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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
187/334

見えざる影その2

 それは誰もが絶句するニュースだった。サポーターにとっても選手にとっても、そして監督本人にとっても青天の霹靂としか言いようがなかったからだ。


「ところで御野君はこの件について、どう思う?」

「突然の事なんで、どうも言葉が浮かばないんですけど、とにかく驚きだけです。それより山本さんは番記者ですし何か知ってたんじゃないですか?」

「いや、僕もまったく寝耳に水でびっくりしているんだ。先日GMにインタビューした時は明らかに続投前提だったのに、急に出てきた感じで」

「ですよねえ」

「かなり不思議な……、あっ、山田さん! 山田さんは今回の事態についてどうでしょうか」

「うーん、まあ、難しいけどねえ。ただこういうのが起こるのがプロの世界だから。今日にも会見とかあるでしょうし、それを聞いてみない事にはなあ」


 尾道のクラブハウスと練習場がある沼隈町は混乱で満席状態となっていた。選手は多くが御野のように困惑の表情を浮かべるか山田のように冷静さを取り繕った態度でいたが、中には岩本や結木のように怒りの感情を露わにする者もいた。


「他の全員が口を閉ざしても俺は言うぞ! こんなのは間違ってる。しかもこんな大事なタイミングで発表なんて、ありえないでしょ! クラブは優勝したくないのかな?」

「俺もガンボさんと同じ気持ちですよ。佐藤監督にはコーチの頃からここまで育ててくれた恩義があるのに、まさかこんな形で……。しかも後任が外部からって事はせっかく培ってきた今のサッカーが全部チャラって事ですよね。ちょっと冷静に受け取れないですよ」


 野心が先走るばかりでこれといった武器のないテクニシャンだった結木にサイドとしての動きを叩き込み、ついには代表選出されるまでに育て上げたのはまさに佐藤の功績だったし、岩本も尾道移籍時は荒っぽい無法者だったが今年は守備の中心に据える事で安定感を引き出した。恩義を感じていたからこそ、叫ばずにはいられなかった。


 選手の特徴を見極めて、適切な指導を施す佐藤監督の手腕は選手から見ても高いものだっただけに、不満が噴出するのは当然の成り行き。そしてそれは秀吉も同様だった。


「佐藤監督がいなければ俺なんてとっくに現役から弾き出されてたでしょうし、今年も監督のためにという思いはありましたから。でもプロはそういう世界でもありますし、前を向いてやっていくしかないでしょう」


 マイクを向けられたチーム最年長のベテランは、まぶしすぎる光を遮るように目を細めたまま可能な限り感情を抑えようと努力した跡がありありと窺える小声でこのようにまくしたてた。


 プロ入りしたばかりの秀吉を時に言葉で叱咤激励し、時に背中でプロとして生きる心構えを教えたのが佐藤だった。秀吉にとって佐藤は単なる先輩や監督といった枠を超えた、恩師と呼べる存在。その恩師がこのような形で雑に打ち捨てられていいはずがない。やるせない感情が心の中を渦巻いていた。


 しかしベテランにはベテランの責任というものもある。今、チーム内には動揺と混乱が広がっている。特に若い選手はどうしていいのか分からなくなっている者もいる。ベテランの自分もそれに同調するようでは、チームは本格的に崩れ去ってしまうだろう。


 今ここで踏ん張らなければ、今年一年ここまで戦い抜いた意味がなくなってしまう。それはチームのためでもあるが、それ以上に監督のためにこそ耐えねばならなかった。


 ロッカールームに集合した選手たちは、それぞれが今回の不可思議な出来事についてああだこうだと語り合っていた。そこでまず話題になったのは、誰がこのような決断を下したのかという犯人探しであった。「クラブは契約更新せず」とあるからには、クラブ内部の誰かが佐藤切りを言い出したわけで、とりあえずそういった人事権を持っているのはGMだろうという話になった。


 そしてついには「じゃあ林GMに直談判して、あわよくば撤回してもらおう」という流れで一致しかけたが、ここで秀吉や山田らベテランが「林さんはそんな馬鹿な判断をする男じゃない」と反対したため取りやめとなった。


「まずは落ち着け。今ここで犯人探しをしたところで何にもならない!」

「テツさんの言う通りだ。とにかく今は情報が少なすぎる。そんな中でああだこうだと考えても混乱するばかりだし、はっきりした何か情報でも掴まない事には動きようがないだろう。今は待つしかない。俺達まで惑わされたらもっと困惑しているだろうサポーターに示しがつかなくなる」


 岩本などはそれでも不服丸出しな、憎々しげな表情を浮かべていたが、やがて「クソが!」と叫び、ロッカーを拳で一発殴りつけてからどかっと椅子に座った。憤りが湯気になって体中から噴出しているようだった。


