ファミリーその2
春から夏、そして秋にかけてリーグ戦は行われ、秋の終わりにその結果は判明する。長らく戦い抜いた成果といえるシーズンの順位。それ次第でクラブの、そして選手の運命は大きく左右される。
初のJ1挑戦となった尾道は年間総合順位15位で、見事に残留を果たした。昇格を決めたその瞬間から「誰がどう考えても降格候補筆頭」と言われ続けたが全員の力でその前評判を弾き返し、新たなる歴史を作り出した。
しかしその一方で悲しい運命から逃れられなかったクラブもある。18チームのうち下位の3つに入ったら自動的に降格となる。この厳然たるルールは無機的に、非情に作動し続ける。それは今年においても例外ではなかった。
1993年の開幕からトップリーグ所属という立場を守り続け、リーグ戦年間優勝こそなかったもののいくつものタイトルを獲得してきた清水もその掟によって最高峰からの退場を余儀なくされた。去年の時点でおかしくなっていたチームを立て直す事が出来ず、無残に崩壊した姿を余すところなく晒してからの退場であった。
いや、去年どころかその兆しは5年ほど前から始まっていたとされる。その頃、長期政権を築いていた監督が退団し、その後を追うように選手が大量に移籍。新たに外国人監督が就任したものの毎年のように主力選手の退団が相次いだ。
外国人監督についても様々な意見があった。外からだと毎年選手が抜かれる中で中位を確保しているのはなかなか見事にも見えたが、監督より選手に愛着を持つ事の多いサポーターからすると愉快な話でもないだろう。様々な言い分はあれど、とにかく溜まっていたひずみが順位という形で噴出し始めたのが去年で、そのマグマを止められなかったのが今年だったと言えるだろう。
そんな激動の時期に尾道から清水へ移籍した選手がいる。それが今村友来だ。長崎県の高校を卒業後当時J2でもそれほど強くなかった尾道に入団。テクニックと視野の広さを武器にサイドバックからボランチ、二列目まで万能にこなした。
2012年シーズン終了後に移籍した清水でも持ち前のユーティリティ性を遺憾なく見せつけていたが、混乱の時代においてはそれがかえって徒となった。特に今年は開幕時はボランチとしてスタメン出場していたが途中から干され、監督交代後はサイドバックとして試合出場と、ぶれるクラブコンセプトに振り回されて力を発揮出来なかった。
そんな清水は10月の時点で降格が決定。最終節で尾道と清水が対戦したがすでに消化試合であった。ちなみに尾道のメンバーは以下の通り。
スタメン
GK 32 エマーソン
DF 17 結木千裕
DF 3 橋本俊二
DF 5 岩本正
DF 33 宮地武雄
MF 6 山田哲三
MF 35 近森芳和
MF 7 桂城矢太郎
MF 11 河口安世
MF 8 御野輝
FW 18 野口拓斗
ベンチ
GK 20 宇佐野竜
DF 24 讃良玲
DF 30 佐藤敏英
MF 13 堀尾大将
MF 23 成田秀哉
FW 9 荒川秀吉
FW 27 浦剣児
激闘となった和歌山戦で負傷した蔵に代わって出場したエマーソンがその後もレギュラーを確保し続けた。一方でセンターバックは橋本が怪我から復帰。ボランチには累積で出場停止の亀井に代わってチームの生き字引山田が入っている。
一方でベンチには成田や讃良、浦といった将来の尾道を担ってくれるであろう若武者達が集結しており、それがまたいかにも消化試合らしい真剣勝負にも関わらずただ勝敗を気にするだけでない、どこか穏やかな空気を醸し出していた。
「よっ、久しぶりだなトモキ! まあそういう事になったけどな、今日はお互い本気でやり合おうぜ!」
「えっ、ああ、テツさんですか」
「おいおいおい随分眠い反応だなあ。しっかりしろよ! 最終節だぞ。お前らだって意地ぐらいあるだろう? ここに集まってくれてる人達にそれを見せてやらなきゃ」
「そうっすね。いい試合になるといいっすね」
久々のスタメン出場となった山田が試合開始直後、かわいい後輩であった今村に声をかけたものの、かけられた方は妙におっかなびっくりした態度だった。始まる前から疲れているようにさえ見えたが、これもピッチ上での混乱が心理面でも大きく影響していたのだろう。山田としてもいささか寂しい気持ちとなった。
