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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
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真夏の夜のトライアングルその2

「さて、今日はどうするかな。アンゼ!」

「はい」

「まずはお前で行くぞ!」

「分かりました!」


 秀吉と河口が叫びながら会話する中で野口は何も言葉にしなかった。しかしこの流れの中で自分はどう動くべきかを知っているかのように、すっと動き出した。これが尾道お得意のトライアングル攻撃だ。


 まず尾道のフォーメーションにおけるフォワードはスリートップだ。その構成員は中央に野口、左右に秀吉と河口という事になっている。


 しかしこのトライアングル、星座のごとく常に一定の形でいるわけではなくその時その時の状況に応じて柔軟に形状を変化させていくのが最大の特徴となっている。中央に野口というのはあくまでも基本形にすぎない。


 つまり状況によっては例えば野口と河口がツインタワー的に最前線に張り付いてその周囲を秀吉が衛星のように動き回るとか、逆に秀吉を囮に使ってサイドアタックを仕掛けてフィニッシュは後方から走りこんできた野口に合わせるなど様々なパターンを持っている。


 高さとパワーが屈指の野口、テクニックとキープ力が高い河口、一瞬のスピードとシュート精度が抜群な秀吉。それぞれタイプの異なる三人が絶妙な関係性を発揮する事によって、相手にとっては変幻自在で捕まえようがない強力なオフェンスとなるのだ。


 ファーストステージはまだまだ練度が低かったが、セカンドステージに入ってかなり完成度が高まったので序盤は連勝出来た。野口がオリンピックで抜けた後に頑張ってくれた小河内は高さと献身性はあったが、野口にある前への推進力や怖さがもう一歩足りなかったので、あの迫力を再現出来なかった。


 それで多少勝ち点を落としたが、そう思えるのは既に残留以上のものが目標として明確に捉えられているからだ。


 そして今日のパターンとしては、河口が最前線でボールをキープしてためを作ってからサイドの結木や御野の散らしていくというプランだった。


 そして前半17分、早速成果を見せた。しかしゴールを決めたのはスリートップではなかった。


 つまり、河口からボールを受けた結木だが、サイドへの警戒が強い余りに中央が空いていると見たのですかさず鋭いターンとともにディフェンダーを抜き去り、そのままミドルシュートを叩き込んだのだ。


 フォールド上の結木を除く21人がまさかと虚を突かれた奇襲的シュートはナチュラルなカーブを描いてファーポストをかすめ、そのまま力強くネットを揺らした。


「おお! すげえシュートじゃねえか! さすがブラジル帰り!」

「ははっ! コースがちょうど空いてたんで、やれるかなと」

「ああ、よく見えてたもんだ! ナイスシュート!」


 この積極性。いくらクロスに定評があるとは言ってもクロスしか上げないのなら相手としても脅威は薄い。しかし今年の結木はこういった大胆なドリブルも多くなってきつつある。それはオリンピック代表に選出されるなど自分の実力が認められつつあるという自信がプレーにも現れているのだろう。


 元々野心的な男で、幾度かの移籍を経て尾道へ辿り着いた。そしておそらくこの温暖で人口の少ない尾道は彼にとって終の棲家とはならないであろう。結木に安寧は似合わないからだ。しかし今は尾道の背番号17として、誰よりも輝いている。


 この結木の一撃で、試合は一気に尾道ペースとなった。途中反撃を受けたが種部のファインセーブもあって無失点で切り抜けると、前半終了間際には前線のトライアングルによる細かいパス回しから最後は野口が流し込んだ。


 野口はもはや長身とパワーだけの選手ではなく、河口のテクニックや秀吉の飛び出しといったエッセンスも加わった非常にやりての選手に成長しつつあると示すゴールだった。


 後半もこの勢いに衰えは見られなかった。後半8分には結木に負けじと突破を仕掛けた御野がペナルティエリアでファールをもらい、PKを落ち着いて沈めて3点目を得た。この直後、結木は茅野と交代でピッチを去った。


「お疲れ、チヒロ」

「スタミナはまだ残ってますけどね」


 佐藤監督と握手しつつも、結木の表情はやりきったという充実感とは反対のもので満ちていた。どうせなら90分やれたのにと言わんばかりの苦味が乗った笑顔だった。


「それは分かってるよ。ただまだ無理をさせる時期じゃないからな。秋からは順位争いもある。そこでしっかり働いてもらわないとな」

「ふふっ、分かりました」


 クールダウンのために軽く体を動かした後で、結木はどっかりとベンチに腰を下ろした。交代した茅野は彼らしくアグレッシブに走り回り、試合はそのまま尾道が余裕で逃げ切って終了した。90分プラスアルファという時間の中で「これはまずい、負けるかもしれない」という雰囲気はほとんど漂わない、まさに完勝だった。


