セカンドステージその2
試合開始直後は湿度の高さもあってゆっくりとしたパス回しからお互い様子見かと思いきや、いきなりアクションが起こった。それは相手ディフェンス陣のパスミスを前線の野口がカットしたところから始まった。
「よしチャンス! 一気に決めるぞ!」
野口は果敢にドリブルを仕掛けたがさすがにすぐにリカバーが入ったので一旦後ろにいる亀井にボールを預けた。しかしハプニングから唐突に始まった攻撃なので東京ディフェンス陣はラインを乱していた。そしてこれは、相手の隙を狙う秀吉にとってお得意の形であった。
微妙に距離感を保ちつつ、ハンターの目は一瞬のタイミングを逃さなかった。ここしかないというタイミングで最前線に飛び出したのだ。
「さあパスを出して来い!」
しかし亀井からのパスはワンテンポ遅れた。秒数にすれば1秒より小さい、コンマ単位のずれ。しかし一瞬に生きる秀吉にとっては致命的となるずれであった。パスは一応秀吉の足元に収まったものの、その先には何もなかった。副審はオフサイドを示すフラッグを掲げていたからだ。
「まあ仕方ない。次行こう次! それとカメよ、ここってタイミングならためらわなくてもいいぞ。ガンガンパス出して行こうぜ!」
「はい、すみません」
「謝るより行動大事! アグレッシブにって、今年のスローガンだもんな」
一瞬のタイミングで勝負する秀吉のような選手にとってオフサイドは宿命のようなもので、それ自体は別にどうということもなかった。しかし今日に限らず今シーズンの亀井はこのようなプレーが多いのは気にかかっていた。どうも悩みながらプレーしているようでシャキッとしない。
しかし亀井以外にも攻め手はある。前半14分、尾道は御野の突破から野口がボレーシュートを狙うが惜しくも阻まれてしまう。しかし中途半端なクリアを桂城が拾ってさらなる攻撃につなげた。結木へ繋げてからグラウンダーのクロスに反応したのは河口だった。
「よし、ここで……、うああっ!?」
しかし河口と言えばいまいち得点感覚が鋭くない男。ここでもジャストミートで仕留めるどころか明らかに当たり損ねの弱々しいキックになってしまった。しかしその力ないボールは偶然にも相手ディフェンスの隙間へと転がっていった。虚を突かれたようで、一瞬動きが止まった選手たちの中で、敢然と足を伸ばしたのは背番号9の男だった。
「ここだ、当たれえ!!」
ようやく危険に気付いてそれを潰そうと迫り来る相手よりわずかに早く、秀吉の伸ばしたつま先がボールの軌道を変えた。威力はまるでなかったが、まさに執念で獲得した先制点だった。
「ギリギリ届いてくれたか。ふっ、ナイスパスだったぜアンゼ」
「いやあ、ヒデさんならいけると思っていましたよ。ははっ」
威勢のいい言葉とは裏腹にバツが悪そうな照れ笑いを浮かべていた河口だが、結果的に絶妙なラストパスとなったのは事実だ。サッカーの試合においてディフェンスラインを完璧に崩すなんて事はそう多くない。それでもこういった偶然のチャンスをきっちり決めきれば得点になるし、秀吉はそうやって生きてきた男だ。
「どんな形であれ1点は1点だ。まだまだ積み重ねていこうぜ!」
「おう!」
しかし今日の試合、尾道オフェンス陣の見せ場はこれでほとんど終わりだった。前半も20分を過ぎてからは東京が持ち前の攻撃サッカーを機能させて何度もチャンスを作ったからだ。それに対して尾道は新たに加入した種部を中心にしっかりと守備を固めた。
「慌てるな! サイドはおとりだ! それより中央突破を許すなよ讃良!」
「おう!」
「そうだそれでいい! クリアクリア! よーしナイス讃良その調子だ!」
多少の観客の声援ではびくともしない種部の大声が響き渡る中、あの讃良さえもファーストステージとは段違いの安定感を見せていた。
「ボール回しに困ったら俺に渡してくれ。どうにかしてやるさ」
