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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2015 偉大なる第一歩
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しなやかな野獣たちその1

 現在の尾道ユース二年生、今春から三年生になるメンバーの中において特に期待されている選手が二匹いるという事はユース世代までしっかり見ているファンにおいてはもはや共通認識となっている。


 二人ではなく二匹と呼ばれているのは、彼らの野性的なプレースタイルに起因している。彼らは野獣だ。しかも若くしなやかな躍動感に満ち溢れた、将来の尾道をきっと背負って立つであろう野獣たちだ。


 まず一人目は二年生にして背番号9を背負う男、浦剣児である。尾道市の西隣である三原市のさらにまた西隣にある竹原市出身。地元の少年サッカーチームに所属していた小学生の頃から将来を渇望されていた逸材で、強豪として知られる広島ユースからの誘いもあったが「家からも通える」という理由で尾道ユースへ進んだ。


 ただ尾道ジュニアユースも元々は広島と提携していたものを尾道が吸収合併したという流れがあるわけで、どっちを選んでもあまり変わりはしなかったのかも知れない。


 ポジションは背番号が示す通りフォワード。まず何よりも目を見張るのはそのスプリント能力である。100m10秒台かつ、スタートダッシュから三歩ほどで早くもマックススピードに到達する瞬発力はまさに驚異的。身長は170cmとむしろ低いと言ってもいいほどだがジャンプ力もかなりのもので、180cmをゆうに越す相手に競り勝ってヘディングを叩き込むという豪快なゴールも多い。


 そして何より強烈なのは「何としても点を取ってやる」という意識の高さである。プレーはいつも気合十分。時にはかなり強引なプレーにも走るが全ては勝利につながる得点のためという姿勢は一貫している。まさに点を取るために生まれた男が浦剣児だ。


 そしてもう一匹、讃良玲はさらに野性的本能が剥き出しの存在だ。なお名前はこれで「さらら・あきら」と読む。出身は大三島。愛媛県に所属するが四国よりも本州のほうが近く、小学生の頃は大久野島までよく泳いで遊びに行ったと言う。


 中学時代は陸上部に所属していたが、助っ人として野球部やバレー部、そしてサッカー部でも大暴れしていた。つまり、本格的にサッカーの指導を受けるようになったのは高校に入ってからということになる。


 そんな男がなぜユースに入れたかと言うと、ちょうど同級生に尾道ジュニアユース所属の選手がおり、彼がユース昇格のテストに赴く際に担任の先生が「こいつは身体能力が高いからもしかすると面白いかも」と讃良を連れて行ったらしい。そして行われたテスト本番、当然技術的にはまったくなっていなかったが身体能力だけで合格を勝ち取った。


 一年生の頃はポジション未定のまま宮本コーチのもとでサッカーの動きを覚えることに終始した讃良であるが、二年生からはディフェンダーとしてポジションを確保した。


 当初はゴールキーパーにしようという案もあったようだが、フィールドプレーヤーのほうがその爆発的な身体能力を活かせるという判断で今のポジションに落ち着いた。


 190cm近い身長に長い手足といった元々の身体能力に加えて様々なスポーツを経験してきたのが良かったのだろう。強靭な体幹を感じさせる極めて柔軟性の高い動きは見事なものだが、何より目が強い。抜群の動体視力で相手の動きを予測すると、次の瞬間にはボールを奪っているのだ。そしてオーバーラップも力強い。まだまだミスも多いが、日本人離れしたという表現が似合う高校生である。


 そして数日前、尾道は彼らを二種登録選手とした。二種登録選手とはユースなり高校大学なりのチームに入っていながらトップチームにも加入している状態で、実力が認められればトップリーグにおける試合出場もある。とは言っても練習自体はトップチームと一緒に行う事も多いので特別にどうという事もない。


 選手の方も慣れたもので讃良は「早ければ今年中、遅くても三年以内にあなた方のポジション奪いますので今のうちに頑張ってくださいね」と笑顔でほざき先輩たちから「何を生意気な」「十年早いぞ」と暖かいツッコミを受けるなど穏やかな空気に包まれていた。


 しかし今日はまるで嵐の前触れかと言わんばかりのどこか緊迫した空気が漂っている。それはあるテスト生を迎え入れたのが原因であった。その男は確かに今まで尾道の練習にも参加したことがなかった。しかしその程度ならよくある話。今日に限って異様な警戒感が漂うのは彼のオーラゆえであった。


 あるいはもっと直接的に、そのルックスに威圧感があると言い切るべきか。その肌の色は単なる日焼けではなく人種的な黒さを有しており、今年高校を卒業すると言うのに仲真の同級生だったとも証言している。しかも金髪。


「謝花陸です。沖縄から来ました。シュートが得意です。まあ詳しくはマーちゃんに聞いてください」


 謝花陸。アメリカ名リチャード・J・ブライトン。米軍基地に所属していた黒人兵の父と沖縄出身の母との間に生まれたが父は早々とアメリカに帰国したため顔は写真でしか見たことがないと言う。


 高校では仲真と同級生で、強力なシュートを放つストライカーとして注目を集めた時期もあったが私生活は荒れており、二年生の頃ついに暴力事件を起こしてしまいサッカー部を退部。これ以降さらに泥沼にはまって二年の留年を余儀なくされた。


