新旧融合その2
スコアは0対0だったが、選手も監督も一定の手応えを得た前半だった。それもひとえに今日スタメン出場した選手たちがそれぞれ存在感を発揮出来ていたからだ。
普段のリーグ戦と比べると勝敗とはまた別の評価軸が存在するリーグカップ。メンバーはベスト中のベストと言い切るにはいささか不安な部分はあるが、もしかすると今後のベストとなる可能性を秘めたメンバーが揃っている。
例えば車成暁。試合開始直後から持ち味のパワフルな突破を連発。ディフェンスにおいてもファールスレスレの強烈なスライディングでボールを奪おうとするなど非常にアグレッシブに動けていた。前半32分には秀吉のポストプレーから一気に飛び出しシュートを放った。惜しくもサイドネットを揺らすのみに終わったが、まずは尾道に車ありとアピールするプレーは出来たと言える。
今秀吉がポストプレーと言ったが、これは誤記ではない。元来他の選手のポストプレーによって得られる自由を行使するタイプの選手だった秀吉だが、年月を重ねた事によってこれぐらいのテクニックなら披露出来るようになっていたのだ。ゴール以外興味なしみたいな顔をしつつ、意外と小器用なタイプだったりするものだ。
ただやはり秀吉の魅力はゴールを狙う姿。そっちの面でも神出鬼没なポジショニングで常に相手ディフェンス陣にプレッシャーをかけ続けていた。微妙なタイミングのズレもあり、ゴールこそなかったがいつその瞬間を迎えても不思議ではなかった。
「うーん、まあこんなもんだろう。ディフェンスはしっかりやれてたし、後半は俺達が働かなきゃなあウララよ!」
「ですねえ! って言うかウララは本当やめてくださいよ」
「まっ、仕方ないだろ。リーグ戦じゃ俺のほうが先に決めたわけだし」
浦の同級生でユース時代からの盟友である讃良がカラカラと笑いながら近づく。この二人はお互いに名前から来た「アキラ」「ケンジ」と言い合っていたのだがこれは他の選手にまで広まらなかった。漢字はともかくとしてどちらもありがちな響きの名前なのが原因だと思われる。
「いやいやいや、でも今チームにアキラもケンジも他にいないでしょ? じゃあそれでいいでしょ?」
「でも何か違うんだよなあ。大体お前らアキラとケンジって柄じゃねえだろ」
「いや、柄じゃないって言われてもねえ……」
「でも確かに柄じゃねえよなあ。どう見ても浦と讃良って言ったほうがお前らっぽいし、もっと何かこうさあ」
ただ妙案とは一瞬で浮かぶものでもなく、しばらくは苗字由来の「浦」「讃良」と呼んでいた。その風向きが変わったのは3月初めの練習前だった。
秀吉が「じゃあサララとウララでいいんじゃねえの?」と口走ったのがチーム内で受けて、苗字そのまんまな讃良はともかくとして浦は新たにウララと呼ばれる事になってしまった。
「はあっ!? ふざけないでくださいよ。何がウララですか!」
最初は本気で嫌がっていた浦だが、最近は内心なんとなく慣れてきたような気がしてきつつあった。ネーミングの由来はやはり某アイドルが頭にあったのかなどと考えても詮なき事。ともかく一番強硬に反対していた本人がそうなった以上定着は不可避であった。
それはともかくとして、後半は井手と交代で岩本が入った。復帰初戦という事で最初からこの予定だったという。とりあえず一定の手応えを得られたので、これからはもっと出番も多くなってくるだろう。
そしてオフェンス陣は大いに躍動した。前半微妙な部分でずれていたところが試合を進めていく中で噛み合ってきたのだ。
幕開けは後半開始直後、中盤でボールを奪った村松から左サイドの車へ渡った。車は持ち前の強引な突破でサイドを切り裂くと鋭いクロスを上げ、一度は相手ディフェンダーのヘディングでクリアされたかに見えたが中途半端だった。
「よし、ここだ!」
落下してくるボールにターゲットを定めて左足を振り抜いたのは背番号9だった。利き足とは異なるため多少コントロールに難があるが今回はそれが逆に功を奏した。ディフェンダーの足にあたって微妙にコースが変わった事でGKには届かない位置へと飛んでいったボールはゆっくりとゴールへ吸い込まれていった。
