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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
141/334

転進その2

 開始10分、動きなし。開始20分、まだ動きなし。開始30分、なおも動きなし。そして45分を終えた。スコアは0対0。それどころかシュートの数が尾道と柏、お互いに1本ずつでしかも枠内のシュートに至っては皆無であった。


 一体どうしてこのような結果になってしまったのか。それは尾道がプロデュースした答えであった。運動量豊富な山田と堀尾を両方起用した事によって柏のオフェンスに面で対抗した。柏にとっては前線、一切スペースがないので前に展開しようにも出来ないという時間帯が延々と続いた。


 一方で尾道のオフェンスも低調だった。これは全体的に守備を重視していたからである。ここ数試合はディフェンスがまったく機能していなかった上にオフェンスもそれほどでもないという酷い状態が続いていたが、正岡監督はまず守備から手を付けたという事だ。という事でオフェンスは竹田と野口のカウンターを狙う程度でほとんど手を付けておらず、当然の帰結として機能していなかった。


「これはちょっと酷くないか。いくらなんでもやる気なさすぎるだろ」

「しょうもな。攻める気がないんなら見る必要もないな」


 中にはハーフタイムの間に席を立った観客さえもいた。そうされても仕方のない内容だった。そしてその空気はロッカールームの中も大して変わらなかった。


「まずここまでは概ね狙い通りで行けている。後半は守備の意識は変わらず、オフェンスはもっと鋭くチャンスを狙っていこう。ヤマトをもっと走らせるように」


 冷めたロッカールームに、正岡監督の声だけが響く。選手は言うまでもなく監督だってこんな戦術をやりたくてやっているのではない。寒いだけでなくとても息苦しい空気が漂って、当事者でなければあまりにも不快なので思わず吐き気さえ催してしまいそうな地獄絵図であった。


 選手は言いたい。監督、いつまでこんなサッカーをするつもりなんですか? 確かにチーム状況は最悪な中で、それでも勝ち点を積み重ねていかなければいけないのは理解しています。でもこんなサッカーをプロとして決して安くない金額を払ってこの山の中まで訪れてくれるサポーターに見せるのは裏切りじゃないですか? 監督だってこんな事やりたくないでしょう? もっとオフェンシブで繋がりを大事にするサッカーが好きな事は分かっているんだから、いつまでも無理をし続けるなんて嘘でしょう。


 監督も言いたい。お前たちの気持ちはよく分かっている。そして俺も本当はお前たちと同じ気持ちなんだ。こんな感動のかけらもないサッカーをせざるを得ない現状を不甲斐なく思っている。しかしどんな状況でも結果を残し続けるのもまたプロの挟持。見てくれは最悪だ。だが理想とするサッカーが現在、実現不可能ならばその上で最大限の結果を残せるようにあがかないと駄目だ。もうすぐテルも帰ってくる。移籍期間での補強も頼んでいる。今は耐えるべき時。だから、分かってくれとは言わないから一緒に耐えてくれ。


 もちろん選手だってこのしょうもないサッカーが勝ち点を獲得するのに一番近いやり方だとは理解しているし、監督だって無茶を強いているのは理解している。お互いに分かっているが、それを簡単に認められたなら今の場所まで上り詰める事はなかっただろう。


「まあとにかく今日の試合はすでに半分やりきったんだ。残り45分もしっかりやりきろう。そして久々の勝ち点だ。一歩一歩、積み重ねていくしかないんだから」

「ヒデさん」

「頼むぞヤマト。お前が決めてくれないとこのフォーメーションは完成しないんだから」

「それは、分かってます」

「まだまだこれからだ。でもまずは今日からだ。俺も出る事になればやる事はやるさ。俺が出なくてもお前らはやるべき事をやるんだ。ふふっ、調和だよ、調和。それが崩れたら良いサッカーだろうが悪いサッカーだろうが結果が出なくなるからな」


 苦しいチーム状況に置かれた場合、大体この調和というものが崩れてくるものだ。勝利という明確な結果を失っては選手も監督も「本当に今のままでいいのだろうか」と迷い始め、その目線のブレが日増しに大きくなって最後には悲劇的な結末をもたらす。秀吉もそういうクラブをいくつも見てきたし、当事者として体験したことも何度かある。


 特に悲惨だったのがメキシコ時代で、連敗に次ぐ連敗から半年で監督が3人という混迷っぷりだったが当然チームの雰囲気は最悪だった。選手内にもいくつもの派閥が出来ており、その上で「この監督はどうせ次でクビだから今のうちにコーチに擦り寄っておくか」「オーナーはテクニシャンが好きだから個人技を披露すれば気に入ってもらえる」などとエゴイスティックな自己保身に走る選手が続出していた。


 そんな中、秀吉本人はこの流れを止めようとしたものの怪我の影響でほとんど出場していなかったので何を言おうとしても説得力がなく、逆に「偉そうな事を言って監督に取り入るつもりなんだろう?」などと言われのない中傷を受ける始末だった。結局秀吉自身はシーズン途中に移籍となったが、案の定そのチームは降格したとの知らせをブラジルの地で受けていた。