心の持ちようがこうも違うチーム同士が試合をしても面白い事になるはずもなく、ミスが多く最終戦にしては締まらない展開となった。すでに降格が決まっているホーム清水のサポーターは、それでも愛するチームを応援しようと努力していたがやはりどこか空元気であった。
その中で尾道は前半31分、御野の突破で得たフリーキックを河口が頭で合わせて先制点を奪うと、後半17分には近森が強烈なミドルシュートを叩き込んで2点目。これを危なげなく守り切って完勝した。終盤には浦と讃良を同時投入でリーグ戦初出場させるなど終始余裕の展開であった。
来シーズンから本格的なプロ契約を結ぶ若き俊英たちは短い出場時間の一分一秒を惜しむかのように、サバンナを我が物顔で駆け回る自由な獣の気分でフィールドに情熱という名の爪痕を残した。彼らが真の主力に成長する時こそ、尾道が次のステップに進む時であろうと誰もに思わせた。
今村は後半30分頃に交代となったが、これによってオフェンスの迫力が増したわけでもなく、今村のスタミナ面に問題があったようにも見えなかったし特に意味のない交代であった。清水は選手個々人のテクニックはなかなかのものがあったが戦術として洗練されておらず、尾道としては単発の攻撃を凌ぐだけだったので難しいミッションではなかった。
そして宴の終焉を告げる笛の音が日本平に響いた。少しだけ西に傾いた太陽はやがて地平線の彼方へと沈み、清水には夜が訪れる。それが明けるのはいつになるのか。それは誰にも分からない。
「色々あったでしょうね、この3年。でも私達は戻ってくるならばいつでも歓迎ですよ、トモキ」
それからすぐのある日、尾道の林GMは今村と話し合いの場を設けた。来シーズンの補強の目玉として今村復帰に動いたからだ。清水でも最終的には微妙な使われ方をされた上にチームは降格。沈みゆく泥船から脱出したいと思っても不思議ではなかった。しかし今村の心はそれとは異なっていた。
「……申し訳ありませんが、そのオファーを受ける事は出来ません」
「出て行った事なら誰も気にしてはいませんよ。あの時は間違いなくステップアップの移籍でしたし、金銭的にもそれを選ぶのはプロとして当然でした。今は幸いそっちの余裕も出てきましたし、プロとして恥ずかしくない金額は出せると自負しています」
「いえ、そうじゃないんです。林さんが、尾道が僕を大切に思ってる気持ちは昔から分かっています。でも、だからこそ、中途半端な気持ちで戻りたくはないんです」
尾道への愛着は持っているが、それと同じだけ清水への愛着も育っていた。時期としては確かに苦しく、今シーズンに至っては降格と辛酸を嘗めた。しかしここで移籍するのは苦境に陥った清水を見捨てる事にもなり、それは彼のプライドにとって許されざる逃げであると感じていた。
「今のままじゃ、何も成し遂げられないままただ逃げ出す事になってしまいますから。それだけは嫌なんですよ」
「……そうですか。ならば私もこれ以上は言わない事にします。最後は気持ちですからね。あなたがそう思われるなら、それを貫くのが誰にとっても一番ですから。頑張ってくださいね。知ってると思いますがJ2は容易いものではありません。ましてや清水はうちみたいな失うものがないチームではないのだから」
「分かっています」
「それと、今回は重なり合いませんでしたがこれで全ての縁が切れたわけではありませんからね。私達は同じ場所で同じ時を過ごした、家族と同じ存在だと思っていますから。またいつか会う事もあるでしょう。その時もそれだけは忘れないでくださいね。それじゃ、私はここらで」
「すみませんでした。いつかきっと、そうします。でもそれは今じゃないと思うんです。だからまた、きっとまたお話をしましょう。今日は本当にありがとうございました」
最後は立ち上がって頭を下げた。今村としても今日はっきりと言葉にする事で胸に巣食っていたもやもやはいくらか晴れたようであった。もう中途半端はやめだ。来年は清水で頑張ろう。そう明確に決意したのだ。
今村と尾道、今回は重ならなかった道もいつかそうではなくなるかも知れない。運命とは常に不可思議なものなのだから。そして明日から12月、本当の冬が訪れる。
100文字コラム
来シーズンに向けて某クラブに所属するMFの獲得が濃厚となった。正式発表まで詳細は伏せるとしつつも「若いが確かな実力の持ち主」と林GMの期待は高い。辛うじて残留した今年の二の舞を避けるべく積極的に動く。




