得点その4
「いーくさーのーかーぜーにーみーをふーるーわーせーてー
しょーうりーをーもーとーめーてーいーのちーをもーやーす
あーかーとーみーどりーのーせんーしたーちーよー
プレー!ハードプレーフェア!ハードプレーフェア!
われーらのーわれーらのージェーミルーダートー」
尾道サポーターによる雄々しき歌声が鳴り響く16時2分、試合開始のホイッスルが尾道の空にリボンをかけた。この曲は「ジェミルダート応援歌vol.2」だが一番よく歌われている。通称である「ハードプレーフェア」と言ったほうがおそらく通りが良い。2番では「勝負の舞台は瀬戸の尾道」という歌詞があるがこれはホーム用。アウェーではその地に応じた歌詞となる。例えば「東北山形」「港横浜」「隣の岡山」といったように。試合中は後半2行が繰り返して歌われる。
先攻の水戸はいつも通り大神を中心にボールを散らして攻撃を仕掛ける。30台も半ばの大神だがその実力に衰えなし。J2レベルにおいてはトップクラスの動きを常に保っている上に豊富な経験をベースにした技術の引き出しも多い。ドリブルか、パスか、あるいはといった選択肢が多いとそれだけディフェンスもしにくくなる。
大神がくさびとなる動きをすると、間隙を縫うように水戸の若いオフェンス陣が躍動して尾道のディフェンスラインを切り裂きにかかる。しかし水戸のパスはよく回るもののシュートまでは行かない。いや、尾道が行かせてくれないのだ。
「大神はおとりだ。左右からの飛び出しに気をつけろ!」
経験では大神に劣らない玄馬の大声がピッチ上に響く。常に冷静さを失わない港が的確な判断でスペースを消し、存在自体がまさに壁となる巨漢モンテーロが左右からの飛び出しを封じる。個々の存在感に関しては水戸のそれを上回っている。
たまりかねた大神が中盤にボールを戻そうとしたところにさっと現れボールをかっさらったのは今日が初スタメンとなる亀井だった。
「よーしカメナイス! 一気に走れ! ボールを前線に回せ!」
キャプテン港の言葉に呼応するように、亀井は前線に鋭いパスを送った。受けた有川は恵体を生かした屈強なボールキープで味方の上がりを確認すると、まずは金田にマイナスのパスを出す。金田はすかさず右サイドを駆け上がる山吉へボールを流した。
「いけえええええええええええチャンスだ!」
「そこだ! センタリング上げろ!」
ゴール裏に集った尾道のファンの叫び声に応じるように山吉は鋭いクロスを上げた。中には秀吉が走りこんでいる。しかしこれはディフェンスに頭でクリアされる。セカンドボールを拾った御野はドリブルでペナルティーエリアへの侵入を試みたが、早くも中をがっちりと固められたので断念せざるを得なかった。水戸の失点がここまで3なのは決して偶然ではない。この戻りの速さを見てもわかるようによく鍛えられている。御野は左サイドの小原にパスを回したが、ここにも素早いチェイスがかかり中盤の底まで戻すしかなく、速攻は失敗に終わった。
「さすが桂谷さんのチーム、よく鍛えられている」
「ええ、選手たちも自分の役割を心得ていますし、これを突破するのは容易ではないでしょうね」
水沢監督も苦笑しながら驚嘆するほど、守備力に関しては噂以上の高さだった。しかし「水戸のディフェンスは強いから仕方ないよね」などと諦めるようなチームにJ1への挑戦権はない。より上を目指すためには必ず乗り越えなければならない壁だ。尾道は中盤で優位に立つためにじっくりとパスを回しながら機をうかがった。しかし金田がボールを奪われてしまう。多少強引なチャージだったがファールはなし。一転、水戸が速攻を仕掛ける。
「しまった、戻れ!」
「前線には大神がしっかりと残っている、カウンターが来るぞ!」
港が言い終わらないうちに鋭いロングボールが蒼天を駆けた。これを受けるのはもちろん大神。大神は対峙する今村を軽いフェイントでかわすと、尾道エリア内へ単独でドリブル突破を図った。しかしこの攻撃はすぐさま終了した。亀井がボールだけを捕捉する綺麗なスライディングを決めて奪取したからだ。大神は転倒したがもちろんノーファール。
「おおおおおおおおお! またいいディフェンスしたぞあの17番すげえ」
「17番って誰だ? ええと、亀井智広って選手らしいな、っておいおいルーキーかよ」
「しかも高卒。すげえなあこの亀井って奴。初めて聞いたけど」
マッチデープログラムで殊勲者を確認するサポーターたちにとって亀井智広の名は忘れられないものとなっただろう。前半の10分もしないうちに尾道のピンチとなりうる展開を2回も防いだのだから。入団時はルーキーの中で一番地味とされてきた男がチームでは真っ先に手柄を立てた。
「ぐぬぬ、亀井の野郎やるじゃねえか。畜生、俺だってやれるって所見せちゃる」
「おっユーマ、すごい張り切りようだな」
「まだアップやし張り切りすぎも毒やで」
「当然っすよ。貴重なチャンス、逃せないっすから」
尾道のベンチ裏では、茅野優真が猛烈なダッシュをして体を温めている。前評判通りの身体能力の片鱗を見せるスピードである。負けん気の強い茅野にとって亀井の活躍ははっきりと「むかつく」類のものであった。同じルーキー、同じ18歳。あいつに出来て俺に出来ないはずがない。胸の中の炎はいきなり全開で燃え盛っている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! やあってやるぜ!!」
「おおう、人を超え獣を超えそうな雄たけびやな」
「これが若さか。この闘志、見習いたいなのだな」
「ああ、じゃあ俺らもしっかりアップしようじゃないか!」
「せやな。今日は燃えてきたで!」
サブメンバーたちの異様な盛り上がりとは裏腹に、ピッチ上の展開は割としょっぱいものだった。ともに組織的なディフェンスによってピンチを未然に防ぐので、シュートまでなかなか行かなかったからだ。中盤での潰しあいは見るものが見るとかなり熱い展開と言えるが、一般客からは「全然シュートやゴールの気配がしないしょぼい試合」と言われても仕方がない。
前半終了時点で尾道のシュートは2本、水戸は3本とお互い決め手を欠いたままだった。和歌山戦のようにボカスカ点が入るのもそれはそれで考え物だが、エンターテインメントとして言うと初めて観戦した客が「金を払ってもう一度見に行こう」と思うような展開ではない事だけは確かだ。
100文字コラム
昨年までストライカーとして活躍した木暮丘明がユースコーチに就任し後進育成に邁進中。「サッカーの実力だけでなく人間として大きく育てたい」と意気込む。資金力のない尾道にとって育成は生命線だけに責任重大だ。