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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
134/334

和歌山シリーズ 逆襲のつむじ風

「このまま無様に負けてみろ! 『やっぱりヘルナンデス監督が正しかった』なんて言われてみろ! 絶対に許さねえぞ、俺は絶対にそんな事認めねえ! だから、何としても結果を出すしかねえんだ!」


 前半で3失点と早くも苦境に立つ和歌山イレブンだが、意気消沈とは正反対の感情が沸き上がっていた。特に闘志を燃やしていたのは矢神だった。消極的なプレーに終始していたアンデルソンに切れた湘南戦以来、ヘルナンデス監督から完全に干されていた自分をすぐスタメンに戻してくれた、自分を信頼してくれた今石監督のためにも何としても結果を出したいという思いは人一倍強い。


 そしてこれはイレブン全員の思いでもあったのだろう。3点取られたのがいいショック療法にでもなったかのように、いきなりパスが回るようになってきた。尾道は竹田を中心にプレスを仕掛けておりそれは相変わらず強烈だったが、それをかいくぐる滑らかさが出てきたのだ。


 そして山田にマークされている剣崎こそ本来の動きを出来ずにいるものの、竹内と矢神を中心にガンガンシュートを狙うなど和歌山本来の貪欲な攻撃がすっかり蘇ったようだった。センターバックの猪口さえも隙あらばボールに絡んでくる分厚いオフェンスに尾道のディフェンス陣はジリジリと後退していった。


「中央の突破を許すな! クロス上げられるだけならどうにでもなる!」


 試合の流れはすっかり和歌山に移ってしまった。ディフェンスリーダーの橋本はそのような状況でも常に指示を出し続けた。時間はそれほど残っていない。ハーフタイムまで持ちこたえればまたムードは変わってくるはずだ。ここさえ耐えれば。


 しかしアディショナルタイムは1分と表示された前後、オーバーラップしてきた三上の低いクロスが上がった。


「しゃらくさい! クリアだ!」

「させるかよ!」


 長身の岩本が立ちはだかるのを物ともせず、剣崎は強引に割って入ろうとした。しかしここでも山田が密着していて、剣崎はちょうど山田と岩本に挟まれるような形となり身動きがとれなくなった。しかし敢然と走りだす男たちの存在を尾道ディフェンス陣は見落としていた。


「和歌山のストライカーはなあ!!」

「一人だけじゃねえんだよ!!」


 クリアの体勢に入った山田の目の前に突如出現したのは背番号13、須藤だった。須藤はヘディングでボールを後ろに浮かせて山田と剣崎、そして岩本の頭上を越した。そしてボールの落下地点へジャストなタイミングで走り込んでいたのは背番号36の男だった。


「ちくしょおおおおおおお!!」


 ヘルナンデス監督との確執、それを言い訳に出来ないほどの愚行を犯してしまった自分へのいらだち。いや、自分が叩かれるだけなら自業自得で終わるのだが「今石GMは、剣崎は、和歌山の選手たちは」などと関係ないバッシングにまで発展してしまった。その責任を矢神は強く感じていた。


 鬱憤が溜まりまくった肉体に充満する爆発寸前のエネルギーを全てボールにぶつけた。形としては一応ヘディングとなるのだが、それはシュートと言うよりも体当たりだった。ボールに続いて矢神本人もゴールネットを大きく揺らした直後に前半は終了。尾道としては一気に余裕がなくなる前半の終え方だった。


「やはり一筋縄ではいかんな。和歌山相手にセーフティリードという概念は存在しない。改めて思い知らされるゴールだった」


 ハーフタイムのロッカールーム、リードしている尾道の選手たちの中で余裕を持っている選手は皆無であった。数字上は3対1、まだ2点差あるのだがこれをこのまま守りきれるだろうという雰囲気はまるでない。


 その理由としてまず和歌山の攻撃に特化したチームカラーがある。守勢に回った時の和歌山ほど脆弱なチームもそうないが、一度勢いに乗れば何をしてくるか分からない迫力が生まれてくる。前半最後のゴールは和歌山に勢いをもたらすのに十分過ぎる一撃だったので後半はガンガン攻めてくるはず。そうなると守りきれるものでもない。


 そして尾道のほうにも課題があった。特に問題だったのは桂城がほとんど活躍出来ていなかったという点。その結果中央からの突破はほとんど見られずサイドアタックばかりとなった。いや、元々サイドを使うようにという指示も出ていたし相手の身長を見てもそれは理にかなった戦法ではあった。しかし今日のサイドアタックはリズムが単調なように見受けられた。


 ここでリズムを変えるのが司令塔である桂城のパスやドリブルだが、猪口によってすっかり潰されてしまっている。その分左の二木にボールが回っているが、二木はドリブル突破がほぼないのでパスを用いた連携に頼らなければならない。和歌山は中央を切るようなディフェンスをしているのでサイドの井手に渡すパターンが多いが、それ一辺倒だと厳しくなってくるだろう。


