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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2014 天井を突き破れ
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プレーオフその3

「やった! 決まった! 昇格だ!」


 その瞬間、スタンドに集まった尾道サポーターは誰かれ構わず抱き合い、歓喜を叫んでいた。2008年に二部昇格してから7シーズン目の悲願達成。戦力は弱く資金も苦しい時期から水沢監督の下での着実な成長、そして後を継いだ正岡監督の的確な采配も加わりついにトップリーグへの挑戦権を掴みとったのだ。


 ピッチ上に目をやると、ゴールキーパーの蔵とルーキーながらレギュラーの座を確保してタフに戦い抜いたセンターバック布施が熱い抱擁を交わしていた。布施の目からボロボロと溢れ落ちる涙に触発されたのだろう、普段は温厚な蔵の目にも光るものがうっすらと浮かんでいた。これまで控えの地位に甘んじるシーズンが多かった蔵だが、尾道移籍1年目の今シーズンは若い宇佐野の負傷もあり特にシーズン後半はスタメン出場の機会が多かった。


「今までのプロ生活で一番充実したシーズンだった」


 試合後にはカメラにこう語ったが、まさしく偽らざる本心であっただろう。その横では橋本が笑っている。この橋本、即戦力として仙台に入団も壁に弾き返されて尾道へと流れ着いた。しかしあれから3年、守備の要と呼ばれるまでに成長した男がかつて何も出来ずに終わった約束の場所、J1へのリベンジを始める。


 その橋本に近づくのは港だ。自分にも他人にも厳しい男も悟りきったように穏やかな笑みを浮かべていた。アンダー世代代表常連だった頭脳派センターバックが尾道に来たのは2011年。当初はまさに孤軍奮闘だったが今ではスタメンの座を降ろされるまでになった。まさにチームの成長を常に感じながらの4年間であったと言えるだろう。この港の後継者である橋本とハイタッチを交わす姿は「後は頼むぞ」「任せて下さい」と、言葉無くとも伝わってくるような光景であった。


 入団は実に2001年、チーム在籍期間最長の山田は試合終了後、いつもと同じように両腕をグルグルと回しながら大きく息を吐いた。鳥取県にある無名高校出身の小柄なボランチはチームの所属するリーグのカテゴリーが上がるたびに「こいつは下手だからもう使えないだろう」と言われながらも持ち前の運動量とガッツで技術格差を克服してきた。つい1ヶ月ほど前に32歳となった男の前にまたも新たなる扉が開かれたが、この最後にして最大の扉にも臆することなく立ち向かっていくだろう。それが山田哲三の生き方なのだから。


 その横に佇むのっぽのボランチ蒔田は安堵の表情で目を閉じていた。その脳裏に浮かぶのはさしずめプロ入りから今日までの日々といったところか。1年目からいきなりレギュラーを掴んで順調に成長を続け、日本代表にまで上り詰めたエリートに見える男。しかしここ数年は満足出来るプレーとは程遠いという葛藤を抱えていた。しかし尾道では久しぶりに純粋に戦う事が出来たと言う。この年末で契約は切れる。すでにオファーも届いているが少なくとも尾道では小さからざる足跡を残せたとは断言出来るだろう。


 最後の15分を必死に戦い抜いた川崎もまた感慨無量という顔でベンチの方を見ていた。尾道が昇格した2008年に大卒ルーキーとして尾道入団も幾度かの移籍を経て今年帰還。途中出場が多かった上にボランチやサイドバックなど日によってポジションも様々だったが、常に集中力を切らさずプレーに打ち込む姿はプロフェッショナルという言葉がこの上なく似合っていた。試合後に「帰ってきて良かった」と彼は言った。「帰ってくれてありがとう」とサポーターからは思われている。


 復帰と言えば桂城もまた復帰組である。20歳の頃は期限付き移籍で、本人はそのまま残りたかったようだがチーム事情から古巣復帰。しかし去年晴れて完全移籍を果たしたのもひとえに愛の力である。ゲームメーカー、キャプテン、プレースキッカー。多くの任務が課せられた尾道の中心選手は、どれも立派にこなしてみせた。浅黒い肌の太陽が似合う男は、この日も夏の日差しのような笑顔で栄光を噛み締めていた。


