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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
148/334

brave heart 2

「今日はしっかり頼むぞ」

「任せてください」


 もう二度とあんなヘマは繰り返さない。闘志に燃える河口だが、その気迫とは裏腹にたはり何となくしっくり来ないプレーを続けてしまった。例えば前半17分、ゴール前で橋本がボールを奪うと素早く前線へと展開させて桂城、河口、野口の3人が抜け出し3対2の状況を作った。


「ここは当然タクトに集まる。となれば、こっちだ!」


 ドリブルで突っ走っていた桂城はこのように判断して近くにいた野口ではなく少し遠くを走っていた河口へパスを送った。走りながら守る仙台ディフェンス陣の「当然野口を狙ってくるだろうからそちらに注力」という読みを外したプレーで完全にフリーとなっていた。


「行けアンゼ!」

「打て!!」


 桂城と野口が口々に叫ぶ。いや、彼らだけでなくピッチ上にいる、ベンチ入りしている赤と緑を纏った全選手が同じ言葉を叫んだ。そして仙台まで訪れたサポーターたちも。


 しかし河口、ここで打てない。トラップが大きくなってしまい、体勢を整えた時には目の前にブロックする黄金色のユニフォームが群がっていた。


「くっ!」


 思わずゴールに背中を向けて、後から走り込んできた堀尾へパスを回したが結局コーナーキックを得るのみに終わった。ここでシュートを打てていればと誰もが悔やむ場面を除くと見せ場に乏しい前半は0対0で終了した。


「またやってしまった。なんて不甲斐ないんだ」


 頭を抱え、自嘲的な雰囲気を撒き散らす河口。ただでさえ自分に厳しい河口なので、選手たちもあまりに気の毒なので声をかける事さえためらわれる程であった。一人を除いては。


「ここでためらうなよアンゼ! もう一歩なんだから、ここで恐れてしまったらそれこそ全てが水の泡よ。今日はいける。まだ最後の手段は残っているんだから」


 秀吉がこうして平然と声をかけられるのもチーム最年長の特権か。いい年したおっさんが今更シャイになる事もない。真面目が過ぎて気難しい人なんてレッテルさえ貼られがちな河口の心をこじ開けられるのはこの男ぐらいのものだ。そして秀吉のそういった働きは正岡監督にとってもありがたいものとなっていた。


「とにかく、アンゼも前よりは良くなっているし、ヒデの言う通り後一歩なんだ。仙台の守備陣をこじ開けるには前半よりも一歩攻撃的に前進する必要がある。テルとヒデはしっかりアップしておくように」


 秀吉に便乗するような形で正岡監督がこのように指示を出す。そしてその言葉通り、後半の早い段階で御野と秀吉を投入した。御野は宮地と交代で、ポジション的には堀尾が左サイドバックへ、桂城が右へ移って御野は左を司るようになった。そして秀吉はなんと野口と交代となった。


「あれ、野口と交代なのか?」

「河口と間違えたんじゃねえのか、これ」


 今日の出来から言っても河口が傑出していたとは言えず、サポーターにとっては疑問の残る交代だったが正岡監督は賭けていたのだ。今こそ、河口に秘められたその潜在能力を発揮させる時だと。もちろん正岡監督だってポテンシャルを秘めながら最後まで覚醒しなかった素材を何度も見てきている。だからこその賭けだ。


 今のチャンスを逃したら、その時はもうそれまでの選手だったと見切る頃合だ。尾道就任の際に「こいつは絶対戦力になる」と確信を秘めて連れてきた選手が河口だが、この機さえも逃すようではもう冷徹な判断を下すしかない。プロとして生きるか死ぬかの最終試験。そこまでの覚悟を秘めた采配だった。


「大丈夫だ。俺達に任せろ!」

「ヒデさん、テル……!」


 御野は6月生まれで河口は9月生まれなので今は同じ23歳だが、学年的には河口のほうがひとつ上なので呼び方はこうなっている。しかしプロとしての実績で言うと御野のほうが上回っている。大卒選手は入団の時点でもうそれほど若いとはいえない。そんな河口の潜在能力をよく知っている二人だからこそ、最大限の協力をしたいと思って今日もベンチでそんな相談をしていた。


