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開幕その4

 まさかの先制を許した千葉だがホームでの敗戦は許されない。長い冬を越えて再び集ったサポーターたちの期待に報いるためにも必要なのは勝利のみ。ここから千葉のプライドをかけた猛攻が始まった。


 まず選手交代によって繰り出されたFWが積極的な飛び出しでディフェンスラインの裏を狙いまくる。これに対して港を中心としてよく統率された尾道のディフェンスラインはオフサイドの罠にはめる。しかし向こうとしても多少のオフサイドは承知の上。一度でも成功したならば、それはすなわち極めて大きなチャンスとなっているからだ。


「ラインをみだりに下げるな! スペース消していけ!」


 水沢監督が手を大きく回しながらの叫び声もピッチ上ではなかなか効果を発揮しない。尾道のディフェンスラインは千葉の分厚い攻撃にジリジリと押されている。裏抜けだけでなく左右のサイドにもボールを散らされてたびたび危険水域に達する。それを防ぐために山吉と小原の両サイドバックも守備に悩殺され、カウンターすらできそうにない。


 どうやら中盤における支配率において不利なようだ。そう考えた水沢監督は第2の交代枠使用を決意した。白羽の矢が立てられたのは中村純。視野が広く、クレバーな動きに定評があるので相手を動きにくくさせて攻撃を止めてくれるはずだ。退いたのは御野。前への推進力は落ちるが現状においてはそこまでのチャンスも望めそうにないので仕方ないか。


「いいリズムを作ってくれたぞ御野。今はゆっくり休め」


 大きく息を吐き出す御野の肩を叩きながらねぎらいの言葉をかけた。一度ピッチから退いた選手は、その試合中にはもう戻る事が出来ない。交代した選手にできる事と言えばチームメイトの奮闘をベンチで応援する事ぐらいである。現在後半27分、後20分は耐えしのぐのに決して短い時間ではない。


 さて、ピッチ上では中村の投入によって多少状況を持ち直していた。中村が例えばパスをカットしたり1対1で勝利してボールを奪うということはないが、的確にスペースを埋める事で千葉の攻撃を展開させないようにしている。


 サイドにしても中央にしても空間を制圧する事で有利な状況を作り出す。守備陣に制圧されたスペースにボールを送っても奪われる可能性が高くなる。オフェンス陣にとって自分たちの攻撃が成功する可能性が少ないエリアばかりになるとバックパスなどでリセットする羽目になるが、相手にそうさせる事で無駄に時間を使わせたならばボールを奪っていないにしてもディフェンスの成功であると言える。それに相手がボールを下げると味方はラインを上げる事が出来る。中村はそういった貢献をしている。


 しかし目に見えるものはあまりにも静かである。「千葉が攻めようとしているが何かボヤボヤしていて攻めきれない状況」と見られても仕方がない、そんな戦いをしている。千葉サポーターからはブーイングも響き始めた。尾道にとっては悪くない流れである。


 後半30分以降において尾道は基本的に耐え忍ぶ展開ながら散発的にカウンターを仕掛けられるようになった。後半34分にはペナルティーエリア外でボールを受けたヴィトルがミドルシュートを打ってコーナーキックを得た。このセットプレーも千葉のディフェンス陣に阻まれて追加点とはならなかったが、攻められるばかりではなく隙あらば攻める事で流れを保つのも重要である。


「そろそろいい時間になってきたかな」


 後半も40分に近づき、水沢監督は試合の終わらせ方を考えるようになってきた。選手たちはスペックの高い相手に対してよく戦っているがさすがに疲労もたまってきている。例えば直前に起こったプレーであるが、ゴールキックからボールを持った金田がヴィトルにパスを出したがカットされ、シュートまで持っていかれた。これは金田のパスの精度がやや落ちていたのと、ヴィトルが疲労によってスピードと判断力が低下したのが原因である。


 途中交代の有川や中村の動きや、玄馬や港といったベテランがここぞの場面で踏ん張っているので今のところは失点をしていない。しかしこれが後10分持つかと問われると「絶対に大丈夫」と胸を張って応える事は出来ない。ならば第3のカードだ。


 水沢監督が胸に浮かべたカードは秀吉であった。最前線で献身的に動ける選手なので千葉にはプレッシャーとなるし、前目のポジションで千葉のオフェンスを足止めできればディフェンス陣も楽になる。また、一発カウンターとなったときにも効果を発揮するだろう。代わりに退くのは疲れが見えるヴィトルというところまで考えて秀吉に声をかけた瞬間、全てのプランが狂う出来事が起こった。山吉が突如倒れたのだ。


 相手のチャージなどを受けたのではなく疲労のあまり足がつって動けなくなったからだ。高い技術とスピードに加えてスタミナ不足にも定評のある山吉であったが、非常に悪い時間帯にその悪癖が出現してしまった。ボールを保持していた山田は相手陣内のタッチライン奥深くに蹴りこんでプレーを止めた。