 そして竹田は泣いていた。芳松も泣いていた。二人に抱き囲まれた秀吉はどこか照れくさそうな笑みを浮かべていた。「お前が下手なのは分かっている。だからこそ、とにかく走れ」と竹田が正岡監督に言われたのはキャンプ初日。それから今日まで文字通り走り続けてきた。それが竹田大和という男のすべてだと言わんばかりの全力疾走はチームをも走らせた。その功績は大きい。


 高い身体能力は上でも通用すると言われながらどうにも不完全燃焼のシーズンが続いていた芳松。今シーズンも当初は控えで「ああ、またか……」と見られていたが情熱を絶やす事はなかった。まずはスーパーサブから結果を残してレギュラーに定着し、チーム得点王まで上り詰めた。


 その芳松が尊敬する男こそが秀吉である。今年もまた試合後半から投入される切り札として存在感抜群だったが、この地位に甘んじるつもりはさらさらない。常にレギュラーを狙っている、ギラついた姿勢を失わずにいる執念こそが「なぜかいい位置でボールを受けている」というポジショニングの源なのであろう。世界を股にかけて何度も移籍したさすらいのストライカーも今は尾道に3年目。J1リーグ戦の出場は今のところ0だが、それもどうやら今年までとなりそうだ。幻のベールを脱ぐ時はまさに今である。


 そして尾道ベンチでは、試合終了の笛が鳴り響いた瞬間真っ先に喜びを露わにしていたのは深田と松井であった。両サイドを無難にこなす便利なサイドバックとして、そしてチームが失速していった秋もムードメーカーとして最後まで明るさを失わなかった深田。控えGKという難しい立場でも腐らず練習でアピールを続けた松井。地味ながらもチームを支え続けた男たちが、両腕を上げて一番派手に感情を爆発させていた。


 途中交代で退いた御野も大きなガッツポーズを見せた。しかし走り寄ることが出来ずにゆっくり歩きながら歓喜の輪に加わっていく姿はどうにも痛々しさを感じさせた。シーズン途中に某クラブが引き抜きなどという記事が出た事もあったが残留を選択。今日も先制点となるゴールを決めるなど最後まで責任感を持って戦い続けた。これからは手術、そしてリハビリという新たなる戦いが待っているが、必ず乗り越えてくれるだろう。


 サイドバックとして攻守に存在感を見せた結木とマルコスは元気いっぱいにピッチへと駆け寄っていった。弱冠20歳ならがもこれが3チーム目という結木は、尾道でようやく右サイドバックという天職を得た。身長が高いとはいえない芳松らFW陣への高精度なクロスは得点パターンとして確立。確かな自信を手に、最高峰のリーグへ臨む。


 2012年の途中に入団してから3年目を迎えるマルコスは故障による離脱もあったがパワフルなドリブル突破は相変わらずだった。昨年のオフには日本人と結婚するなどすっかり日本、尾道に定着する勢いである。また、来シーズンからは登録名を現在の「マルコス・イデ」からより日本的な「マルコス井手」に変更すると言う。


 一方でどこか純粋に喜べないという顔をしていた選手もいる。亀井と茅野だ。亀井は今シーズンから背番号10を背負い、アンダー世代の代表に選出されるなど飛躍の年となった。しかし本人は満足どころか悔しさしかないと断言した。それも勝負どころであるシーズン終盤に調子を崩したのが原因である。プレッシャーや疲労はあった。しかしそれに押しつぶされるようでは先が見えている。「もっと強くならないといけない」とは亀井が自らに課した戒めである。


 茅野はシーズン序盤こそ怪我で出遅れたが御野が負傷したシーズン終盤にはスタメン一番手として多く起用された。しかし現状は御野の代わりでしかなく、それを覆すようなプレーも出来なかった。未だに傷が癒えていない御野を強行出場させた今日の試合こそが、今の茅野の評価を如実に表していた。ともに入団3年目。同期の野口は一足先に上の舞台を経験している。二人にとって今日は挫折を感じただろうが、この悔しさを糧に出来るかは本人の心にかかっている。