種部は試合前からディフェンスラインの選手にこう言っていた。特に讃良の足元が不安なのは今やどのチームも知っているので、讃良にボールが渡ると猛然とプレスがかかるのは当たり前となっていた。そこでボールを奪われてピンチを招くというシーンはファーストステージにおいて何度も見られた。
しかし種部はほとんどディフェンスラインの一角であるかのような位置まで前に出てきて円滑なパス回しを促した。もちろん讃良自身の能力向上もあったが、ここまでミスらしいミスなくプレー出来ていた要因の一つはこの種部の大胆なポジション取りにあったのは間違いない。
種部は異様にトラップがうまく、キックの種類も豊富だ。もちろん精度も抜群。これはまさに「フィールドプレーヤーとしても十分に通用する」と評されていた元々のセンスがヨーロッパで磨かれた結果と言える。これで讃良は相手に詰められても慌てず種部のいるところへパスを渡すだけで良くなった。
「自分が抜かれてもタネさんがいるし、恐れなくてもいいんだ」
そういう考え方の変化が讃良のポテンシャルをさらに引き出していた。しかし前半33分、そことは関係ない部分で尾道はピンチを迎える。いや、この攻撃自体は行くあてのない無茶なドリブル突破でしかなかったので、落ち着いて対処すれば問題ないはずだった。
「止めなきゃ、この突破ぐらいは俺が……!」
「おい何してんだカメ! お前は来なくても」
「うおおおお!!」
ここにいるはずのない背番号10が出現した事にさすがの種部も驚いて声を張り上げたが、それで止まるようならそもそもこの場所にいるはずもなかった。強引にペナルティエリアへと侵入した相手に対してスライディングを仕掛けた亀井だが、明らかに後ろから削る形となってしまっていた。
「うわあっ!!」
もんどり打って倒れる相手選手。直後、亀井には当然の帰結としてレッドカードが提示された。正気を取り戻した亀井は、自分が一体何をしたのか自分でも理解出来ないというふうに何度も瞬きを繰り返していた。
「どうしたんだ、あんなお前らしくもないプレーを……」
見かねた秀吉が声を掛けたところ、亀井は二度ほど右へ左へと視線を動かしてからどうにか「体が……」と絞り出した。
「体が、何だ?」
「体が思うように動いてくれないんですよ。そうじゃなきゃあんな事……。いや、何を言っても言い訳にしかなりませんけど。なんでこんな……」
震える声はの音量は次第に小さくなっていき、最後は何も聞こえなくなった。そしてうつむきながらベンチの裏まで消えていった亀井。すぐタオルを頭にかぶせたが、おそらく涙ぐらいは流していただろう。
「あまり自分を責めすぎるなよ!」
振り向きざまに秀吉は叫んだが、この声が亀井に届いているかは分からなかった。そんな秀吉も亀井退場によるチームバランスの変化を受けてベンチへと退いた。山田との交代だった。
秀吉としてもまさか自分がこういう形でこの試合から退く事になるとは思っていなかった。しかし緊急事態だから仕方ない。また、今日が今シーズン初出場となる山田もさすがに困惑しているようだった。
「まさかこんな形で出番が来るとはなあ」
「これもまた何かの縁だろうし。後は任せたんで、何とか頑張って」
「ああ。それにしてもカメは考え過ぎだ。その分俺なんて出来る事からして少ないから楽なもんだよ」
「まあ、それはお互い様って奴だな」
「まったくだ。さあ、やるかな」
山田のさすがベテランという落ち着いた口調だけが救いだった。トレーナーからはお疲れ様と言われたが、肉体的な疲労はほとんどないまま、秀吉のゲームは終わった。
100文字コラム
尾道美男子コンテストは今年も河口が圧勝。「感謝の一言。これがチームを知るきっかけになってくれれば嬉しく思います」と盤石の優等生コメントにもはや貫禄さえ漂いつつある。なお二位は桂城では桂城で三位は村松。