「さあ行くぞ! 仙台に河口安世という名の花を咲かせようじゃないか!」

「おう!」

「えっ?」

「ほらアンゼも! 今日の俺らはお前の俺だ。まあ、普段通りって事を忘れるなよ」


 秀吉の唐突な発言には混乱したが普段通りにという言葉だけははっきりと耳に通ったので、それに対しては清々しく「はい!」と返事をした。とにかくやるしかない。でもそれはあまり煮詰めすぎないように、あくまで心軽くナチュラルに。河口の心は少し軽くなった気がした。


 途中交代の秀吉と御野がディフェンスラインにガンガン突っ込んでいくので、それに気圧されるように仙台のディフェンスラインが下がっていった。そうして空いたスペースに流し込まれたのが河口のテクニカルなボールキープという要素だった。これで尾道はボールを圧倒的に支配出来るようになっていった。


 そして秀吉が投入されて10分後の後半29分、誰もが望んでいたチャンスが訪れた。河口のボールキープから左サイドに開いていた御野へパス。御野は強引とも言えるドリブルで中央へと切り込んでいった。


「よし、ここだ!! ええい!!」


 御野はミドルレンジにも関わらずいきなりシュートを放った。この奇襲にも仙台ディフェンス陣は慌てずに身を投げ出してブロックした。ペナルティエリア内を浮遊するボールにいち早く反応したのは背番号9の男だった。


「前を向かせるな!!」


 反応は少し遅れたものの仙台ディフェンス陣は秀吉のシュートを警戒して素早く寄せていった。しかし秀吉の心はすでに決まっていた。


「トラップなんて野暮な真似はすんじゃねえぞ! 行け、アンゼ! 行けえっ!!」


 秀吉はボールをヘディングで少し外へと送った。そこには河口がジャストなタイミングで走り込んでいた。練習では何度もやっていた形だ。秀吉は芝生に倒れ伏す刹那、親指を立てた。


 河口の心は静かだった。今までであれば「絶対に決めないと!」と気負うあまり失敗していただろう。でも今は違う。その澄んだ瞳は獲物がいたからそれを狙う、ハンターの純粋さを湛えていた。ためらいなく振り抜いた右足はボールを的確に捉え、そのまま仙台ゴールを突き刺した。


「……、やった、のか。やった、やった! やったんだ!!」


 粗い呼吸を振りきって、河口は現実を確かに見据えた。今シーズンのリーグ戦初得点は尾道を勝利に近づける先制の一撃だった。


「よおおおおおおおおおし! ナイスアンゼ! ほら見ろやれただろ!!」

「はい! やれました!!」

「それですよそれですよ! じゃあもう一点行っときましょうか!」

「おう、そうだな! まだ1点だけじゃ分からないからな。もう一発ぶち込んで完全に決めようぜ!」


 気分が高揚している河口の言葉に秀吉は「そうだその意気だ」と心の底から快哉を叫んだ。この一撃ですっかり重石が取れた河口は後半32分、カウンターの起点となって御野のゴールをアシストした。腕を重ねる23歳の二人。そこに弱々しさはまるで感じられず、これからの尾道は俺達に任せろと言わんばかりの確信めいた自信に満ち溢れていた。


 最後、結木と交代で山田投入という守備固めも実り試合はそのまま2対0で終了。「前半はほぼ予想通りの展開だったが後半、フレッシュな選手を投入されてからは尾道のスタメン、特に河口選手の動きが活性化されて、それに対応しきれなかった」と敵将も認めるほどに勝利の原因は明確だった。


「今日はアンゼでしょう。ゴールも非常に力強いものでしたが、よく敵陣にいながらボールを的確に捌いていた。このプレーが出来ると信じていたけど、ついにやったなと」


 そして正岡監督もこの言葉を、満面の笑みとともに放った。これ以降河口はスタメンに定着する。夏の終わりの仙台に、新たなる尾道の星が生まれた。

100文字コラム


出番を増やしつつあるガッツマン堀尾。趣味は音楽鑑賞だが最近は海釣りにもハマりつつある。元々山田ら先輩の誘いで参加したが「群馬県育ちなので海が普通にある環境が新鮮で楽しい」と瀬戸内ライフを満喫している。

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