「山吉!」

「おいヨッシー! どうしたんだ大丈夫か、動けるか」

「……」


 山吉は担架に運ばれてピッチを後にした。そしてそのまま交代となった。出場するのはサイドバックの深田。これで尾道は3人の交代枠を使い切った。よって秀吉のデビューは次節以降に持ち越しとなった。


「あいつめ、気を張りすぎだ」


 尾道で一番ギラギラしているのが山吉である。ここは俺の住み着く場所ではない、もっと大きくなってやる成り上がってやるという上昇志向が強く、それゆえに水沢監督は積極的に起用してきた。しかしサッカーは自分だけでするものではない。山吉が一人で頑張るには体力が不足していた。


 そしてこの交代によって出番がなくなった秀吉にもすかさずフォローに向かった。この男もかなりギラギラしたところのある選手である。


「すまん荒川よ。本当はお前を出す予定だったがこうなった以上は」

「山吉はやばい怪我とかじゃないんでしょう、それならいいんです。それより光平には頑張ってもらわないと」


 秀吉はまるで気にする素振りも見せずベンチに戻り、応援を再開した。チームのために動く事は今までの経験で身についている。何歳になっても尊大にならないようにとは常に心がけている部分である。


 交代出場の深田は千葉が左サイドを使った攻撃を仕掛けた際、パスをスライディングでクリアするなど元気一杯なプレーで疲れてきた尾道に活力を与えた。ついに時計は90分を回った残るはアディショナルタイムの4分だけ。


「頼む! どうにかして決めてくれ!」

「もうPKでもオウンゴールでも何でもいい!」


 サポーターの爆発的な祈りを背に、千葉が最後の猛攻を仕掛ける。時間が少ないと言ってもFWにロングボールを放りこんでパワーで活路を開く方法ではなく、パスで形を作ってディフェンスラインを崩しにかかる千葉。単発的な攻撃ならモンテーロである程度は対処できるが、選手の技量は相手のほうが上なのでじっくり攻められたほうが尾道にとっては嫌な流れである。しかし泣き言を言ってはいられない。


「シンペー、外から突破マーク!」

「はい!」

「タッチラインにクリアしろ!」


 尾道の選手たちは声を張り上げて戦っている。相手の圧力に飲まれないように必死で。秀吉、御野、鈴木らピッチ上にいない選手たちも熱い声援を送っている。それしか出来ないならそれにおいては誰にも負けないように、ベンチでは最年長の秀吉が率先して声を出している。


 後半48分40秒、千葉は中央からドリブルで強引に突破して右サイドに振った。小原のマークを一瞬振りほどくとワンタッチでクロスを上げた。このクロスはニアサイドにいたモンテーロの頭上を越えるとファーサイドにいたFWの頭に合わせた。強烈なヘディングシュートがゴールを襲う。しかし港が身を投げ出してシュートをブロック、倒れこみながらもボールを蹴り飛ばした。


「よっしゃピンチ脱出か!!」

「いや、まだわからん!」


 尾道のベンチは一瞬歓喜に沸いたがクリアは不十分だ。ボールを拾ったのは千葉の左サイドバック、時計はすでに49分を過ぎている。まさにラストチャンス、最後の望みを込めて蹴り上げられたクロスを千葉のFWが頭で捉えた。玄馬のジャンプでも届かないボールは、ゴールポストの10cm上空を通過して消えた。ここに至って全てが決した。


「よっしゃあああああああ勝ったああああああああ!!」

「みんなよくやった、本当によくやってくれた」


 まるで優勝したように歓喜の感情が爆発しているベンチメンバーたち。一方、千葉のベンチは重い空気に包まれて監督は目を閉じている。まるで対照的なムード、これこそが勝利と敗北を隔てる壁の大きさを如実に表している。


 それにしても苦しい戦いだった。しかし尾道のメンバーは強い相手に堂々と立ち向かい、そして結果を得た。キャンプで掴んだ手ごたえがこうして形になりつつある。このサッカーをシーズン通して続ける事が出来たならば11月にはもっと大きな歓喜が訪れているだろう。


「ま、それが大変なんだがな」


 当の水沢監督はさばさばした表情で誰にも悟られないようにつぶやいた。それはこのまま勝ち続けることが難しい事、そしてその難問をくぐりぬけるべく選手たちは今以上に大きく成長してくれると確信しているからだ。「まだ1試合が終わっただけ。シーズンが終わるまでは何も語ることは出来ない。でもこの1試合は落とせない1試合だった。お祝いモードは今日のうちにすべてやりつくして、明日からはまた戦いモードに切り替えていこう」という思いこそが彼の本音であろう。


 開幕戦の勝利に勢い付いた尾道はその後引き分けを挟んで3連勝を飾るという絶好のスタートを切った。

100文字コラム


辻と岡野は九十三年、地元尾道で同志を募り十四人でチームを立ち上げた。それが尾道の源流となるグリーンブレーブスで、現GMの林もその中の一人だった。14が永久欠番なのはオリジナルメンバーへの敬意からである。

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