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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2014 天井を突き破れ
107/334

水面下の戦いその3

「J1の力量がある磐田相手にどこまでやれるかを確かめたかったが、はっきり言ってここまでの出来には失望している。お前たちの実力はこの程度だったのか? J1を狙うってのは口先だけの目標に過ぎなかったのか?」


 ハーフタイムのロッカールームには沈痛な空気が漂っていた。正岡監督はその中において本来ならぶちまけても仕方ないほどの激情を可能な限り抑えて選手たちに語りかけていた。


「しかし幸い、まだ45分残っている。この前半は恥だ。ならばその恥をそそぐにはこの後半をおいて他にあるまい。一週間後では遅いのだ。今、確かな結果を残せない限り昇格は本当に夢と化してしまうだろう。俺だってそうはなりたくないからな、お前たちもそうだろう?」


 押し隠してもなお溢れ出す正岡監督の情熱は無残な結果に打ちひしがれた選手たちの心を再び熱くさせた。誰からともなく「そうだ! このまま負けてられるものか」「まだ諦めるには早すぎる」などと言った声が集まってきた。正岡監督は心の中で喜びつつもやはり冷静さを装い、言葉を続けた。


「ふふっ、それでこそ尾道の戦士だ。後半にはヒデ! イアン! お前たちの出番だぞ」

「分かりました」

「イエッサー!」


 本来はもっと勝負どころまで取っておきたかったはずの秀吉を早くも投入すると決意した。それだけ尾道にとってこの試合は重要なのだ。J1の強豪であった磐田は、尾道がJ1を目指すにあたってかならず乗り越えなければならない壁となる。結果はもちろんの事、そんな相手にもひるまないハートこそが長い戦いには必要となってくる。まだ計算しつつ戦えるほど成熟していないのだから、その時その時を全力で体当たりする姿勢を持ち続けなければ結局は倒れてしまうだろう。


「磐田相手に2点差は容易い数字じゃない。だが不可能では決してない。最後まで諦めるな。泥水をすすってでも結果を残すしか俺たちの生き延びる術はないのだから」


 こうして送り出しされたのは岡に代わってグリーン、竹田に代わって秀吉という11人であった。秀吉は言うまでもないとして、バランス型の岡に代えてまだまだ連携に難を残すものの高さとパワーのあるグリーンを投入という一歩間違えれば点差が倍加しかねないギャンブルだが、今の尾道にはそれだけの賭けが必要と見たのだ。


 そして始まった後半、尾道は守備のスタイルを変更した。前半は高い位置から積極的にプレスを仕掛けていた。それはスタメン出場の岡を亀井の代わりであるかのように見立てて行った、普段と同じ戦法であった。しかしその岡は去り、グリーンはそこまで積極的に出て行くようなプレーはしないし、出来る選手でもない。


 グリーンはいわば、最終ラインをさらに一枚強化したようなポジションに居座った。テクニックよりパワー重視のグリーンが後方に鎮座すると言うことは、磐田にとって単純に邪魔な選手が増えた事を意味する。中盤にはスペースが出来て、磐田はそこでボールを回すもののいざ得点を奪うためのアクションを起こそうかと思うとそのようなスペースが存在しない事を悟った。戦術としては退化していると非難されても仕方ないのだが、それを承知の上で「これ以上失点する事なく、逆転を目指す」と覚悟を決めた正岡監督の決断である。


「守備もかなり落ち着いてきたな。前半とは大違いだ」

「やっぱり一気に取られるとどうしても気が動転してしまいますからね。でももうそんな心配はない」

「そうだな。となると、そろそろ俺たちの出番だな、昇治」

「おっと、早速それっすね、ヒデさん」


 後半10分、山田が磐田のパスをインターセプトすると素早く前線へパスを送った。ボールは山田から桂城を経て、左サイドへ広がるように走っていた芳松の足元へと渡り、さらに磐田陣内の奥深くまで進んでいく。尾道の素早いカウンターへの対応が遅れた磐田ディフェンス陣は2、尾道は芳松に御野、さらに秀吉という3人が走っていた。


「これは行くしかなかろうよ」


 ボールを保持している芳松の脳内にパスの二文字はなかった。自身のドリブルスピードに自信を持っているのもある。しかし何より今は速度が大事となる。余計な選択肢を考えるより少しでも前へ進みたかったのだ。対応に向かった磐田のセンターバックをスピードの変化だけで置き去りにして、ペナルティエリアへと侵入した。


「昇治さん、こっちへパスを!」

「いや、ストライカーならそのまま打て!」


 御野と秀吉がそれぞれ叫ぶ中、芳松が選んだのは後者であった。それは芳松がストライカーであるが故である。眼光鋭く敵のGKに向かって睨みつけたかと思うと、力いっぱいに右足を振り抜いた。


