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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
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歓声の嵐その2

「何だこの無様な戦いは! それがプロの仕事か!!」


 ハーフタイムのロッカールームは大いに荒れた。普段はミスにも寛容な佐藤監督の堪忍袋の緒がついに切れたからだ。床に叩きつけられるボードの音だけが虚しく反響した。


「俺が尾道に来たのは2009年。それからずっとこのチームの戦いを見てきたが今日が一番最悪だ。今までも実力が及ばず歯がたたない試合はあった。だが、どれだけ差がついてもつまらないプレーに走るような自分勝手な選手はいなかった。一人もだ! 今日を除いてな! なあ浦よ!」

「うぐっ」


 急に名指しされた浦だが、確かに心当たりがあったのでうつむくのみであった。


「特に今日のお前は最低だ。なぜあそこでドリブルをした? テルもアンゼもいたというのに」

「そ、それは……」

「勝利以外のものを追い求めてしまったからだろう? 功名心に駆られたエゴイスティックなプレーは醜悪だ。今日は下がれ」


 浦は俯いたまま拳を震わせていた。大観衆のプレッシャーは感じていないつもりだった。しかし「俺はプレッシャーなど感じていない」と思う時点ですでにプレッシャーに押し潰されていたとも言える。浦和という強豪を相手にする前に自分に負けていた。悔しくないはずがなかった。


「そしてヒデよ」


 続いて佐藤監督は控え選手が集まっている左へと顔を向けながら指名した。やはりそうなったか。秀吉は顔を上げて清々しく返事をした。


「頭から行くぞ」

「分かりました」

「それとゴッチもだ」

「お、俺もですか?」


 ゴッチこと小河内鉄人は当初は少し驚いた表情を見せた。今回は秀吉だけだと思っていたからだ。しかし指名された以上はプロフェッショナルとしての仕事をこなさねばならない。すぐにきりりとした目つきを整えて臨戦態勢に入った。


「讃良と交代だ。しっかりやれよ!」

「ええっ、監督! 待ってくださいよ! 何で俺が交代なんですか?」


 まさか俺が交代されるのかと驚いて騒ぐ讃良に対して、指揮官はいつもより冷笑的な表情で淡々と理由を述べた。


「お前も心の箍が緩んで来たみたいだからな。失点した時に次頑張ればいいって顔をしていただろう?」

「あっ……」

「甘えるなよ! 実力だけで試合に出ているとでも思っているのか! 今のお前の代わりなんてこのチームにはいくらでもいる。それをベンチでしっかりと見学しておくんだな」


 讃良の将来性を買っているからこそスタメンに抜擢してミスにも寛容だったが、だからと言ってミスをしても「まあ仕方ないか」で済ませるような選手になっては成長は望めないというものだ。


 例えば交代で入る小河内、彼は本来FWの選手だ。一昨年は二部リーグで実績を残して昇格初年度の尾道に移籍してきたのだがリーグ戦ノーゴールに終わってしまった。自分よりはるかに若い野口はチームの得点王となり、チームへの忠誠心も高い。今後の巻き返しは容易ではないとは理解していた。


「センターバックとしての練習をしてみてくれ」


 シーズンオフ、新監督にこう告げられた時は声を荒らげた。「冗談はやめてくださいよ。俺はストライカーです」。しかし指揮官の決意は変わらなかった。橋本と布施に加えて仲真も期限付き移籍が決まってセンターバックが不足しているというチーム事情は小河内も承知していた。そして自分がFWとしては先が見えている事も。


「高さもスピードもあるし、足元だってある。そしてそれをチームのために献身的に使おうと思える性格だ。それはFWではなくDFの資質だろう?」

「それはそう……、でも……」

「最後はお前の決断だ。だが俺にはお前しかいないんだ。頼む!」


 長年ストライカーをやってきた男だけにプライドはあった。しかしそれ以上にプロとして生き抜くため、小河内は泥にまみれる覚悟を決めたのだ。


 FWとして生きてきた今までの自分を捨てるのは覚悟が必要だった。しかし小河内はこれをチャンスと捉えた。FWのままだと二部リーグが限度だがDFならまだ可能性はあるはずだ、と。一応FW登録ではあるものの事実上DFコンバートされた状態で練習を続けてきた。そして今日この時を迎えた。


