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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
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救世主候補

 前半戦を終えた尾道を待ち受けていた最初のイベントは別れだった。栗山正則が盛岡へ期限付き移籍する事が発表されたのだ。ユース出身のテクニシャンも今シーズンここまで出番なし。ライバルの多いポジションで自分の個性を出しきれなかった。


「盛岡では自分のすべてを出してチームに貢献したいと思います。尾道では何も出来なかったのが心残りですが、ここで得たものを忘れずにこれからも自分の目指すサッカー道を進んでいきたいです」


 このコメントを見るにどうやら戻ることは考えてなさそうだ。一応は期限付き移籍と表現されてはいるものの事実上の片道切符。後半戦も終わる頃には契約非更新の通知が出されている事だろう。プロフェッショナルの非情なる一面と言える。


 しかし別れあれば出会いもあるもので、栗山の発表から1週間たたぬうちに新選手獲得のニュースが矢継ぎ早に飛び出した。


「どうすべきか毎日考えましたが、とにかく自分をもっと成長させるためのステップだと思っています」


 さばさばとした表情でフラッシュを浴びているのは和歌山から期限付き移籍で加入が決定した近森芳和であった。福岡県出身。リオデジャネイロを目指すU-22代表にも選出される実力派ボランチである。しかし今シーズン、生まれ育った福岡を離れて和歌山移籍したもののシーズンわずか5試合出場と停滞していた。


 ただこれは近森の能力が足りなかったと言うより4月に監督が解任されるなど和歌山の内部事情に振り回されてしまったのが大きい。何も出来ないまま和歌山を後にするのは男のやる事かと大いに悩んだが、最後はサッカー選手として決断を下した。


 豊富な運動量に加えて攻守においてバランス感覚の良いボランチである。今のボランチは二木だと攻撃に、山田だと守備に偏りすぎてもう一方のバランスが崩れてしまっていたのでジャストな補強と言える。しかも尾道にはU-22代表でボランチを組んだこともある亀井や福岡では2年間チームメイトだった川崎がいる。相性の部分でも問題ないだろう。


「近森選手はジェミルダート尾道というクラブについて、どのような印象をお持ちでしょうか?」

「選手もサッカーもいいだけに物足りないですね。はっきり言ってもっと上を狙えると思うとります」

「そうでしょうか。現在の11位という順位は予算規模からしても健闘しているかと……」

「金じゃなか!」


 質疑応答の時間、ずっと淡々としていたはずの近森が突然声を荒らげた。これは報道陣はもちろん、林GMも細い目を丸くした。しかしこの激情こそ真面目で大人しい選手が多い尾道に必要だという確信もあったので、「さすが九州男児だ」と逆に頼もしくさえ感じていた。


「ああ、すみません。ばってん、俺は金だけで移籍を決めたわけやなかとよ。サッカー選手として成長するため、そして尾道をもっと強くするためにここにいるたい!」


 確かに補強や設備を整えるには金が必要になる。しかし金が全てではなく結局のところは使い方が大事になってくる。近森が訴えたかったのはそういう事だった。尾道もそうだが、その前に在籍していた和歌山についても心は同じだった。


 前年センセーショナルな躍進を見せたものの今年最下位に沈む和歌山に対して「それ見たことか」とばかりに辛辣な批評が飛び交っている。「あいつら生意気だったからいい気味だ」というレベルの愚にもつかない誹謗中傷から監督人事で失敗した理由などを的確に論じたものまで色々あったが、聞き捨てならなかったのはこのような意見だった。


「和歌山のような地方クラブが潤沢な予算を持つ中央のクラブに勝ち続けられるわけがない。所詮ここらが限界」


 近森は、そして和歌山の選手たちはこれに類する意見を見聞きする度に腸が煮えくり返る思いでいたのだ。確かに今の和歌山はうまくいってないし、金はないよりあるに越したことはないのもまた当然の真理。しかしそれは金の有無とはまた別の問題を抱えているからであり、勝手に限界を定められてもそれに反発するのは自然だった。


 結局は人間の行う事、それだけで全てが決まるほど安直にいかないものだ。例えば今シーズンの前半戦を制した浦和は日本で一番人気と金があるサッカークラブと言えるが、その浦和が何年無冠を続けてきたか。それに去年のC大阪も金は使ったが降格の憂き目にあった。それは使い方がまずかったからだ。結局ここを間違えなければある程度はどうにかなるものなのだ。


 金さえあればどうにかなるのは今シーズンの好調を見るにある程度真実ではあるようだが、そうならない事も多い。ましてやJリーグ、そこまで成熟したリーグではないだけに多くの可能性が残っているものだ。


 近森はそれこそ潤沢な予算を持つ都会のクラブからのオファーも受けていた。しかしそれを蹴って和歌山を選び、今回も尾道への移籍を決めたのは常にサッカー本位で物事を考えたからだ。プロとしてその対価を受け取るのはやぶさかではない。しかしそれはサッカーに誠実であった結果ついてくるものであって金を多く貰えれば他はどうでもいいわけではない。


 尾道だって和歌山と同じく予算が潤沢ではないし本拠地も大して都会ではない。それだけに今シーズン和歌山がはまった苦悩は尾道にとって対岸の火事ではない。一歩間違えれば和歌山と同様か、ユースの充実度を見るにそれ以上の混迷を迎えるのは火を見るより明らかだ。


