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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
131/334

新次元その4

「それにしても普段より守備に注力した予定がむしろ荒れ模様だな。なかなか面白いものだ」


 ハーフタイムのロッカールームで正岡監督は唸っていた。今日のコンセプトとしてはメンバーが落ちた中でどれだけやれるかというもので、普段の武器である結木と井手の攻め上がりを意図的に封じているかのようなフォーメーションにしたのもそのような発想によるものであった。


 ただ川崎と佐藤は経験からくる堅実な攻め上がりで時々チャンスを作ったものの、全体的に見るとゴールの匂いはあまりしないプレーが多かった。ワントップの小河内も高さはあるのだがやはり野口とは違うということだ。


 そして試合前一番奇妙な起用だと見られていた二木と河口に関しては、意外と様になっていた。特に二木は守備はほとんど山田任せで仕事はあまり出来ていなかったが前線へのパスで存在感を発揮した。1点目のアシストも二木によるものである。


 そして河口もパスを捌くという己に課せられた仕事はしっかりと果たしていた。相手を背負っても事も無げにプレーするしなやかな強さはなかなかのもので、むしろ最前線でゴールを奪うポジションこそが暫定的なものに思えるほどであった。


「ゼマは退場する際にこう言った。『それ見ろ。やろうと思えば突破できる相手だ。俺がいなくなったのはマイナスだが、やりようによっては勝てるだろう? だからやれ! 必ず勝って俺の痛みを無駄にしないでくれ!』とな。だろう? ヒデよ」

「はい、あいつは確かにそう言ってたし、それは俺も同じ気持ちだ」


 単身ブラジルに渡った秀吉は、同じく故郷を旅立ち地球の裏側でサッカーを続けるゼ・マリアの心が一番よくわかっていた。言葉も通じない、同じサッカーのはずなのに違ってくる常識。そんな中で信じられるのは自分のサッカーのみ。そこで秀吉はゴールという結果にこだわったし、ゼ・マリアは強引とも言える突破力で信頼を得ようと自分のプレースタイルを確立した。


 ゼ・マリアは確かに独断専行的なプレースタイルでチームプレーを是とする尾道にはまだフィットしきれていなかった。しかしプレーはともかく人間としてそんなにエゴイスティックではなく、むしろ熱い男なんだという真実を秀吉は心の奥から気付いていた。そしてそれこそが今の尾道に不足している「何か」なのではないか。


「とにかく勝つんだ! そのためにもガンガン攻めていこう!」

「おう!」


 ハーフタイムでの交代はなし。しかし気持ちは今まで以上に昂っていた。そして後半開始直後から猛烈なアタックを仕掛けるという形でそのハートを体現した。しかしその波に乗れない男が一人いた。宇佐野である。


 しょうもないミスによって失点を献上してしまった宇佐野の心に刺さった棘は自分で抜くしかない。しかしもがけばもがくほどより深く落ちてしまう蟻地獄の罠に嵌ったかのようにミスを連発してしまった。後半4分、コーナーキックの判断ミスでゴールを空にしてしまった。これは佐藤がシュートに飛び込んで事なきを得たが実質失点ものだった。


 その2分後もロングボールをキャッチできず、足元に走りこまれた。これもすんでのところでキャッチしたので失点には至らなかったが、守護神の不安定さはチームに勢いを生み出さない要因となっているのは間違いなかった。


「ふうむ、こうなったら無理にでもこじ開けるか、しかし……」


 正岡監督はまだ悩みが深かった。しかし今のままでは危ないという認識と、妙な言い方になるが負けても普段よりダメージが少ない公式戦という特殊な位置付けから大胆に行こうと決意した。しかしその直後にスルーパスを通され、宇佐野は得意なはずの1対1でも簡単に逆をつかれて3失点目を喫してしまった。


「うん、もう腹は決まった。行って来い、お前たち」

「はい!」

「分かりました!」


 そして後半15分、正岡監督は早くも全ての交代カードを使い切った。しかもそのカードは佐藤に代えて讃良、桂城に代えて浦という大胆極まりないものであった。


「うーん、正岡監督もやるもんだな。いきなりこいつらを出すなんて」

「ああ、だがヤタローよ。あの顔を見てみろよ」


 交代を告げられた桂城は同じくベンチに戻る佐藤に言われて浦と讃良の顔を見たが、随分楽しそうな笑顔だった。


「ふうん、随分余裕そうだな。大丈夫か? 足とか震えてこないか?」

「馬鹿にしないでくださいよ。俺らがそんなやわに見えますか? いや、ケンジはもしかするとビビりまくりかも知れませんけど」

「おいおい内心ビビりまくりなのはお前だろ? 普段馬鹿なのに結構細かいところ気にするタチだしなあ」

「それとこれとは別よ。大体普段馬鹿なのはお前のほうだろ? この間のテスト知ってるぞ。現代文42点って何だよ!」

「なあっ!? ってかお前こそ数学酷かったろ!」

「まあまあ落ち着けふたりとも!」

「お前らが全然緊張してないのはよーく分かった。後はその闘志をちゃんと相手にぶつけろよな!」

「当然! まあヤタローさんもトシさんも、ベンチで俺らの活躍を見ててくださいよ。さあやろうぜアキラ!」

「おうさケンジ!」


 元気いっぱいな二人を見て、桂城は自分の姿を思い出した。桂城が初めて公式戦に出場したのは彼らと同じくカップ戦の、しかも後半42分で3点リードという極めてどうでもいいような展開からだったが先輩から何を言われたとか、どんなプレーをしたとかは緊張のあまりまったく記憶から消えていた。こいつらは自分とは違う。もっと大きなところに立っているようだ。それがとても頼もしく見えた。