 後半のピッチに散らばる、平均年齢が上がったイレブン。ベンチに下がった浦と讃良は目を背けたくなる気持ちを抑えて、むしろこれから繰り広げられる光景を全て目に焼き付けておこうと決意した。


「俺は才能のある選手は好きだ。だが才能を鼻にかけるような奴は嫌いだ。お前達には才能がある。だからこそ嫌な奴になってほしくないんだ」


 背中から指揮官のそんな激励が聞こえた気がした。そしてホイッスルは吹き鳴らされた。余裕を持ってボールを回す浦和に対して、秀吉率いる尾道の前線は前半より積極的にプレッシャーをかけた。もちろんそれを始めただけですぐにボールを奪えるものではない。しかしサッカーはミスのスポーツ。まずはアクションを掛けなければ始まらない。


「3点差。ちときつい数字なのは間違いないが負けと決まったわけじゃない。まあ見てなって」


 与えられた45分という時間に対して秀吉は冷静だった。そしてその冷静さと内に秘めた情熱がこれからまったく異なる世界を生み出すとはこの時点においては誰も予想していなかった。


 おまけ。今朝イングランド・プレミアリーグでレスターが本当に優勝した。予算の掛け方が桁違い、世界トップクラスの選手が集う中であの結果を残したのはまさしく奇跡的な出来事だ。そこに岡崎がいるってのも。


 移籍のニュース聞いた時は「ああ、レスターか。イングランドだけど弱いほうだったよね」程度だったものがまああれよあれよと。来年以降は他のチームがあんな一斉にこける事もないだろうが、だからこそ価値があるというものだ。


 それこそ20年後ぐらいにこれを知らない世代が「何でレスターなんだろう」と疑問に思ったりするんだろう。「何でブラックバーンなんだろう」みたいなニュアンスで。いや、ブラックバーンは当時は強かったみたいでシーズン途中までは残留が目標と見られていたレスターとはまた事情が違うらしいけど。


 翻ってJリーグ。2012年にサンフレッチェが優勝した時もそういうのだと思ってたが何故か4年で3回優勝してしまった。特に2013年の優勝は、ちょっと信じられないものだった。


 あの年はマリノスの年になるはずだった。サンフレッチェは直接対決でも全然だったし、それと終盤セレッソに負けた試合も結構きつかった。それが何であの最終局面であんな失速してしまったのか。


 まあ予算規模が世界トップクラスのリーグと比べると小さいからある程度クラブ哲学がしっかりしていて金をかけるべきところに程よくかけていたらそういう結果もちょくちょく起こりうるって事なんだろう。


 それで言うと去年の優勝は多分一番強かった。交代自体はテンプレートだけど、それがずっと効果的だった。つまりテンプレートに至るまでの整備を上手くやれてたって事だし、まさしくそれこそがプロの仕事。


 レスターもどういうサッカーをしたいかが明確で、それをこなせる選手が揃ったからこそ勝てたんだろうし、それに周りの状況なんかが上手くいくとそういう結果になるものだ。


 自分達以外のクラブって話だとイングランドの場合は莫大な予算を使ってるクラブがいくつもあるから紛れは起きにくいけど日本だとせいぜい浦和で、それとて代表クラスをいくらでも取れる程ではない。差がそれほどでもないのでサンフレッチェみたいなのがボカスカ優勝出来る。優しい世界万歳だ。


 今年は怪我人も多くて厳しいが、予算で言うとこれぐらいが相応だろうし気にしない。レスターもそうだったみたいにまずは降格しなければOKってベースは守った上で積み重ねていけば、行けるかもしれない。

100文字コラム


ジェミーちゃんとルディーくんがレモン大使に任命された。尾道市瀬戸田町で収穫されたレモンをふんだんに使用したクッキーなどのパッケージに二人の顔が使われる。「爽やかな香りををぜひ味わって!」と笑顔でPR。

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