「今日のような試合を続けられるようにこれからも精進を続けていきたいですね」


 試合終了後のインタビューでも佐藤監督から漂うのは充実感ばかりであった。何より喜ばしかったのは結木のプレーの素晴らしさだけでなく、交代の茅野も持ち前のアグレッシブさを全開にして良好なパフォーマンスを披露してくれたという点にあるだろう。


 今の尾道はオリンピックに選出されたからと言ってその選手が聖域になるようなチームではない。実際、結木にとって茅野はすきあらば寝首をかこうと今か今かと待ち構えているようなものだ。この争いこそがチームを活性化させる起爆剤となる。


 灼熱の日々が通り過ぎれば実りの秋が訪れる。これから蝉の声が鈴虫に、入道雲がうろこ雲に変わっていく日本の中で、このチームは何を示す事が出来るだろうか。そしてその答えが明確に見えてきつつあると誰もが確信する真夏の夜の夢であった。


 そして夏の暮れる頃、結木の日本代表選出が発表された。年代別ではなくフル代表で選出されるのは言うまでもなくクラブ史上初だ。元代表選手すらOB含めても現在はJ3の横浜に所属する玄馬ら数少ないのに、まさかここで現役代表が生まれるとは。


 やはり今年は何かが起こるのかも知れないという思いがクラブ中に広がっていた。しかも9月10日にはカープが優勝した。これは実に25年ぶりの出来事であるらしい。


 25年前、クラブは影も形もなかった。現会長の辻や岡野は日本サッカーのプロ化が進みつつあるというニュースに期待していた単なるサッカー好きの青年でしかなかったし、現役選手に至っては最年長の秀吉でさえようやく年齢が二桁になった程度でしかない。結木などはまだ生まれてすらいない。


「それでヒデさん、実際前回の優勝ってどんな感じだったんですか?」

「いやあ、あんまり記憶ねえんだよな。俺、京都だし。ああ、今年は広島が勝ったんだなって程度で特に何もなかったよ。当時は普通に強かったし。むしろそれからあんなに長く優勝出来なかったほうが驚きみたいな。そう言えばテツさんはどうです? 出身近いし俺よりは使える記憶が残ってるんじゃないですか?」

「俺もぼんやりだけどな。なんか選手がはしゃいでたのをテレビで見たようなって感じで。まあ一回ぐらいは優勝出来るもんだと思ってたけどな、90年代後半とかに」

「メークドラマでしたっけ。あの年なら俺も覚えてますよ。俺の場合は福岡でホークス応援だったんで対岸で変な事になってるなって程度だったんですけど」


 ここで急に口を挟んできた川崎だけでなく佐藤や小河内、桂城ら80年代後半生まれの選手たちにとっても前回の優勝はデータでしか知らないものであった。チームでは中堅どころの年齢でもこうなのだから、まったく時間がかかったものだ。


「そう言えば今年のホークスなんてまさに大逆襲食らってるけど、どう見る?」

「いや、だ、大丈夫……、だといいなあ、みたいな……」


 10ゲームを超える差を詰められ、それでも一時はマジック点灯までこぎつけたものの主力の怪我などもありまたも首位を明け渡すという現状はファンにとってあまりにも重いものであったようで、普段はポジティブな川崎もさすがに歯切れが悪かった。


「大事なのは直接対決。ハムと連戦あるけど、ここで連敗しなければなんとかなると見てますけど」

「確かにそこは大事だな。カープも8月の3連戦3連敗ならどうなってたか。9回2アウトまでは負けてたところをひっくり返したから今がある。最後はそういう戦いが出来るかだよな」


 当初はパリーグは独走でセリーグはまだ分からないと見られていたが、まさかひっくり返るとは。しかし歴史が塗り替えられる瞬間とはかくの如きものなのだろう。


「まあとにかくこれからですよ! これから! ジェミルダートもこれからが本番!」

「ふっ、そうだな。目下の目標はセカンドステージ制覇だ。しっかりやろうぜ!」

「おう!」


 そう言えば現在の2ステージ制は今年限りで廃止という話もある。単なる徒花に終わるのか。いや、それならそれで構わない。今の尾道にとってはステージ制覇というチャンスは現実的に手の届く範囲にある。徒花であれ、咲かせようじゃないか大輪の花を。クラブ全体のモチベーションと団結は限りなく高まっていた。

100文字コラム


豪州武者修行から帰還した茅野。向こうでの生活は「快適でした」と断じた後で小さく訂正した。「交通機関のアナウンスがないんですよ。でもお陰で事前に調べる癖がついたので結果オーライか」とあくまでも前向きだ。

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