 というわけで高校生二人が初出場を果たした。これにはスタジアムにわざわざ駆けつけた観客も大いに沸いた。思えば二木も成田もこの試合が初出場。ここまで一気に変わる事もそうないだろうという、後世から見て劇的な一日となりうる日である。


「さあ、もう手は打った。今日の試合はこれで惨敗か逆転しかなくなったな」


 正岡監督は腕を組んで戦況を見つめていた。賭けと言うにはあまりにも無謀に見えるこの交代。しかしもはやこの試合に惨敗したところで失うものなど何もないという状況。普段から多くのデータを使いこなして慎重な判断を下すのが正岡監督だが、どうせやるなら徹底的にこなすという大胆さも兼ね備えている。そしてこの決断が尾道に驚異的なまでの反発力を与えた。


 試合再開は尾道のキックオフからだった。なおこの起用によってフォーメーションも大きく変化した。まずディフェンスラインは橋本と岩本のセンターバックコンビに讃良が加わってスリーバックとなった。そして右サイドをこなしていた川崎が二列目に上がった。さらに最前線は小河内と河口のツインタワーに浦が遊撃手的に絡むスリートップという形となった。今まではあまり見せなかった実験的フォーメーションだが、これがうまくはまった。


「よっしゃボールよこせ!」

「おう分かった! しっかり決めろよ!」


 遠く離れていてもテレパシーでお互いの心を伝達できているかのように、讃良からの鋭いロングパスが浦に届いた。浦は前にトラップするついでにスピードでディフェンダーを置き去りにすると、倒れ込みながらも左足を振り切ってボールをゴールネットにねじ込んだ。


 あまりにも速すぎる、鮮やかすぎる。一瞬で決まったので観客の目が追いつかない程であった。たった1本のパスをいきなりゴールにつなげる浦の決定力、そのパスを送った讃良の力強さも異様な印象を残した。


「一体何なんだこいつらは!?」


 横浜の選手たちは戸惑った。いや、尾道の選手たちも大概戸惑っていたのだが練習で時々これに類するプレーを披露していたので「今回はうまく決まったもんだな」という程度のものだった。しかし初体験の横浜にとってはまさに青天の霹靂、一体何が起こったのかさえ不明なまま確かにゴールネットを揺らされた。


 その混乱を見逃さなかったのが尾道である。後半22分、成田のドリブル突破からフリーキックを得た。ここでおもむろに上がって、ボールをセットしたのが讃良であった。


「あいつまた何かやってくるのか? 何かやってくるのか!?」


 いざホイッスルが吹かれると思いっきり助走をつけて走ってきた。しかしその前に小さく助走していた川崎の右足がボールを前に飛ばしていた。完全に虚を突かれたGKの足はうまく動いてくれず、同点ゴールが叩き込まれるのを黙って見ているだけだった。


「よーし追いついた! ナイスケージさん! これで個人目標達成ですね!」

「ああ、そうだがこの試合に勝たなきゃあんまり意味ねえよ。しっかしあいつらの顔見たかよ。完全にアキラが蹴るもんだと思ってやがった。実際は練習でも蹴ったことねえのになあ」

「いざ蹴ればばっちり成功させた自信はあるんですけどね」

「まあ言うだけならタダだもんな」


 川崎の切り返しに讃良は肩をすくめたが、そもそも讃良がフリーキックを蹴ったことがないのは川崎の言う通りで、しかし讃良の体格やオーラから来る「何かやりそうだ」という雰囲気、そして今さっき浦に送った完璧なロングパスで横浜の選手たちは完全に冷静な判断力を失っていた。今回も常識的には銀色の右足を持つ川崎を警戒すべきだったのに、得体の知れない高校生に心を奪われてしまっていた。


 さらにロスタイム直前の後半42分、放り込みから小河内、河口を経て浦がシュート。これはGKのファインセーブに防がれたがこぼれ球を河口が押し込んで逆転。そのまま4対3で勝利となった。


「はっきり言ってギャンブルでした。初出場ですしどれだけやれるかという点ではケンジもアキラも練習以上のものを本番で出してくれた。彼らだけでなく、特に後半は全員がよく集中してプレー出来ていたのが勝因」


 試合後のインタビュー、正岡監督はいつも通りの淡々とした口調を崩さなかった。インタビュアーから「讃良選手や浦選手という若い選手の起用が見事に当たりましたね!」と向けられてもご覧の通り。確かな結果であると同時にこれをリーグ戦でも披露してこそ本当に意味がある勝利となるもの。正岡監督の視線は常に先を見つめていて、それは今日の勝利の美酒を味わっても同じであった。


「一番欲しい物を得られたのは大きい。うちには若い選手が多いが、彼らにとっても自信になるし僕自身もこれでいいんだと確信出来たのでこれからはもっとアグレッシブに戦い、皆様の応援に応えられるようなサッカーをしていきたいと思っています」


 インタビューを締めくくったこの言葉のように、新たなる活力を得た尾道は彼らとはあまり関係なくここから一時的な加速を始める事となる。

100文字コラム


山田が五人目の子供を授かった。久々の男の子で名前は一部昇格を記念して秀一と付けたそう。「この子が物心付く頃にも現役でいられるといいね」と真顔で、「もちろんその時も尾道で、J1でね」と笑顔で付け加えた。

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