「いっそもうヒデを出すってのはどうでしょう。やはり選手個々の力だけでは厳しいものがありますし、ここは駆け引きに長けたヒデを使うのも手かと」


 佐藤コーチの提案に正岡監督は腕を組んだものの最終的には「いや、まだだ」と首を横に振った。勝負どころは今ではなくもっと先にあるはずだ。その時になれば投入するという決意である。


「了解です。ただいずれにせよ、後半はもっと派手な流れになるでしょうね」

「だろうな。あっちもフラストレーションを溜めてる奴がいるだろうからな」

「剣崎か……。確かに妙に静かだったよな、あいつにしては珍しく」


 剣崎に関しては誰もがそのプレー内容を訝しく思っていた。確かに山田はよくマークしていたが、それでも撃ってくるのがいつもの剣崎のスタイル。しかし今日はやけに大人しい。まさか後輩の矢神や須藤を立てているわけでもあるまい。本来最も騒がしい男の沈黙。それは逆に猜疑心を呼び起こすものであった。


「とにかく、サイド攻撃だけだとこれからは厳しくなってくるだろうし、多少強引になろうともドリブルも使ってみよう。次の1点だな。どっちが決めるかでかなり変わってくるだろう。勝ちたいなら守りきろうなどと思うなよ。奪いに行け!」

「おう!」


 そして後半、尾道は選手交代がなかったが和歌山は早くも手を打ってきた。右サイドバックの江川と交代でソン・テジョンを投入してきたのだ。オーバーラップが得意な選手で、ディフェンスでもかなり激しいプレーが持ち味となってくる。この交代を知った正岡監督は思わず顔を歪めた。


 後半開始後も、やはり試合の流れは和歌山にあった。尾道として痛いのは攻撃の手段をかなり封じられているという事だった。桂城には相変わらず猪口が密着しているし、代わりに前半のゲームメイクを担当していた二木だったがソン投入によって局面が変わっていた。


「ぐうっ、なんてパワーだ!」

「てめえが弱すぎるんだよ! もらった!」

「ああっ!!」


 ソンの強烈なスライディングが二木の足元を強襲する。フィジカルに劣る二木にとってソンのようにガンガン当たってくるタイプは相性が悪く、ボールを奪われるようになった。これで二木経由で井手というルートがほとんど塞がれた。残るは右サイドだが竹田もまた使われるタイプの選手なのでボール運びなど出来るはずもなく、結木のオーバーラップも不発に終わるケースが多発。こうなるともはや攻撃しようにも手段がないのでどうにもならない。


 また、和歌山の前線の選手たちの動きもゴールをきっかけに明らかに良化した。それはオフェンスの局面のみならず尾道ボールで回している最中のチェックにおいても同様であった。特に狙われたのが岩本で、苦し紛れでGKまでボールを戻してから宇佐野が大きく蹴りこんではみるものの、宇佐野のキックもそれほど精度が高いものではなく和歌山の攻撃がまた続くというパターンが増えた。


「どうにも繋がりませんね」

「二木を抑えられてキープ力が低下しているのか。ならば」


 たまりかねた正岡監督は竹田と交代で川崎を投入した。川崎は竹田と異なりテクニックがあるのでここをもう一つの基点にゲームの主導権を握り返したいという意図だったのだが、これが裏目に出た。竹田の運動力をベースにした前線のプレスが弱まった事で、若くて運動量に勝る和歌山の中盤が躍動するようになった。


 今石監督は今がチャンスとばかりに猪口をボランチに、栗栖を左サイドハーフに上げた。そして須藤とバゼルビッチを交代。更に根島と交代で小宮と矢継ぎ早にカードを切ってきた。栗栖が前線に上がり、しかも小宮まで加わったので和歌山のオフェンスのバリエーションは一気に増加した。


「駄目だ! これでは後何秒耐えられるか分かったものではない!」


 尾道のベンチで佐藤コーチが叫んだ直後、誰もが想像していた展開が現実に繰り広げられた。栗栖からオーバーラップしていたソンにボールが渡った。ソンは井手をかわすとクロスを上げると思いきや中央の小宮にパスした。


「ええい、奴を潰さねば! ミドルもあるぞ!」


 前半で散々ミドルシュート、ロングシュートの雨を浴びた結果がここで出た。シュートを過度に警戒して慌てて小宮の方へと走ったのは一番近くにいた二木だが役者が違う。ファール覚悟のスライディングを仕掛けたものの小宮の鋭いターンによって触れることさえ出来ずにあっさり振り切られた。


 そして次の瞬間、剣崎が一瞬、ほんの一瞬だけ山田から離れたジャストのタイミングで小宮はパスを打ち込んだ。合図を送ったわけでもないし練習してきたわけでもない。本質的な魂と魂の共鳴がこのパスを産んだのだ。剣崎がボールを受けた時には宇佐野と1対1になっていた。


「はああああああっ!」


 剣崎に一切のためらいはなかった。右足を完璧に振り切ったシュートは宇佐野の反応速度を超越してゴール右隅を貫いた。これで3対2、点差はわずか1。残り時間は30分。後半はここまでずっと和歌山ペースで尾道はボールを敵陣まで送り込む事さえままならない。逆転のシナリオが現実味を帯びてきた。

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