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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
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歓声の嵐

 4月の終わりから5月のはじめにかけてのゴールデンウィーク。休日が連続するのに合わせて日程も普段より過密になっている。この戦いを迎える直前にシモンが退団してクロアチアのクラブへ移籍すると発表された。


 シモンにとって初めての経験だった日本の水は彼にとって苦く思えた事だろう。開幕戦でいきなり退場したのもまずかった。これで乱暴者、無法者というレッテルが貼られ、それが彼の心をさらにナーバスにさせた。


 高さとパワーに関しては間違いなくトップクラスだっただけにもったいないという思いはファンや選手たちのみならず、フロントの心の中にも強く存在していた。「あれを戦力に出来れば大きかっただろうに」と惜しむ声も多かった。しかしチームに、日本に合う合わないという観点で言うと残念ながら後者であった。巡り合わせが良くなかった。


 それでも使い続けてフィットするのを待つという手もあった。しかし降格という現実も目の前にはぶら下がっている。「シモンの覚醒を信じた結果それは起こらず、結果的にチームとともに心中」という最悪の結果だけは何としても避けたかった。それはクラブにとってもシモンのキャリアにとってもマイナスとなる。今ならまだ間に合うはずだ。


「すまんなシモン。これ以上お前をこのクラブには置けなくなったが、それはお前が悪かったんじゃなくてお前の力を使いこなせなかった私達のせいだ。だからきっとクロアチアでは成功できるさ」

「もちろんそのつもりです。僕もこの国とこの街は大好きです。この国のサッカーはともかく」

「……頑張ってくれよ」

「はい。それでは、サヨナラ」


 林GMの言葉に小さな笑みを浮かべつつ、うつむいてドアを閉めたシモンの背中はいつもより小さく見えた。選手たちの中には目に光るものをためる者もいたが、選手の往来もまたプロの定め。悲しい事だが選手とフロント、お互いがそう決断した以上は仕方のない事であった。


 次いで成田が育成型期限付き移籍で長崎へ行く事が発表された。長崎はプレーオフに2回出場という意外な強さを見せるチームだが今シーズンここまでは得点力不足もあり出遅れている。前線の起爆剤として選手を求め、それに尾道が応じた形だ。


 成田は「チームに勢いを与える存在になりたい。そして来年は成長した姿を尾道の皆さんに見せられればと思います」と前向きなコメントを残して武者修行の旅に出た。かわいい子には旅をさせよとはまさにこれである。


 こういった別れもありつつ、今日はアウェーで浦和と対戦する。言うまでもなく日本屈指の人気と実力を誇る強豪中の強豪だ。毎年タイトルまで後一歩まで迫るもなぜかその一歩を進めないのがまったく不思議だが、それだけに今年こそはと意気込んでいる。


 特筆すべきは日本で最高の資金力をバックにした選手補強と、そして何より選手を背中から支えるサポーターの多さだ。今日もまた熱狂がスタジアムを覆い尽くしている。


「まったくさすがだな。試合前からこの雰囲気。最高すぎる」

「尾道もいつかああなれば。いや、俺達が頑張ってそうさせなくちゃな」


 尾道の選手たちも素直に憧れる舞台だが、所属するカテゴリーは浦和と同じなのだから臆することなくかかるしかない。そして本日のスタメンは以下の通り。


スタメン

GK 32 エマーソン

DF  5 岩本正

DF 20 讃良玲

DF 24 中ノ瀬育巳

MF  7 桂城矢太郎

MF  8 御野輝

MF 10 亀井智広

MF 17 結木千裕

FW 11 野口拓斗

FW 18 浦剣児

FW 19 河口安世


ベンチ

GK 16 西恵介

DF  4 佐藤敏英

DF 33 宮地武雄

MF 15 村松星

MF 31 川崎圭二

FW  9 荒川秀吉

FW 28 小河内鉄人


 スリーバックの中央には中ノ瀬が入っている。身長180cmはセンターバックとしては高いほうとは言えず、スピードも大した事はない。フィジカルという面においては岩本や讃良、そして退団したシモンとは比べ物にならない中ノ瀬だが彼らにはない長所を持っている。


 父は高校時代ユース代表に選出された経験があり、兄は札幌などでプレーしたプロ選手というサッカー一家に生まれた中ノ瀬。複数のポジションをこなす兄のような器用さはないが、ここでどういう動きをしたら相手は嫌がるかという選択に関して間違いが少ないのはまさにこの恵まれた家系の賜物であろう。


