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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
145/334

セカンドステージその1

 7月11日、本拠地である尾道で後半戦のスタートを迎えていた。対戦相手は名古屋。優勝経験もあり資金も豊富な東海の雄である。前半戦では滅多打ちにされたが仕切り直しの後半戦は意地を見せたいところだ。


「しかし梅雨の頃は雨がうざったかったのにこう晴れてくると逆に暑すぎるって思ってしまうから身勝手なものですよね」

「そうは言うがなアンゼよ。晴れたほうがお客さんも喜ぶだろうしいいことだ」

「そして後は結果、ですよねヒデさん」


 連敗中の尾道だがチームを取り巻く空気はそれほど重くはない。これが34試合中の18試合目となるとおそらくこうはいかなかっただろう。前半戦と後半戦がくっきりと分かれた事で気持ちの区切りもつけやすくなったと言える。そしてその仕切り直しとなる試合のメンバーは以下の通り。


スタメン

GK  1 蔵侍郎

DF 17 結木千裕

DF  3 橋本俊二

DF  5 岩本正

DF 33 宮地武雄

MF 10 亀井智広

MF 35 近森芳和

MF 15 川崎圭二

MF  7 桂城矢太郎

MF 19 ゼ・マリア

FW 18 野口拓斗


ベンチ

GK 20 宇佐野竜

DF  4 布施健吾

DF 30 佐藤敏英

MF  6 山田哲三

MF  8 御野輝

FW  9 荒川秀吉

FW 11 河口安世


 GKは蔵。ディフェンスは橋本と岩本のセンターバックコンビに右には結木、そして左には早速宮地が入っている。ボランチには同じく新加入の近森が亀井とコンビを組んでいる。この新戦力二人がどれだけチームにフィットしているかは今日の試合のみならずシーズンの趨勢をも左右しかねない重大な要素である。


 前線の二列目には右から川崎、桂城、ゼ・マリア。御野はもう少し控えメインで使っていこうという戦略である。もっと切羽詰まった状況であれば無理をしていたかも知れないが、正岡監督は今はまだその時期ではないと考えている。ワントップは野口。そして控えには秀吉も戻ってきている。


「まず出だしの勢いが大事になってくる。きついかも知れないが立ち上がりからアグレッシブに攻めて、何としても前半中、15分までに先制点を奪うように行こう」

「分かりました」

「それとチカ」

「はい!」

「……いや、いい。もし緊張してるようだったらと思ったがその分なら大丈夫そうだな」

「やっと尾道の一員として試合に出られるのに、緊張してる暇なんてなかとよ!」


 移籍して初の試合出場となるのに近森の表情は普段と何も変わらないようだった。むしろニヤリと口元を不敵に歪めるほどの余裕で、さすがに肝が座っている。その後ベテランの宮地にも軽く声をかけてみたがこちらも問題なさそうだった。


「新生尾道だ! 結果でアピールしようじゃないか!」

「おう!」


 積乱雲が力強く発達した山の上、湿り気を多く含んだ夕方の空気が充満する午後6時、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。


「さて、一気にやるか。チカ!」

「おう!」


 試合開始から3分もたたぬ頃合、いきなり尾道はダイナミックなオフェンスを展開した。それまで中盤でじっくりボール回しをしていた亀井と近森だが、前線の桂城に一旦ボールを預けたかと思ったらその勢いで近森がゴール前まで上がっていったのだ。マークの対応が遅れた瞬間、すかさず桂城のパスが打ち込まれた。


「はあああああああ!!」


 右足で軽やかにトラップした近森は、それでもまだペナルティーエリアに侵入していなかったがお構いなしにシュートを放った。ストレートな軌道の一撃はGKの腕の上を通り抜けたが直後、鈍い金属音とともに大きく弾かれた。


「ちいっ、外したか! いい挨拶になると思ったのに」


 あわやビューティフルゴールだったミドルシュートを放った張本人、この間尾道に加入したばかりの若武者は顔をくしゃくしゃにして悔しがっていた。本気で狙っていたからこそだ。そしてこの一撃がチームに勢いを呼び込んだ。そして前半9分、今度は新加入のベテランがやってくれた。