「ああなったらどんな潤沢な予算があって優秀な選手を揃えていても駄目だ。逆に言うとああならなければ多少選手の実力が足りなくてもどうにかなる。最後まで一丸となって諦めない事だ。その積み重ねが最後には結果となって現れるはずだ」


 ましてや戦力的に拮抗している日本で団結は限りなく重要となってくる。その思いは他の選手にも通じたようで、険悪なムードはどうにか振り払われた。


「そうだな。とにかく今は信じるしかないって事だから、俺達もやるしかないだろ」

「とにかくどんな形であれ勝てば勝ち点3だし引き分ければ勝ち点1を得られるんだから。この試合でちゃんとそれを達成する事が一番大事だ!」

「さあ、行こうか! 絶対に勝ち点を積み重ねようぜ!」

「おう!」


 最後はキャプテンの桂城中心に団結を取り戻した尾道。実際、後半に入ってからの尾道は前半と比べて明らかに動きが良くなった。前半は確かに堅実ではあったもののどこか淡々としていて、特にオフェンスは迫力を感じさせるものではなかった。


「与えられた任務をしっかりこなしていますよ」


 それもまたプロフェッショナルの実相だが、ことプロスポーツに関しては同じように技量の高い相手に対してそれを打ち破らなければならない。そのために必要なのはパッション、心のエネルギー。選手たちは今の形を受け入れ、その中で最大限の結果を残したいと心の底から願っている。それが後半の加速を生んでいるのだ。


 そして後半12分、ついに待望の瞬間が訪れた。攻めあぐねながら横パスを回す柏に対して一気に接近していった堀尾がボールをカット。素早く中央の亀井から桂城に繋ぎ、前線に蹴り込んだ。一見適当に蹴り込んだだけの無造作なキック。しかしそれに追いつくのが現代の忍者竹田大和である。


「フリーだ! もらった!」


 目の前にいたディフェンダーをスピードの変化だけで置き去りにすると、早くもGKと1対1になった。GKに接近される前に、竹田は右足を振り抜いた。威力自体はそうでもなかったが的確にGKの届かないポイントへと放たれたシュートは、静かに、そして確実にゴールネットを揺らした。


「よしナイスヤマト!!」


 ここでようやく追いついた野口が、川崎が、桂城が、殊勲の竹田に抱きついて祝福している。狙い通りのカウンターが決まって尾道が先制した。


 こうなったら後は勝ち切るのみ。正岡監督はまず川崎に代えて河口を投入。河口はFW登録だが現状はほぼ中盤の選手として起用されており、その高いキープ力で試合を収めようという意図は明らかだ。


 次いで野口と交代で大柄ながら運動量豊富な小河内を投入。これも前線でのチェックという守備的な交代だった。より堅固な陣形となった尾道は柏のオフェンスを弾き返していく。このまま行くと番狂わせ的な勝利となる。しかし今のチーム状況でそううまくいくはずもなかった。それは後半アディショナルタイムの事だった。


 柏はパワープレーを仕掛けていたが尾道はこれにかなり押されていた。本来ならハイボールを弾き返す岩本がセンターに陣取っているのだが今日は不在。そこで河口や小河内といった前線の長身選手が最終ラインまで戻って守備をしていたがいかにも不自然な状態だった。ただ橋本を中心に相手を飛ばさせない守備を仕掛けていたのでどうにか守ってこられた。


 ジリジリとした動きない展開のまま試合時間はすでに90分を過ぎ、アディショナルタイムも2分を超えていた。もう少し守りきれば。そんな時に柏のロングボールが絶妙な位置に収まった。振り向けばそこにはゴールがはっきりと見えていた。


「むう、打たせるか!」

「ああキンゴ早まるな!!」


 橋本の声も届かない。突撃していった布施はペナルティエリア内で相手FWを倒してしまった。当然レッドカードが提示される。


「でもまだ可能性はある。PKだから止めれば」

「頼むぞジロー守ってくれ!」


 そんな儚い望みは、右へ横っ飛びした蔵の指先10cm上を通り抜けて脆くも消え去った。1対1。ずっとボールを保持していながらも尾道の術中にはまっていた柏が最後の最後、壁と壁の間をすり抜けるように追い付いてみせた。


 スタジアムには不快な沈黙がただ広がっていた。尾道としてはこの試合、まったく不本意なサッカーを選ばざるを得なかった。それも全ては結果のため。しかしもう少しで得られるかずだった最良の結果が今、目の前から零れ落ちてしまった。


「悪くはない! 勝ち点1を積み重ねたんだ。この勝ち点1が今後大事になってくるものなんだから。今は前を向いて進もう」


 秀吉はこう言って戦いを終え、うつむく選手たちを鼓舞した。しかし選手たちの耳には入っても、頭の中にはまったく入らずそよ風のように通り抜けていくだけだった。結果のために割り切ったサッカーでもこれなのか。じゃあ今後はどうすべきなのか。尾道は羅針盤を失った船のように嵐の中をふらついて、もはやされるがままのような状態になりつつあった。

100文字コラム


縦も横もワイドな岩本は島育ちだけに魚が大好物。「父の漁船で海へ出て釣果を夕食にするのが休日の楽しみだった」と懐かしがる。今でも釣りは好きで太公会にも入っているが幼い頃に勝る感動はそう得られないものだ。

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