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開幕その2

 時は15時3分、試合開始を告げるホイッスルがスタジアムに鳴り響いた。すかさずセンターサークル内にいる王がヴィトルにパスを出して、戦いがスタートした。ボールはヴィトルから金田へ、金田から今村へと渡った。尾道はまず中盤の底にボールを収めてゲームを作りにかかった。相手FWのプレッシャーをものともせずにパスを回してジワジワとラインを押し上げていく。


 今村は右サイドバックの山吉にボールを回した。山吉は金田、今村の3人でじっくりとパスを回しながら千葉のディフェンスにほころびがないかを見極めている。まだ焦って攻める時間ではない。しかし今回の攻めは遅すぎたようだ。千葉の選手たちにスペースを埋められた事でパスコースすらほとんどなくなり、スローインに逃げざるを得なかった。


「しまったな、慎重すぎたか。次は、そうだな、あの手で行くか」


 山吉からマイナス方向へのスローインを受けた金田は右サイドに一瞬視線を向けた後でセンターサークルのやや後方にいる山田にパスを出した。山田は最後列の港にパスを回し、港はモンテーロ、小原との3人でパスを回しながらディフェンスラインを押し上げていく。またじっくり攻めるのかと思いきや、港は前線に鋭いロングボールを出した。相手陣内の中央右寄りにいる王へのボールだ。


「頼むぜ、シューミン」

「了解!」


 長身とは言えない王だがジャンプ力は高く、千葉のマーカーに競り勝って左へ流した。これを拾ったのは御野。御野は得意のドリブル突破で千葉ゴールの左側を突破にかかる。


「自分で行けテル!」


 水沢監督の叫びに呼応するように、御野は自慢のスピードにあふれた滑るようなドリブルで千葉のディフェンス網を切り裂いていった。そしてペナルティーエリアの左隅に侵入したところで切り返し、DFのマークを一瞬外すとすかさず右足を振り切った。ややゴールから遠い位置だった上に体勢も強引だったのでシュートは大きく外れたが、この試合における初のシュートは尾道が放った。


「うわあー外れ! 全然駄目!」

「いやいやよく打ったぞモンタ!」

「いい攻めいい攻め! この調子でガンガン仕掛けてくれよドリブルもシュートも」

「シューミンさん今度こそは決めますよー。後モンタは本当やめてくださいよ今村さん」

「そうそうその意気だ! まあ先に決めるのは俺だがな」

「モンタはモンタだろ。まあシューミンさんもモンタもゴールをね」


 首をひねった御野に対して今村と王がすかさず近寄る。3人とも明るい表情をしている。確かにシュートは枠を捉えるまで至らなかった。しかし積極的なドリブル突破によって「シュート」という選択肢を選べるところまで攻め込む事には成功したのだから、このようなアグレッシブな攻撃を続けていけばもっと決定的なチャンスを得られるはずと思えた。しかしこの流れは続かなかった。


 前半11分、千葉はゴールキックから素早いパス交換を用いて右サイドを突破した。相手右サイドバックの選手はスピードに乗ったパワフルなドリブルからクロスを上げたが、これは精度を欠いた。


「弾け! モンテーロ!」


 相手FWより早く、モンテーロはふんわりとしたクロスを顔面で弾き返し、ペナルティーエリアから退散させた。しかしセカンドボールを拾ったのは千葉の選手だった。大歓声を背に、まだ千葉の攻めは続く。


「中央を固めろ! ドリブル突破警戒!」


 ピッチ上にGK玄馬のコーチングが飛び交う。千葉の次なる攻撃は左にボールを回してドリブル突破を仕掛けるというものだった。山田と山吉が対応に当たったが、千葉はさらに左にボールを回し、オーバーラップしてきたサイドバックにボールが渡った。


