セカンドステージ
ファーストステージが終了した。しかし来週には早速セカンドステージの第1節が開催される。休む暇などあろうはずがないというタイトな日程となっている。ステージを分けた意味あったのか。
それはともかくその直前となる7月1日、ブラジルのリオデジャネイロで開催されるオリンピックに出場するサッカー日本代表のメンバーが発表された。尾道では右サイドの結木とセンターフォワードの野口が選出された。
結木はスピードとテクニックに定評がある選手で、横浜のユースチームにいた高校生の頃は力強さが足りない部分があったのだが持ち前の練習熱心さで心身を鍛え抜いた。特に尾道に移籍して右サイドのポジションを確保してから一気に伸びて、ついにはオリンピック代表まで射止めた。
「絶対に選ばれたいと思ってずっとやってきたので、まずは一つかなったという嬉しさはあります。ただ選ばれただけじゃなくてこれから何をやるかが本当に大切なんで、リオには一番いい色のメダルを奪いに行きたいという気持ちだけです」
満面の笑みというよりも緊張感と使命感に満ちた表情で結木は会見に臨んでいた。「選ばれたのはゴールではなくスタートにすぎない」という自覚がそうさせたのだろう。代わりに野心がメラメラ燃えてただでさえ歪んだ熱気漂う室内を蒸し暑くさせた。
もう一人の野口は尾道市出身でユースを経てトップチームに昇格というまさに生え抜きの大型フォワード。188cmという恵まれた長身を武器にヘディングなどパワフルなプレーが得意で、昨年はチーム最多得点を叩き出して残留に大きく貢献した。
「なかなか思うような結果を残せずもう駄目かなと思う時もありました。ただそういう時にも諦めず、自分にできることを最後までやり続けたからこそ選ばれたんだと思っています。海外のディフェンダーのフィジカルは強いですが、その中でも自分の持ち味を出していきたいです」
性格的にはかなりの粘り強さやいい意味での頑固さも持っている。全体的には結木同様、ひりひりするような緊張感を漂わせていた。参加することに意義があるとも言うが、やはり負けて悔しがるより勝って喜びたいのは当然。まさに勝負に向かう男の顔であった。
またこの日は移籍ウィンドウが開かれる日でもある。前半戦を18位で終えた尾道。残留のためにはここからの巻き返しが必要不可欠なだけに、かなりの気合を込めた補強を連発した。その第一弾は言うまでもなく種部だ。
「移籍というか感覚としては復帰のようなもの、帰るべき家に帰ってきたって感覚です。もちろんレギュラーとして実力を発揮して、ただの放蕩息子じゃないって事を証明してみせますよ」
なかなか自信に満ちた態度だった。ただそう言うだけの実力を秘めているのは間違いない。そして背番号は35に決定した。
それと茅野も復帰。これは元々1年半の期限付き移籍という契約だったので既定路線だった。背番号は12。それに伴いエマーソンが退団して、ゴールドコーストへ戻った。期限付きの交換トレードのようなもので、お互いに得るものは大きかった。
このような新顔を加えてセカンドステージはスタートする。しかも1ヶ月に6試合という過密日程。その第一戦のメンバーは以下の通り。
スタメン
GK 35 種部栄大
DF 5 岩本正
DF 20 讃良玲
DF 24 中ノ瀬英之
MF 7 桂城矢太郎
MF 8 御野輝
MF 10 亀井智広
MF 17 結木千裕
FW 9 荒川秀吉
FW 11 野口拓斗
FW 19 河口安世
ベンチ
GK 16 西恵介
DF 4 佐藤敏英
MF 6 山田哲三
MF 12 茅野優真
MF 15 村松星
FW 18 浦剣児
FW 28 小河内鉄人
カタカナがまるでなくなり、漢字ばかりが連なるメンバーとなっている。新加入選手ではゴールキーパーに早速種部が入っている。その種部はロッカールームでおもむろに黒いヘッドギアを取り出して、自分の頭に巻きつけていた。
「おいタネよ。お前、それがないとプレー出来ないのか?」
「ああ、ヒデさんですか。そうですね。向こうでもずっと着けてましたから」