「よし、まずは1点! だがまだまだこれからだ!」
「おう! もっと攻められるぜこの試合! アグレッシブに行こう!」
そしてその3分後には二木のパスに抜け出した河口がシュートを放った。これはGKのファインセーブに弾かれたが抜かりなく詰めていた秀吉が2点目のゴールを叩き込んだ。更に6分後、川崎が直接フリーキックを叩き込んで3点目。後半開始からの10分で一気に勝負は決まった。
それからも尾道は牙を剥き出しに、攻め続けた。それは選手だけでなく指揮官も同様で、後半32分には川崎と交代で背番号27、謝花陸をピッチに送った。
謝花はフィジカルの部分においてはまだまだ未熟だし技術的にも粗が目立つ。しかし時々見せる異様にテクニカルなフェイントや強烈なシュートを磨けば面白い武器になると佐藤監督は確信している。
「お前が緊張するとは思わないが、まずはお前らしく自由にやれ。後のことは後から考えればいいんだから」
「分かりました。さーて、やってくるかな」
褐色の奥にギラつく瞳そのままのプレーをピッチにおいても披露した。二木からボールを送られた謝花は、すぐに振り向いていきなりシュートを放ったのだ。ゴールから40mはあるというのに。ボールは威力を保ったままゴールの5m上を通り抜けた。
「うおおおお!! おいリックよお前何考えてんだ!?」
「何ってヒデさん、俺の持ち味を見せただけっすよ」
あっけらかんとした答えに秀吉は怒る気になれなかった。むしろ軽く笑みさえ浮かべていた。
「ふふっ、それもそうだな。うまくやれよリック」
「はい!」
一気に差がついた事で緩みつつあった空気が、この一撃でいきなり引き締まった。現状3対0でリードしているがまだ試合は終わっていない。終わっていない以上だらしないゲームを続けるのはプロとしてありえない選択肢だ。
「最後まで戦おうぜ!」
これを合言葉に尾道のイレブンは団結した。そして謝花投入から5分後、車のふわっとしたクロスに浦が飛び込んで4点目。そしてアディショナルタイムには二木と交代で送り出されていた山田のインターセプトから始まったカウンターから河口が止めの5点目を奪った。
このゴールから間もなく、タイムアップの笛が鳴った。リーグ戦に取っておきたいぐらいの完勝に終わった。
「今日の試合は今まであまり出場機会が多くなかった選手の中でも、ポジティブなアピールをしてくれた選手が何人か見られました。着実にレベルアップしている証明と言えるでしょう」
普段は冷静な佐藤監督も今日は少し興奮しているようだった。若手とベテラン、出番の多い選手と少ない選手が混合してのゲームだったがそれぞれがそれぞれの役割を果たして見事な勝利を得た。これに手応えを感じないはずがなかった。
そしてそれは選手も同じであった。試合後のインタビューに応じた、今日2得点をマークした秀吉は「久々に90分出たからね、気分がいいよ」と終始笑みを絶やさなかった。
「チームとしてもそうだし自分自身もね、現状に甘んじて終わるわけにはいかないから。もっと上を目指せると信じて毎日トレーニングだってやってるわけだからね。スーパーサブで頑張れと言われたらサブで頑張りますよ。でもスタメンのほうが楽しいですね。点もいっぱい取れるチャンスあるし」
「そういう意味では今日の2得点はアピールにもなったと思いますが?」
「それはそうですけど決めるのは監督ですからね。佐藤監督はプロとして生きる道を教えていただいた方ですし、恩返ししたいとはずっと思っていたところですから、まずは一つ出来たかなって」
高揚した気分がそれを言わせたのか、あるいは何か確信しているのか。ベテランはインタビューの最後に予言じみたコメントを残した。
「これからは今日みたいな試合がもっと増えていくんで、まずは一つスタイルを見せられたので良かったです」
100文字コラム
宮地は韓国ドラマに詳しい。元々は「韓国人選手と会話するための教材として」購入したら面白くてハマったそうだ。特に「善徳女王」など時代劇が好みでそれまで一切興味なかった朝鮮半島の歴史に詳しくなったと言う。