「中央への突破を許すな! クロスは弾き返せ!」


 左サイドからややマイナスに出されたセンタリングは港が処理したがクリアが中途半端だ。ペナルティーエリア目前でボテボテと転がるボールをイエローのユニフォーム、グリーンのパンツ、そしてレッドのソックスを身にまとった千葉の選手がロックオンした。大きく振り抜かれた右足から放たれた強烈なミドルシュートがゴール右上を襲う! 玄馬はジャンプして右手でどうにかボールをかき出してコーナーキックに逃れた。


「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 お目当てのチームが強烈な攻勢を仕掛けた事で盛り上がるスタジアム。レプリカを装備した千葉サポーターたちが発する声の壁が尾道をジワジワと追い詰めていく。彼らが期待するシーンはただひとつ。ゴール、そしてその先にある勝利だ。


「ううむ、あまりいい流れじゃないな」

「そうですね。今は完全に千葉のペースになっている」

「せやな。こっちの攻めがうまく流れたのは最初だけでなかなか形すら作れてへん」

「ホームの声援がある千葉比べると動きの固さがあるか。ここはディフェンスの踏ん張りどころだな」


 スタジアムの片隅、ベンチメンバーたちは軽いダッシュや様々なステップを踏むなどしている。そうして体を温めながら秀吉は有川、深田らと一緒に眼前で起こっている試合の流れを見極めていた。まだ前半なのでスタメンにトラブルがない限り出場はないが、一定の間隔で体を動かしておかないといざ出番となった時に満足な働きができなくなるのでこういった作業は重要だ。


「あんまり言いたくないが、客観的に見て今の流れだと先に点を取るのは千葉だろうな」

「できれば、点は取られてほしくないですけど。確かに今の流れはちょっと。ウチが点を取るにはうまくカウンターが決まるとか突発的な何かが起こらないと」

「セットプレーもあるで。フリーキックはカネさんいけるし」

「でも今は流れが悪すぎますよ。ほら、今のシュートもかなり危なかったし、全然セカンドボールを持ててない」

「ただウチのディフェンスはシゲさんも玄馬さんもいるし簡単には崩れないだろうから、勝負は後半だな」

「頼むー、守りきってくれー」


 試合に目を戻すと、コーナーキックはどうにか弾き返したがクリアボールを拾ったのはまたも千葉の選手だった。こういったボールが千葉に渡るという事は流れが相手に傾いている証拠である。尾道イレブンは千葉の分厚い波状攻撃からゴールを守るのが精一杯だ。


 強烈なミドルシュートがポストを叩く!


 コーナーキックからの競り合いでこぼれたボールがゴールラインの30cm手前に転がる!


 枠内を鋭くえぐるフリーキックが乱れ飛ぶ!


 いくたびも訪れる絶望的な危機を前にして玄馬、港、モンテーロといったディフェンスの選手だけでなく御野、王ら前線の選手も必死に足を伸ばしてボールに食らいついていった。選手一人一人の技術においてはかつてJ1の常連だった千葉のほうがはるかに上。それは最初から分かりきっている事だ。だからこそ、気迫において尾道が負けてはならないのだ。


 試合中盤はボールがセンターラインを超えることはなかった。しかしスコアが動く事もなかった。それは尾道の選手たちがピッチ上において激しい闘志を切らすことをしなかったゆえである。


「何やってんだ早く決めてくれー!」

「こんなに攻めてるのに何で入らないんだ!」


 スタジアムの観客が次第に焦り、そして怒りのボルテージを上げつつある前半36分。もう6本目となるコーナーキックを玄馬がパンチングで弾き返したが、そのボールを奪ったのは山田だった。久しぶりにまともな状況で尾道がボールを保持した。


「やっと奪った! テツさん!」

「みんな走れ! チャンスは今しかない!」


 ベンチからの叫びに呼応するように尾道の選手たちが加速度をつけて前線に登りつめていく。山田は縦に大きくパスを出す。それを受けた金田はトラップせずに右に送る。そこに走っていたのは山吉だ。スピードに乗った山吉のドリブル突破が右サイドを切り裂く。前線にはヴィトルと御野が走りこんでいる。相手ディフェンダーは中に2人。カウンターで一気に形勢逆転だ。


