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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2016 頂点を我が手に
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寒波を切り裂け2

「しっかり回していこうぜアンゼ。今のうちに距離感を掴まないとな」

「そうですね桂城さん」


 紅白戦開始後、ビブス組は新しく買った靴の履き心地を確かめるように長短様々なパスを回してじっくりした攻撃を仕掛けた。特に河口と桂城はともに技術に定評のある選手なのでそのキープ力は高かった。


「よし、ここだテル!」


 そしてサイドから上がってくる御野や川崎にタイミング良くパスを出す。御野はお得意の高速ドリブルで控え組の右サイドバックを守る佐藤をぶち抜いた。この切れ味抜群なドリブルは今シーズンの尾道を支える武器となるのは間違いない。


「中を切れアキラ!」

「おう! 勝負!」


 汐野の指示はきちんと伝わったのか不明だが、ともかく中央へとカットインしようとした御野の進路に立ちふさがったのは讃良であった。


「ちっ、こいつはやっかいなんだよなあ」


 今年の3月で高校を卒業する讃良はその有り余る若さを武器に急激な成長を遂げている。去年は巨体の割に反応は良いが穴だらけという印象で、御野にとっては与し易い相手だった。しかし讃良は練習で何度抜かれても諦めず、積極的に食らいついてきた。


「それがまさかこれほどの威圧感を身に付けているとは……」

「どうした! 勝負だ勝負!」

「まったく。突破だけが勝負じゃねえよ」


 結局御野は強行突破を諦めてサイドに流れながらクロスを上げたが、キックは精度を欠いて小河内には合わなかった。


「へへっ、まいどあり!」

「ふん。しかし讃良よ、なかなかやるもんだな。さすがに去年と同じにはいかないようだから」

「でしょ! でしょ! 俺だって負けっぱなしじゃいられないから!」

「だな。俺ももっと本気でてめえをぶっ倒さなきゃならなくなったって事だ」


 御野と讃良はお互いを見合ってニヤリと笑みを浮かべた。プロである前にサッカー小僧としての本能を呼び起こされたようだった。その後も試合はレギュラー組は御野をオフェンスの中心に据えてガンガン攻撃を仕掛けた。


 リーグ屈指のドリブラーを相手に讃良はやはり何度も抜かれてチャンスを作られた。やはりまだまだ実力に差があると言わざるを得なかった。そして試合開始から10分経った辺りで御野の突破からグラウンダーのクロスに桂城が合わせて先制。その5分後にはまたも御野が突破して今度は自分でシュート。GKの西がうまく弾いてコーナーに逃れたものの、川崎のキックを巨漢シモンが頭で合わせてまたもゴールを奪った。


「うおおすげえ高えなあシモン!」

「あれは簡単には止められねえぜ!」


 チームに合流してまだ一週間も経っていないシモンだが、早くもチームメイトに溜息をつかせるほどに鮮やかなやり方で自分のストロングポイントをアピールしてみせた。今のコーナーキック、シモンはニアサイドにいたがファーサイドには岩本も上がってきていた。これからさらに野口も加わるのでセットプレーの高さに関してはもはや去年を超えたと言える。


「さあさあ、まだまだこれからよ。俺達もアピールしないといけないしな」


 2失点を喫した控え組だが、彼らは慌てない。秀吉がパンパンと手を叩きながら平常心であれと促したからだ。


「しっかしまあ、今日のテルはキレッキレだな。ありゃあ誰でも止められるもんじゃないぜ。なあ讃良よ」

「くっ……」


 憎々しげな目つきで地面を覗きこむ讃良。彼にとって何よりも悔しいのは御野のような一流選手相手にはまだまだ通用しないと晒された自力のなさであった。


「まあ練習中だ。今のうちにうんと苦しむがいいさ。若いうちからテルみたいな相手とやれるのはいいことだしな。まだまだこれからよ。さあ、行こうぜ!」

「おう! これ以上やられてたまるものか!」


 しかし讃良の心には反発力がある。負けて倒れたままではいられない、再び立ち上がってまた勝負を仕掛けるガッツがある。まさに未来を作るにふさわしいバイタリティだと秀吉は目を細めた。そしてそれは讃良と同じく今年で高校を卒業して本格的なプロ生活をスタートする事となる浦も同様であった。


