつもりだった。しかし今は尾道のユニフォームを纏って戦う自分を思い浮かべられないほどにチームから心が離れていた。


 あんなに好きだった尾道というクラブを、今は憎みかけてさえいる。応援してくれるサポーターだっているし監督のためにも頑張らなければとも思うし、それは頭では理解している。でも動かない。心が動いてくれない。岩本は必死に考えた結果、自ら身を引くのが監督に対する一番の貢献だという悲しい答えを導き出さざるを得なかった。


 意気に感じるタイプだけに100%ハートをたぎらせないと力を発揮出来ない。いかつい顔とは裏腹の繊細な性格を熟知している佐藤監督としても、これ以上無理強いは出来なかった。


「……そうか、分かった。すまんな、迷惑かけて」

「違うんです! 悪いのは全部俺が……! ぐふっ!」

「こんな時だ。いっそ泣けばいい。そして涙が枯れたら、それからは立ち止まるなよ」


 佐藤監督は右へも左へも動けずに涙を流す巨体の手をそっと抱きしめた。こんな時に限って次の試合までは1週間もない。

100文字コラム


子供の頃は落語家を目指していたという竜石コーチ。昔とった杵柄で今も時々落語を披露するが非常に手慣れている。「話術のテンポなどは指導の参考になる」との事。基本的に古典落語中心で八代目桂文楽の芸風が好み。

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