「よーしクロス上げろ!」

「取れ! 絶対点を取ってくれ!」


 数は少ないとはいえ、それゆえに熱い中で一番熱い尾道サポーターたちがここぞとばかりに声を上げてようやく訪れたビッグチャンスに沸き立っている。今はベンチに座っている秀吉や有川らの気持ちも同様である。


 山吉はグラウンダーのボールを選択した。ヴィトルの身長は171cm御野は174cmで高さを武器には出来ないがスピードはあるので、その流れに沿ったほうがゴールを揺らす確率が上がるはずと判断したからである。タッチライン寸前からマイナス方向へ出されたクロスに対してヴィトルは距離感が合わずにスルー、しかしその奥に走りこむ御野に対してはジャストなタイミングで転がってきた。


「決定的チャンス! 何としても決めるしかない!」


 尾道の期待を背負った右足は鋭く豪快に振りぬかれた。前半直後のそれとは全然違う、まさにジャストミートのシュートがゴール左側を襲う!決まったか!しかし反応一閃!相手GKがシュートを左手に当ててコースをずらした。ボールは左にそれてコーナーキックとなった。


 完全に枠に入っていたがファインセーブ炸裂で決定的な場面を防がれた。GKの雄たけびと決定的なシュートを防がれた御野の断末魔が白昼のスタジアムを占領した。


「ちくしょう、やっちまった! 完全に1点ものだった」


 荒い息を弾ませ、御野は悔しさをあらわにした。格上の千葉を相手にチャンスが少ない事はわかりきっていたにも関わらず、貴重なシュートチャンスを2度も外してしまった自分への不甲斐なさや怒りで頭は一杯になっている。それをなだめるように、肩にポンと手を置いたのはキャプテンの港である。


「ナイスラン、テル!」

「港さん」

「お前のお陰さ、こんないいチャンスを作れたのは。そしてコーナーキックを勝ち取ったんだ。後は俺たちに任せろ」


 そう言った港がちらと目配せした左に顔を向けると、巨漢モンテーロがのそのそと上がってきた。元々尾道は高さのないチームであった。それゆえに188cmと大柄なモンテーロを獲得した。守備において高さに強くなるだけでなく、セットプレー時の武器ともなる。現状では動きの鈍さも見られるが、もう少し絞ればもっと面白い存在となるだろう。


「ああー今のが入らないかー」

「あれは向こうのキーパーが良かった。しょうがない、どうしようもない。切り替えろよミノテル君」

「まだまだコーナーあるで」


 ベンチにて、千葉出身だがプロではG大阪に入団し、その影響で関西弁に染まった深田が言葉を発し終えたところで金田の蹴るコーナーキックが空を舞った。しかし相手GKにキャッチされた。反撃を期待して湧き上がるスタジアムに応えるようにGKは素早くボールを転がして試合を再開させたが、それまでの千葉一辺倒な流れは失せていた。


 中盤で積極的にプレスを仕掛けて相手の攻撃を潰す尾道本来のディフェンスが出来るようになってきた。しかし尾道がボールを奪っても千葉のディフェンスもよく組織されておりなかなかうまく攻められない。どちらも決定的なチャンスを作れないままに中盤での潰しあいが続いた。


 前半43分、ヴィトルがゴールから25mほど離れた場所から強引にシュートを放ったが外れ。1分と表示されたロスタイムでも特に何も起こらず、0対0のままハーフタイムを迎えた。

100文字コラム


あの大災害から一年が過ぎた。当時仙台在籍の橋本は「人生観が変わるほどの衝撃だった」と振り返る。「東北のため何かの役に立ちたい。そのためにも今は尾道で全力で頑張らないと」と力を込めた。復興は未だ道半ば。

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