「こうなったら俺にボールを集めてくれ。勝負していくしかないんだから」

「ほう、浦も言うようになったな!」

「当然! 俺だっていつまでも若い顔してるわけにはいかないからな。そりゃあやるさ!」

「その心意気は最高だな! よし、全員であいつらにも一発かましてやろうぜ!」

「おう!」


 こうしてまとまった控え組は失点を経て動きが良くなってきた。御野得意の突破にも讃良はしっかり食らいつけるようになっており、今の数分でまた成長した事を伺わせた。


「よし、取った。行けえ浦!」

「よっしゃ!」


 苦し紛れで出したバックパスをカットした山田がすかさず縦にボールを入れる。二木から中盤の左側に位置する成田を経て、ボールは浦に渡った。


「よし浦突破しろ!」

「言われるまでもねえ!」


 浦は得意のドリブルで相対する巨漢シモンの股を抜いていった。クイックネスとテクニックに加えて、自分より20cm大きな相手に対してもまったくひるまずに突撃していく浦の勇気がこのスピードを生み出した。


「グウッ!!」


 慌てたシモンは後ろからの強引すぎるチャージで浦をふっ飛ばした。たちまちけたたましい笛の音がグラウンドに響く。実戦であればカードは確実というプレーであった。


「お、おいおい浦よ大丈夫か!?」

「平気平気! この俺があの程度でくたばるわけがないぜ!」

「おっ、元気爆発か。さすが若いっていいもんだな」


 すぐさまバシッと立ち上がる浦のタフネスには秀吉も舌を巻いた。しかし今のプレー、浦の切れ味は確かに素晴らしかったがシモンの動きは明らかに緩慢であったという一面も確かに存在しており、それを見逃さない首脳陣はいなかった。古谷コーチ手持ちのノートにさらさらと文字が書き込まれた。


 これはまだ来日直後なので体のキレがベストコンディションまで戻っていないからなのか、寒いからか、あるいはこれが実力か。いずれにせよ現時点におけるシモンの弱点の一つが浦のドリブル突破によってさらけ出されたと言えるだろう。


「どうですか監督。ここまでの流れは」

「うん、なかなか有意義だよ古谷コーチ。お互いに曝け出すものは今のうちに全部曝け出したほうがいい。そしてそれは全力の中でしか見られないものだから」


 前半はこのままビブス組2点リードで終わったが、お互いに本気を出して熱気漂うバトルがそこかしこで展開されており、厳しい視線で見つめる佐藤監督の内心も手応えを感じさせる暖かさに満ちていた。


 そして後半も一進一退の攻防が繰り広げられた。その中でビブスをつけていない控え組が意地を見せた。


「俺もそろそろ働かなきゃ引退だからな。しっかりやらなきゃな」


 言葉とは裏腹に切れ味鋭い動きを続ける秀吉が岩本の足元を攻めるドリブルで突破していった。今年の秀吉は例年以上に体が動けているが、これは新監督就任も関係している。


 プロ入りしてからすぐ、現監督の佐藤は秀吉にとって先輩でありこの世界で生きる術やハートの持ちようなど多くのものを教えてくれた尊敬すべき先生でもあった。その佐藤幸仁を男にしたい、なんて言い方はいかにも昭和だが実際昭和の生き残りなのでそこは問題ない。


 とにかく、今年の秀吉は今までより燃えているのだ。巨漢岩本をくぐり抜けたと思ったらまたも大柄なエマーソンがその長い両手両足を広げて立ちふさがる。しかし秀吉はあくまでクールに、足首を使った一瞬のフェイントで相手のタイミングをずらすとすかさず鞭をしならせるようにシュートを放った。ボールはエマーソンの股をくぐり、ゴールに吸い込まれた。


「ふふっ、上々。俺に残された時間は少ない。だからこそその時間は一瞬たりとも無駄には出来ないってもんだ。今年はやるぜ」


 こだまのように響く情熱が戦いをより盛り上げる。気付いたら寒波はもう去って、心の奥底より湧き出る熱気だけがピッチを包んでいた。

100文字コラム


尾道の釣り好き集団太公会に大型新人出現。浦は学生時代に船舶免許を取得しており、彼が操縦する漁船のお陰で行動範囲が飛躍的に広がった。「海への愛が違う」と山田会長絶賛も本人は「地元では普通です」とさらり。

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