 逆に言うと岩本や讃良はそういうミスが多いのだ。基本ずっと相手を完封していても一瞬の、一番危険なタイミングでなぜかマークが外れていたり。フィジカルの強い面子の中に中ノ瀬が加わった事によって尾道の守備陣はかなり組織的なまとまりを見せるようになってきた。まさに相乗効果と言える。


 さらにボランチには怪我から復帰したばかりの桂城が入った。今までは亀井とコンビを組んでいたのは村松だった。守備に関しては及第点だったが前線との繋がりがもう一歩だった。守備は中ノ瀬が加わった事もありようやくまとまってきたのでいよいよ本格的な攻撃サッカーを、という佐藤監督の考えもあった。


 言うまでもなく桂城は本来二列目の選手。去年までの尾道のオフェンスにおける中心選手は間違いなく彼だった。これを奥のポジションで使う事で存分にゲームメイクしていただこうという目論見だ。


 控え選手に関しては、一見センターバックの控えがいないように思えるが実際はそれなりに手は打ってある。それ以外に関しては概ね今までの流れを踏襲している。


「ここから試合が続くがまずは一戦一戦を純粋に戦うのみだ。相手は強い。分かりきった事だ。挑戦者として、ぶつかっていこう」

「おう!」


 こうして送り出されたイレブンだが、やはり猛烈な応援にやや気圧されている部分もあったか。全体的には緊張の色が濃かった。しかし逆に緊張感がなさすぎる者もいた。


「ふん、この応援を黙らせてやるぜ」

「おお、大した強気だなウララよ」

「だからウララはやめろって。まあいいけど。とにかく、俺の実力を広くアピールするにはお誂え向けの舞台だし、やらなきゃ損ってもんだろ」


 キックオフの直後、浦はいきなり強引なドリブル突破を開始した。


「おい! 落ち着け!」

「落ち着いてられるかよ! ぼやぼやしてると時間は過ぎていくんだから!」

「くっ、とにかくフォローに行かねば!」


 緊張感高まる試合開始直後の空気を吹き飛ばすような突撃だが、複数のマーカーに挟まれてボールを奪われた。しっかりと組織された浦和のサッカーを個人の奮闘だけで打ち破るのは難しいものだ。


 そして試合は前半10分もしないうちに動いた。きっかけは讃良のパスミスを奪われた事であった。ここからGKと1対1を作られてしまい、さすがにどうにもならず流し込まれた。まったくつまらない失点。しかし讃良は「次こそは」という気でいた。


 気合みなぎるのはいいが、それが空回りしているのだからどうにもならなかった。そして浦和にとっては、そういう相手を叩きのめすのは造作もないことであった。


 いくら中ノ瀬がまとめようと努力しても、ずれた歯車を再び噛み合わせるのは容易ではなく、しかも讃良を狙い撃ちにされていた。サッカー選手としての技術はまだまだ不足している讃良は、それでも身体能力だけである程度は弾いた。しかしどうしても漏れてしまうもので、浦和はまったくもって容赦がなかった。


 前半アディショナルタイム、赤いレプリカをまとったサポーターたちは自分達が望んでいた展開に沸いていた。0対3。ゴールシーン以外も浦和は何度もチャンスを作ったし、逆に尾道は散発的な攻撃しか出来ていなかった。


「くそっ、ここまま終わるかよ!」

「ああもう、また無理しやがって!」


 浦がまたも強引に突っかかっていった。スピードだけで相手のボランチを抜き去った身体能力はさすがだ。後ろから御野が走っていたし中央には河口がボールを要求していた。しかし浦はそれらを無視してなおも突破にこだわった。


「無駄だ!」

「うおおっ!?」


 浦和のディフェンダーが仕掛けたスライディングに浦は吹き飛ばされた。相手は日本代表にも選出されている優秀な選手で、ファールにならない中では最大限に強烈なアタックだった。


 これでボールを奪った浦和が適当にボールを回したところで前半終了のホイッスルが鳴った。スタジアムは満足そうな大歓声で包まれた、ある一角を除いて。


「ま、まだ半分終わったばかり、だから……」

「そ、そうだとも。今の流れは最悪だけど後半はきっと変わってくれるはずだって、信じましょう」


 量も質も及ばないという現実はあれど、尾道からはるばる浦和まで遠征してきたサポーターもそこには確かに存在しているのだ。彼らの貢献に対してまったく申し開きの余地がない、むしろ愚弄しているかのような酷い展開だった。

100文字コラム


シモンの退団が決まった。堂々たる体格の威圧感は抜群だったが日本のサッカーに馴染めなかった。「日本での挑戦は終わりますが尾道の飛躍を願っています。それではサヨナラ」と最後は少し覚えた日本語で別れの言葉。

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