 しかしどうにか立ち直り、二つの目標を立てた。ひとつは高校をきちんと卒業する事、もうひとつはサッカーを再開してプロになる事だ。この一年はR58クラブという沖縄県リーグ所属のチームに加入する傍ら高校のサッカー部の練習にも参加して肉体にこびりついた錆を洗い流した。そして「場合によっては海外」とも考えていたがその前に仲真というコネクションがある尾道の練習参加というチャンスを得た。


「ええ、本当にいいやつなんですよリックは。そりゃあ見た目はね、アレですけど」

「おいおいアレはねえだろマーちゃんよお。俺だってもうハタチだぜハタチ。だから酒ももう飲まないし暴力だってそろそろ自重して真人間になろうって決めたんだから」

「真人間、ねえ。その髪の色でか?」

「あーあー、もう風紀委員みたいな事言うなあ。ええと、テツさんでしたっけ。別にいいでしょ髪ぐらい染めたって。髪染めて人生破滅した人なんてそういませんって。でも酒や暴力で人生破滅した奴は俺もいっぱい知ってるし、だからもうやらないって決めたんですよ。俺もそれでやばかったし」


 本当に反省しているのか微妙な言い回しだが、まあサッカーばかりやってプロにまで到達した選手は得てして社会常識がないもので、このぐらいなら海外にいくらでもいそうというレベルではあった。ただそれも結果を残せてこそであり、何も得ていない今の謝花は単なるチンピラと変わらない。やはり若い選手の動揺は避けられなかった。ちらちら見てくる堀尾や成田に対して鋭い視線を送り返す謝花。


「落ち着けリック。真人間になるんならこういう時は我慢するもんだ」

「ふん、俺だってそれぐらい分かってるさ。まったく、マーちゃんにはかなわんな」


 視線だけで次に何をするかを理解して制した仲真はまだにリーダーの鑑である。荒れた高校時代、同級生たちが「やっぱりあいつはクズだ」と見捨てた中でも一人態度を変えなかったのが仲真であり、謝花は「あいつは真面目すぎる。実は本土の奴なんじゃねえの」などと言いつつも心のなかでは強い友情を感じていた。だから謝花とて仲真がいれば大丈夫、なはずである。


「ということで、今日は紅白戦を行う。メンバーは佐藤コーチが発表する」

「まずビブス組はレギュラー。ビブスなし組は異なるフォーメーションでやる。そしてメンバーはこの通りだ」




ビブス組


GK  1 蔵侍郎

DF 17 結木千裕

DF  3 橋本俊二

DF  5 岩本正

DF  2 マルコス井手

MF 10 亀井智広

MF  6 山田哲三

MF 16 竹田大和

MF  7 桂城矢太郎

MF 19 ゼ・マリア

FW 18 野口拓斗


 ビブス組は概ね去年からの継続を重視したメンバーとなっている。ゴールキーパーはまだはっきりとした順列が付いているわけではないが今日はベテランの蔵がゴールマウスを守る。センターバックにはディフェンスリーダー橋本と高さ抜群の岩本のコンビ。サイドバックは言うまでもなく右に結木、左に井手。今シーズンから呼び名がブラジル人的なマルコスから、より日本人という自身のルーツに忠実な井手という漢字の表記に変わったのは本人の意思によるものである。


 ボランチは亀井と山田。何だかんだでレギュラー組に入っている山田のサバイバル能力はさすが。二列目は右に竹田、中央に桂城。そして左には新外国人のゼ・マリア。そしてワントップは言うまでもなく野口がそびえ立つ。これが今シーズン序盤の基本フォーメーションとなるはずである。




ビブスなし組


GK 20 宇佐野竜

DF 24 讃良玲

DF 21 仲真勝大

DF  4 布施健吾

MF 30 佐藤敏英

MF 15 川崎圭二

MF ?? 謝花陸

MF 23 成田秀哉

FW 27 浦剣児

FW 28 小河内鉄人

FW  9 荒川秀吉


 一方でビブスなしの控え組はちょっと珍しいフォーメーションを採用した。ゴールキーパーは怪我から完全復帰で今年はレギュラー奪還を目指す宇佐野。そしてディフェンス陣は右から讃良、仲真、布施が並ぶというスリーバックを採用したのだ。尾道においては小松田監督時代の2008年に採用されていた時期もあったが、水沢監督も今の正岡監督もディフェンスラインは四人で組むのが基本だっただけに実験的なメンバーと言える。


 ボランチには実戦経験豊富な佐藤と川崎が入る。攻撃的な位置には練習生謝花とルーキー成田。そしてスリートップには浦、小河内、荒川が並ぶ。全体的に若い選手が多い中メンバーだけに唯一の三十代である秀吉は大事になってくるだろう。まるで高校の修学旅行を引率する教師のような立場だ。


「さあ、試合開始だ! 先攻はビブスなし組からで30分ハーフ。バシッと行こう!」


 正岡監督の簡潔なコメントの直後、試合開始の笛は鳴らされた。

100文字コラム


昨年までのイデ表記から漢字に変更したマルコス井手。「日本大好き。尾道の街もそこに住む人々も全部素晴らしい」とすっかりこの国に馴染んでいる。結婚して子供も生まれ、近い将来には帰化したいと強く願っている。

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