 そうこうしているうちに、渦中の佐藤監督がロッカールームに姿を表した。いつもより目が細く、疲れているようにも見えた。選手たちは何も言わず、ただ彼の発する言葉を待っていた。


「もう皆よくご存知の事と思うが……」


 佐藤監督はここまで言うと、一つ大きな深呼吸を吐き出した。目を何度も素早く閉じたり開いたりしては、選手たちの顔を見回していた。どうやって言えばいいのか、監督は逡巡していた。しかし今は不安を取り除くためと、あえて単刀直入な言い方をした。


「今朝の報道の件は、今さっきGMのところに行って確認したが、間違いはないという事だ」


 無念の知らせが本人の口から告げられた瞬間、ため息や「ああ」という嘆きの声が室内に響いた。何かの間違いであればいいと願ったが、それは叶わぬ夢と終わってしまった。指揮官はいつものようにハキハキとした口調を作りながら言葉を続けた。


「だが今年限りと言ってもまだ2試合残ってる。しかも明日は早速福岡戦だ。先の事は後から考えて、今は勝利に全力を尽くしてほしい」

「でも!」


 このまま何となく納得した空気で終わってたまるかとばかりに、結木が感情を爆発させた。


「監督! 何でそんなのを認めたんですか! それに誰が監督をクビにするなんで馬鹿な事を決めたんですか!」

「チヒロよ、今回の件はな、誰が悪いってものじゃないんだ。GMは押しとどめようと頑張ってくれたんだが、それでもどうにもならなかった。今のクラブ内部には様々な力学が働いている。それは個人の問題に帰するものじゃない。それに色々な考えがあるにせよ、誰だって尾道を強くて魅力あるクラブにしようと動いているのは同じなんだ。全てを認めろとは言えないが、それだけは理解してくれ」


 敬愛の佐藤監督にこう言われたなら、結木としては閉口するしかなかった。この件で一番無念に思っているのは志半ばの頓死を余儀なくされた監督だった。しかしクラブのためにと屈辱を受け入れた指揮官の澄み渡ったまなざしは、秋空よりも悲しかった。


「お前達も人間だし俺だって人間だ。当然感情は有している。だからこそ、それを野放図に暴発させるんじゃなくてプロフェッショナルとして今そこにあるサッカーにぶつけてほしい。チーム内で何が起ころうと、サポーターが望むのは混乱により敗北であるはずがない。こんな時だからこそ、尾道には勝利が必要なんだ。さあ、練習を始めよう」


 そして日程通りの練習が始まったが、ちょっとしたパス回しでもミスを連発するなど散々だった。ただ形をこなすだけの、内容の薄い練習となってしまったが、この精神状態では怪我人が出なかっただけも御の字と言えた。


 練習終了後に会見が開かれたが、監督は「決定事項に従うだけ」と、ほとんど喋らなかった。代わりに林GMが今回の流れについて説明したが、これも与えられた文章を棒読みしているだけにしか見えない、感情のない公式発表に終始した。


 やはりGMの判断で決めた事ではないと、彼の人となりを多少足りとも知っている記者たちは1秒たたぬうちに悟った。彼の全身から漂ってくるようなサッカーに対する情熱、愛が感じられなかったからだ。


 なおこの大本営発表によると佐藤監督の戦いについて、後半戦は好調だが全体的にはムラが大きく安定した戦いは望めないという評価を下していた。そして「クラブとしての確固たるフィロソフィを確立し、より上のレベルを目指すため」に契約非更新を決断したらしい。


 しかしこんな上っ面だけの言葉を額面通りに受け取る者はいなかった。そもそも尾道のフィロソフィ、つまりクラブの幹とは選手や指導者だけでなくフロントも含めた全員の団結と、それぞれがそれぞれの任務を誠実にこなすサッカーのはずだった。


 小松田実、水沢威志、正岡忠満といった歴代監督はそれぞれフォーメーションなど枝葉の違いはあってもこの点に関しては共通していたし、佐藤監督もその路線を踏襲してここまで来た。今まで積み重ねてきたクラブの歩みを全て否定するかのような説明は、到底納得できるものではなかった。


 そして後任の監督候補に関して「知名度の高い人物をリストアップしている」などと言い出した時は記者席から失笑が漏れた。尾道ほどそのような路線が似合わないクラブもなかったからだ。そして佐藤は「クラブ総合アドバイザー」なる役職に就任すると発表されたが、その役割は不明瞭であった。

100文字コラム


元南アフリカ代表として自国開催のワールドカップを戦ったロー。「サッカー人生で最も濃密な時間だった」と誇らしげに振り返る。ところで日本でも2002年に自国開催されたが近年の若手は一切それを覚えていない。

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