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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
139/334

バランスその3

「じっくりと回すのも容易くはない状況だ。さて、どうするかな」


 桂城は中盤でボールをキープしつつ周囲を見回したが、やはり右サイドのほうがいい形を作れている。これは単純に結木と佐藤のオフェンス能力の差もあるが、それ以上に去年から同じようなメンバーによって熟成されてきたコンビネーションの良さもある。


 パスにしてもドリブルにしても、オフェンスの選択肢とはつまりゴールという最終的な、そして最大の目標までいかに近づけるかという方法論に他ならない。どちらがその結果に近いかという中では

おのずと右サイドを使う場面が多くなっていた。


 しかし湘南もその程度は織り込み済み。結木の近くには必ず選手がいて爆走を許さない体制となっていた。そして桂城にもきついチェックが入り、尾道としてはそこそこボールを保持出来てはいるものの相手を脅かす攻撃は有効に機能してはいなかった。


 竹田も突破したところで体よくサイドに流されるし、ゼ・マリアも連戦の影響か怪我の後遺症がまだ残っているのかあの爆発的な個人技は影を潜めていた。尾道としてはどうにも攻め手が見つからないので仕方なくつなぐだけのパスに逃げて、だらだらと時間を浪費していった。


「ふうむ、ワンパターンだな。やはり毎度毎度セン使うと対応もされるし」

「確かに、湘南はうちの左はないって見切ってる感じの守備してるな」

「実際使えてないからな。後は中央突破って行きたいがヤタローにもマークきつく当たってるし」

「トシのお陰で守備は安定してるが、もう一歩攻められないとゴールはきついな」


 オフェンスがゴールに繋がらないじれったさはベンチに居る秀吉たちも共有していた。特にゴール専門選手である秀吉は内心で「今日は出番がありそうだな」と思いながら試合の行方を見守っていた。


 結局前半はスコアレスのまま終了。シュート数からして湘南は2本尾道は4本と少なく、しかも枠内のシュートは前半アディショナルタイムに二木が放ったものの威力不足であっさりキャッチされたミドルシュート一本だけだった。はっきり言ってお互いまるで攻め手を欠いた、退屈なゲームとなっていた。


「せっかくじゃけえ観に来たけど、もっと点は入らんのかのお」

「まあそんなもんじゃろ。前の試合が出来過ぎじゃったんよ。本当はそんなに攻撃強いチームじゃないし」


 観客もあまり盛り上がっていない。確かにスコアレスドローの多さもサッカーという競技の特徴ではあるが、お互い攻めてお互い守り抜いた上でのドローならまだしも今日のような試合は単純に退屈なだけであり、プロフェッショナルのエンターテインメントとしては落第と言わざるを得ない代物であった。


「ここまで無失点で来ているのはいい。あとはゴールだが、やはりサイド以外のアプローチも必要になってくると思う。ゼマにヤマトはもっと中央に切り込むようにしたほうがいいだろう」

「はい!」

「それとオフェンシブなカードを切る事も必要かも知れないから、特にゴッチにヒデ、それとケイジはいつでも行けるようにしておけ」

「分かりました」

「了解です」

「いつでも呼んでくださいね」


 ハーフタイムにはこのような指示を出した正岡監督だが、内心では今のスコアレスという結果で御の字とも思っていた。攻守のバランスを両立出来ない中でディフェンスが持ち味の佐藤を入れた以上ゴールよりも無失点で来ている事はプラン通りと言える。しかし今後どうやって点を取るかまでは未だに確固たる答えを出せないままであった。


 ただ絶対に勝てない相手ではない分、そこを徹底できない弱さも抱えていた。そんな中、後半7分にはセットプレーから先制を許してしまう。フリーキックからヘッドで合わせる相手に対してマークの受け渡しをミスしたのが直接的な原因だったが、もっと根本的な部分で言うとそういったチーム内の不一致が招いた失点であった。


 この直後に連戦で疲労もある結木と交代で川崎、そして後半19分にはゼ・マリアと交代で秀吉ととりあえずオフェンシブなカードを相次いで切った。かなり後手に回った采配で正岡監督にもやや迷いが見られたが、そんな事は秀吉にとって関係なかった。