事も無げに答えた種部だが、ヘッドギアを装着したゴールキーパーと言えば頭蓋骨骨折など重症を負った選手と相場は決まっている。ヨーロッパではさぞかし激しい日々を送ってきたのだろうと秀吉は在りし日に思いを馳せていた。次の答えを聞くまでは。
「やっぱりね、頭に何かつけてないと落ち着かないんですよね。元々は帽子被ってたんですけど、ナイターなのに被るのもどうよって話でしょ? 実際ハチマキとかでも良かったけど向こうじゃあんまり売ってなくてね、じゃあこれでいいやって」
「何だそれは。じゃあ別に怪我してるから必須とかそういうわけじゃ」
「違う違う! そんな深刻なものじゃないですって! まあ意地を通すにはそれなりの理由付けも必要ってものですよ、この年ですしね」
「何だい、まったくもう」
秀吉にとってはいまいち理解し難い領域の話だったので肩をすくめたが、それゆえにあまり深く立ち寄る事はすまいと決めた。何より怪我などをしていないのならそれに越したことはないのだから。
一方でチームに合流するのが少し遅かった茅野は念のためベンチスタートとなった。慎重を期した佐藤監督の考えはよく理解出来るものではあったが、早速やってやるぞと気合十分だった茅野は少し不満気だった。
「別に疲れてはないんすけどね。むしろエネルギー充電満タンって感じで」
「それは練習を見ただけでも分かるよ、ユーマ。ただそうは言っても自分では分からないところで疲れもあるかも知れんだろう。移動も相次いだだろうし。今日は後半から暴れてもらうぞ」
「ああ、そういう事なら全然いいですよ。向こうで学んだ事を早く見せたいんだけどなあ」
移籍前と比較して明らかに足の筋肉が発達した茅野は水泳の時間を待ちわびる男子小学生のように目を輝かせていた。
「そうか。それでお前は彼の地で何を学んだと言えるんだ?」
「戦い方、ですかね。この体でしょう。最初は大きい相手ばっかりできついなって思ったけど、それが分かると楽しくなって」
まるで屈託のない言葉だが、明らかに筋肉が増強された足の太さが激しい戦いとそれにともなう成長を雄弁に物語っている。茅野の成長はチームにとって限りなく大きな意味合いを持つ事となるだろうと全員が確信した一瞬だった。
茅野以外のベンチメンバーを見ると、久々に山田が登録されているのが目につく。長らく、本当に長らくチームを支えてきた山田だが近年はポジションを奪われる機会が増えており、今年に関してはベンチ入りすらままならなくなっていた。なんとここまでリーグ戦出場0だったのだから、まさに非常事態だった。
ついに年貢の納め時かと囁かれ、あるいは下部リーグ所属クラブへの移籍があるかもなどという無責任な噂も流れたが腐らずに練習を続けてきた。そして佐藤監督はそれを見逃す男ではなかった。山田の運動量は未だに衰えを知らない。使い方によってはまだまだ貢献出来るはずだ。
それとボランチと言えば亀井はオリンピック代表から漏れた。確かに今年の亀井は精彩を欠いたプレーが多かった。これは自他ともに認めるしかない事実であった。本来ミスの少ないタイプなのにやけにあっさりボールを奪われたり、パスのコースが甘くて相手にカットされたり。
佐藤監督はそれでも「カメはチームの柱」と使い続けてきたのだが、それが逆にプレッシャーにもなっていたのだろうか。いきなり攻撃参加をしては入らないミドルシュートをかましたりと、自分を見失っているような部分も見受けられた。今更ゴールを決めてそれがアピールとなるようなタイプの選手でもなかろうに。
トレーニングコーチの神田も、亀井は例年以上に疲労がたまっているのを常に気にかけていた。ここまで怪我していないのが不思議なくらいだとも。村松が怪我で戦線離脱している現状においてリザーブに山田とペレ、ボランチを二枚置いているのはそのためでもあった。
「相手は東京。勝てない相手じゃない。それに新しい選手も多いし、対応されないうちに一気に攻め立てて勝つんだ!」
「おう!」
まさに生まれ変わった、新生尾道の新たなる伝説がこの瞬間スタートした。
100文字コラム
五輪代表に選出された野口が素直に笑えなかったのは亀井が落選したからでもある。「今年の状態じゃ当然」と平静を装うのがかえって痛々しい。しかしこれもサッカー人生のほんの一コマ。これから捲土重来すれば良い。