「俺もここらで仕事をしないとな!」


 左サイドをオーバーラップした宮地が上げた鋭いクロスに野口が反応する。しかし高さには定評のある名古屋ディフェンス陣、簡単にはやらせんとばかりに彼らもまたジャンプして弾き飛ばそうとしていた。


「こんなクロスなど! 高さで俺達に敵うと思っているのか!!」

「むうっ、さすがに高い! だが!」


 野口はあくまでも冷静に、シュートではなく手前にボールを落とすようなヘディングをした。そこに走り込んできたゼ・マリアの右足にジャストミートしたボールは、力強くゴールネットを揺らした。この形は練習で何度も試していたもので、まさに狙い通りのゴールだった。


「よっしゃ! ナイッシュー! それとミヤさんもいいクロスありがとうございます!」

「おう! そしてこれでまずは第一目標達成だな!」


 前半15分までにゴールという事前のプラン通りに事は進んだ。特に後半戦のスタートとなる節でもあったのでいつもとは違う緊張が場を支配していた。順位は尾道より上でありながらその期待される実力からすると不本意と言える順位に終わった名古屋は「だからこそここから再スタートを」と気負っていた。そんな中でこの失点。「ああ、また駄目なのか」と思わせるには効果的だった。


「相手の動きは鈍くなっている。行けるぞ!」


 逆に尾道は勢いよく攻めまくった。そして前半23分、近森と川崎のコンビネーションで右サイドを攻略してから結木が上げたグラウンダーのクロスを桂城の右足が流し込んで2点目。以降も尾道オフェンス陣はサイドを中心にしつつもゼ・マリアや桂城の突破も交えたテンポ良い攻撃で何度も名古屋ゴールを脅かした。


 これで3点目が入れば圧勝もある。そんな空気さえ漂ってきたアディショナルタイム。しかし次のゴールを決めたのは尾道ではなく劣勢だった名古屋だった。コーナーキックからセンターバックに頭でねじ込まれたのだ。さすがの高さ。そしてただではやられない、一矢報いてやろうと常に燃えている魂。この一点は尾道にとって重く、名古屋にとっては多大なる希望となった。


「リードしているのはこっちだ。ただ守り切って勝てる相手じゃない。後半もアグレッシブに行こう!」


 選手を奮い立たせようとする正岡監督だが、彼もその内心においては現状の流れがまずい事は承知していた。1点差。このまま終われば勝てるが追いつかれる時はあっけなく追いつかれる程度の数字。しかも尾道は連敗中。追いつかれるかも、という臆病風が入り込む隙間は大きい。


 案の定、後半は名古屋の力強い攻撃が尾道ディフェンス陣に突撃してきた。運動量豊富でフィールドを面で制圧する亀井と近森のボランチと、パワー抜群な岩本を中心に全力で守備をしているが耐え忍ぶのが精一杯で攻勢に出る一手は見いだせない。


 そうこうしているうちに宮地が明らかにばててきた。かなり分かりやすく動きが鈍って、スピードでもガンガン抜かれるようになった姿は小学生でも「あっ、この左サイドの33番疲れてるな」と分かる程度には明確だった。


「ううむ、やはり試合勘がまだ戻っていないのか。交代の準備をせねば」


 正岡監督がこう考えていた時、別のラインで破綻が生じた。中盤においてボールを奪うべく相手ボランチと競り合っていたゼ・マリアがチャージを受けた際に足をひねってしまい、芝生に崩れ落ちた。なぜかゴールを決めた試合で負傷退場するゼ・マリアが今日もまたピッチを去った。後半10分にもならない出来事だった。

100文字コラム


太公会なる釣り人同盟が結成されるなど海派の多い尾道。しかし山派も確実に存在し、筆頭はハイキングが趣味と公言する蔵。「三原市の筆影山は良かったね。特に見晴らしが」と言ったところで駄酒落に気付き赤面した。

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