「とにかく迷ってる場合じゃない。俺がピッチにいるって事は点を取れって事だ」


 あえて言葉には出さずともゴールのためだけに存在しているのはもはや明白と言える秀吉の存在がバランスを失いつつあった今の尾道イレブンにとっての羅針盤となっていた。


 尾道の選手たちも疲れていたが今は湘南の選手たちだって疲れている。ゴールデンウィーク特有の過密日程がスタミナを消耗させる中で輝くのが秀吉の冷静さだった。


「多少強引でもとにかく形を作っていけばヒデさんならきっと決めてくれるはずだから」


 この信頼感が桂城ら尾道の中盤をにわかに蘇らせた。もちろん湘南としても秀吉の厄介さを熟知しており、秀吉の走り込みは何度かオフサイドという形で無駄となった。しかしこれはオフェンスの特権だが、何度ミスしても一度成功すればそれでいいという真理に基いて諦めはしなかった。


 そして後半41分、その一念がついにスコアを動かした。竹田が右側へと走りこんだのにつられてディフェンスラインに一瞬穴が生まれた。その隙を逃さずに飛び込んだ秀吉に桂城から絶妙なボールが供給された。


「くそう、やらせるかよ!」


 いち早くその危険を察知した湘南のディフェンダー一人が身を挺してのスライディングを刊行したが、秀吉はそれより素早く、右足を鞭のようにしならせていた。豪快な一撃と言うよりコントロールを極限まで重視した繊細なライナーはGKの伸ばした右腕の3cm先を静かにかすめてゴールネットを揺らした。ここでようやく備後運動公園が歓喜の叫びに包まれた。


「よし追いついた! さすがヒデさん!」

「おう! だがいいもんだな。13340人だってよ。そんなにもの人間が今のシーンで心から喜んでくれたんだからプロ冥利に尽きるってもんだ」

「そうですね」

「だがまだ終わりじゃない。どうせならもう一回、この13340人を喜ばせたい。そう思うだろうタクトも!」

「はい!」


 そしてアディショナルタイムの2分、竹田と交代で投入され、川崎と入れ替わりで右サイドバックに入った深田からのクロスを野口が頭で合わせたがGKに弾かれてコーナーキックとなった。アディショナルタイムの目安は3分。どうやらこれがラストプレーとなりそうだった。


 岩本と野口が前線にそびえる中、キッカーの桂城はニアの岩本にボールを蹴り込んだ。飛び出したGKと交錯する中で転がるボールにいち早く反応したのは湘南の選手だった。


「ここでクリアされたら、ここまでか」


 しかしここで風が吹いた。湘南の選手がクリアをミスして中途半端なキックになってしまった。それを拾った亀井がほとんどやけになってシュートを打ったがこれはディフェンダーに当たった。


 しかしボールがこぼれた先にいたのが赤と緑の背番号9だった。彼はボールを冷静にトラップすると後は集中力を極限まで高めて、一瞬のタイミングでここしかないという隙間を見定めて力強くシュートを放った。


 まったくの他力本願なゴールだが、ストライカーという人種は大抵一人では生きていけないもので、秀吉もまたその真理に忠実であった。そして忠実であったが故にこのような千載一遇のチャンスを逃さない謙虚さを持ってボールをシュート出来るのだ。


 いや、むしろ仏教における本来の他力本願の概念からすると秀吉こそが阿弥陀如来のようなものであり、チームのバランスが崩れて苦しい状況にある中でそれでも「秀吉さえいればきっと点を取ってくれるはずだ」と信じる心に応えて勝利を告げるゴールという救いを与えたようなもの、なのかも知れない。


 とにかくスコアは2対1。13340人の観客たちは尾道の劇的な逆転勝利という最高の盛り上がりとともに最後のホイッスルを聞いた。


「……勝てるもんなんだな」


 嵐のように盛り上がるスタジアムの真ん中で、殊勲者は台風の目のように静かだった。客観的に見て、チームは攻守のバランスが悪くて勝利に値する出来ではなかった。それにも関わらず結果は出てしまった。その奇妙な違和感が彼の胸の中に去来して離れなかった。


 その不気味な予感は、そして間もなく現実のものとなった。第9節を終えて尾道の勝ち点は18にまで膨れ上がった。しかしこれがファーストステージにおける最後の勝ち星となった。

100文字コラム


栗山の特技は作曲。主にキーボードを使用しており先日は川通り餅の曲を打ち込みで再現していた。動画サイトにオリジナル曲を匿名で投稿しており「再生数が伸びると本当の自分が認められているようで嬉しい」と語る。

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