 直後のヒーローインタビューには秀吉が選ばれた。同点ゴールを含む2得点は確かに尾道を最高峰の舞台へと決定的に引き上げた。しかし当の秀吉はヒーローを気取るどころか、チーム全体の勝利であると誰よりも正確に認識していた。


「特に自分はチームの皆が連動しないとゴールを奪えない選手なので、今日ゴールを多く奪えたという事はチームとしてうまくいってたという事。それが何よりも喜ばしいですし、そういうサッカーで昇格出来たのはチームにとっても本当に最高の結果だったと思います」


 あくまでも控え目。しかしその言葉一つ一つには確かな自信がみなぎっていた。そして最後にインタビュアーは「サポーターに向けてメッセージをお願いします」と問いかけた。


「来年からは未知の舞台での戦いとなりますが、しかし確実に言えるのは、ジェミルダート尾道は選手、監督コーチやスタッフの皆さん、そして何よりサポーターの皆様と一丸になってどんな大きな相手にでも立ち向かえるクラブだという事です。今日は皆さんと同じく成し遂げた結果を喜びたいと思います。そしてまた明日からも変わらぬご声援をよろしくお願いします!」


 秀吉の叫びはサポーターの心を揺さぶり、大完成を巻き起こした。続いて正岡監督のインタビューが始まった。ひと通り感謝の言葉を述べた後、「勝因は何だったでしょうか?」との問いに対して冷静に語りかけた。


「ヒデも言ってたように、これはチームとしての勝利です。しかも今年初めてそれが完成したのではありません。ミズさんがずっと基礎を固めてくれたから僕自身は気軽にやれましたからね。だから、今日の勝因となった人物をあえて一人挙げろと言われると僕はためらいなくミズさんの名前を挙げたいですね」


 前任者であり正岡監督とは昔から親交を結んでいた水沢監督が求めては届かなかった昇格。その意志を継いた結果が今日の栄光だとすれば、それは一人で得たものではないと確信しているからこそ言える言葉であった。正岡監督はなおも決意の言葉を続けた。


「今までプレーオフで昇格したチームはすべて大負けして降格してきました。ここまでサプライズが毎年巻き起こるリーグにしては異常なまでに決まりきった結果です。しかし物事には例外が必ずあるはずで、私達はそれに向けて走り出そうと思っています。サポーターの皆様は今シーズン熱い声援を本当にありがとうございました。そして、来シーズンもどうぞ、私達の軌跡を見守ってください。必ず、必ず歴史を塗り替えてみせます!」


 実際問題3位昇格に過ぎない尾道。来年のJ1における序列は18チーム中18位となるのは当然の話と言える。しかしどんな奇妙な結果だって時と場合によっては起こりうるのがこの世界である。しかし今のままでは厳しいだろう。戦力を整える必要もある。そのためには去りゆく選手も現れる。思えば正岡監督は試合終了のホイッスルが鳴らされた時も普段と違い小さなガッツポーズだけにとどめていた。それは近い未来を見据えた感慨であったのだろう。


「どうにかハッピーエンドで終えられましたね、監督」

「そうだなホセ。だが、戦いが終わればまた次の戦いが始まる。寂しい季節になるな」

「そうですね……」


 全てが終わった後、今年から尾道に加わった首脳陣二人の視線は背番号5の背中に注がれていた。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。今年を限りに去る選手もいるが、その一方で新たに加わる選手もいる。一つ一つが連なれば大河となり、歴史を紡いでいく。今日の栄光も明日になれば過去の話。そして人は皆、新たなる明日へと向かうのだ。

100文字コラム


趣味は筋トレと公言し「健吾ならぬキンゴ」と呼ばれる布施。「筋肉ほど誠実な奴はない。真剣に向き合うだけ真剣に応えてくれる」とまるで友人のように語る。同期の河口と違って女性人気皆無も同性からの支持は強い。

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