 和歌山も、そして尾道も地方クラブである。これは真実。しかし地方にあるから無理だとか限界と安易に決めつける姿勢には全力でNOを叩きつけたいものだ。そのためには泥臭さを厭わず戦い続けるというクラブ全体の姿勢が近森の心を掴んだからこそ、決断を下したのだ。


「尾道でも一丁やったるばい!」


 九州訛りが強く残る口調の朴訥とした、そして情熱的な男は最後に力強い笑顔を見せて会見を終えた。振り向いた背中には真新しい背番号35がぎらりと輝いていた。


「しっかしチカ、まさかお前が来るとはなあ! びっくりしたよ!」

「はっはっはカメよ! この世界、一寸先は闇たい。まあ、俺が来たからには尾道は浮上待ったなし! 任せときんしゃい!」

「そうだな。お前がいれば元気百倍、俺としても心強いよ」」


 若い二人ががっちりと手を組んだ。これでボランチは固まったようなものである。


 そして翌日、さらなる新加入選手の発表がなされた。宮地武雄選手を獲得したのだ。


 宮地は元々千葉ユースからの生え抜き選手として中学時代から年代別代表に選出され続けた。プロにおいても俊足に加えて両サイドを難なくこなす万能性と極めて正確なキックでポジションを掴み、ついにはフル代表にも選出されるまでになった。まさに日本を代表するサイドアタッカーの一人だった。


 しかし千葉から移籍した後はにわかに精彩を欠くようになり代表とも縁遠くなってしまった。現在は広島に在籍し、連覇にも貢献したが今シーズンは自身の怪我に加えて若手の台頭もあってここまで試合出場数がゼロとなっている。しかし広島としてもその経験は捨て難く、貴重なリザーブとして慰留に努めたが最後は本人の意志を尊重した。


「愛着ある広島を離れるのは残念です。しかし選手としてはこのまま終わりたくなかった。まだ動けるという自信はありますし、別の環境で勝負をしたくなったという事」


 年齢は33歳。すでにベテランと呼べる世代にあるがその情熱が枯れ果てる気配はない。背番号は33。年齢と同じなのは偶然か必然か。期待されるポジションは言うまでもなく井手が離脱して以降定まらなかった左サイドバックである。


「右の結木にトップの野口も素質のある選手だと思いますがまだまだ若い。ただその分期待するところはありますね。アシストを何本決められるか。数字にはこだわります」


 選手としての現状を言うと、確かに全盛期のスピードは衰えた。しかし正確なキックはまったく錆びついていない。また、かつては酷評されていた守備面も経験を積む事で成長しており、バランスは取れている。


「尾道が最後のクラブになるという気持ちでやります。まずは残留。そしてさらに上を目指すために今まで培ってきた全てを出しきります」


 きりりとした眉毛を更に吊り上げ、最後は力強く言い切った。その後すぐ練習にも参加したがさすがに元代表、動きの鋭さで布施や堀尾らディフェンス陣を翻弄していた。怪我は完治しておりコンディションにも問題なさそうだった。


「しかしこんな凄いミヤさんが今シーズン出番なしなんだから、やっぱり恐ろしい舞台だよなあJ1って」

「まあまあタイショー君、出番ってのは結局タイミングだからね。誰が悪いかって言うと怪我で出遅れた俺が一番悪かったのさ。ただ、まだお前らに負ける気はないよ」


 普段は飄々としていながらも、いざ力を入れた時に彫りの深い瞳の奥から見せる寒気を感じさせる鋭利さはさすがに百戦錬磨のベテランという凄みを選手たちに感じさせた。


「さっ、次はタクト!」

「はい!」

「さっきのクロス微妙にずれてたしもうちょっと修正したいんだけど、どうだろう? 今のはふわっと蹴ってみたけどもっと鋭い感じのほうがいい?」

「そうですね。そのほうがタイミングがジャストになるんで」

「うん、分かった。じゃあ何本か蹴ってみるから試してみて」

「分かりました!」


 加入直後なので把握しきれていない部分も多いからこそ積極的に声を掛けていく。実績をひけらかすことのない態度に選手たちもすんなり心を許すので、加入して数日しか経っていないのに昔から加入している雰囲気さえ纏うようになっていた。


 近森と宮地、この両者が加わった事で問題視されていたボランチの一角と左サイドバックという穴が埋まった。もう一つ不安視されていたGKに関しては音沙汰がないが、蔵でもまったく通用していないことはないのである程度はどうにかなるという判断か。


 あるいは候補に断られたのかも知れない。昨年のオフに若手ボランチの獲得に失敗したという話は知られているように、尾道はまだまだ中央において知名度に乏しく、資金もそれほど多くないので移籍交渉において何でもかんでも獲得出来るというチームではない。それか単に予算が尽きたか。


 しかしそれを前提として尾道に来てくれる優秀な選手を予算内でうまく選ぶのはフロントの腕前と言える。その点において林GMは自分の仕事をきっちりとこなした。後は彼らがそのポテンシャルを発揮すれば、監督がうまく使いこなしてくれれば残留やさらなる浮上は可能なはずである。


 そして後半戦は明日、7月11日からスタートする。

100文字コラム


宇佐野の調子が上がってこない。一昨年には守護神の地位を掴んだかに見えたが昨年は怪我で一時離脱。復帰後はミスが多く不安定なプレーが続く。「思ったように動けない」ともどかしげだ。この壁をどう乗り越えるか。

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