「いけええええええ!!」


 しかし敵もさるもの。下手に触ったら骨折しそうなシュートに向かって完全と腕を差し出し、横へと弾き飛ばした。しかし尾道にとって幸運、磐田にとって不運だったのは、このようなシーンにおいて両チームにおいて最もボールの嗅覚に優れた男が赤と緑のユニフォームを身にまとってこのピッチに立っていたという事実であった。その男は目の前に転がってきたボールに向かって足を伸ばし、横ではなくまっすぐ進めと軌道修正をした。ボールを阻むものは、もはやそこには存在しなかった。こうしてスコアは2対3となった。


「さすがヒデさん! いいところに詰めてますね」

「まだ2点必要だ。喜ぶには早すぎるぜ」


 秀吉はたった今ゴールネットを揺らしたボールを抱えてセンターサークルに向かった。「さあ、早く試合再開しようじゃないか。まだ俺たちが負けてるんだから、1秒でも早く追いつかないと」という感情でその両足は回転している。ゴールの数は飾りではなくチームの結果あってのもの。「2点ビハインドの展開から追撃の一撃を放ったものの試合には敗れた」では本人が一番納得しないのだ。


「さあ、これからが本当の戦いだ! 俺たちがJ1で戦う資格があるかは残り35分にかかっている。絶対に勝とうぜ!」

「当然だ! このまま負けてたまるかよ!」

「後1点、いや2点だ! 何としても奪ってみせる!」


 試合再開のキックオフを告げる笛が吹かれてから、尾道の動きが明らかに良くなった。2点差は大変に思えるが後半のまだ半分も終わっていない中で1点差ならいけそうに思えるもので、しかも点を取る事にかけては屈指の秀吉が決めてくれた。


「磐田相手でも勝てるかも、いや、勝たなきゃいけない」


 そうチーム全体の意識を定める一撃だったのだ。守備はタイトに、カウンターは鋭く、当然桂城を中心としたセットプレーも変幻自在に磐田ゴールを襲った。そして後半32分、結木からのクロスを芳松がヘディングで叩き込んで同点に追いついた。


「よっしゃ同点! だがまだまだ時間は残ってる!」

「そうだな。勝利にはまだ足りないもんな」

「勝ち点3、何としてももらうぞ!」


 意気盛んな尾道イレブン。しかし直後、その勢いを止めかねないアクシデントが起こった。磐田は右サイドを使って攻撃を仕掛けてきたのでそれに対応したマルコスがパスをカットしようと足を伸ばしたところ、突如バランスを取れなくなり転倒したのだ。


「おい、マルコスどうした! 何があったんだ!?」


 素早く走り寄ってきたトレーナーは右足太腿の内側を抑えながら痛がっているマルコスの様子を見て、両腕をクロスさせた。この試合はもう動けないというサイン。代わりに深田が投入された。


「頼むぞ光平。この試合、勝つためにはお前が頼りだ」

「ふふっ、真打は最後に登場するもんやからな。残り10分、勝つには攻めまくるしかあらへんし、誰よりも走りまっせ!」

「うむ、その意気だ。お前がこのまま同点で試合を終わらせようなどと答えるような男であればこの交代も取り消しだったが、幸い杞憂に終わってくれたな。さあ、行け!」

「おう!!」


 深田が闘志を剥き出しに燃えているのには訳があった。そもそも深田がG大阪から尾道へ移籍したのは2011年の事である。このシーズン、尾道はそれまでのレギュラーであった現北九州の原が移籍した事で空位になった右サイドバックのポジションを現和歌山の長山らと争い、勝ち取った。スピードあるドリブル突破と左右を器用にこなす技術、そして明るいキャラクターが尾道に新風を吹き込んだ。


 しかしフロント的にはそのパフォーマンスに不満があったのか翌年には右サイドにF東京から山吉、左サイドには神戸から小原をいずれも期限付き移籍で加わった。深田以上の突破力がある山吉と深田以上の技術を持つ小原の前にレギュラーポジションを失ってしまったのだが小原離脱により左サイドのバックアップに選ばれたのは、当然のように深田であった。しかし間もなく、新外国人のマルコスを獲得し、またもベンチウォーマーに戻った。


 山吉の契約期間が満了となり尾道を去った翌2013年の開幕当初は、またも右サイドバックのレギュラーとして試合出場を続けていたのだが小原が怪我から復帰すると、出場機会を小原に譲る場面が多くなった。しかしその小原も本職の左とは勝手が違うのか、やや精彩を欠いたプレーが散見。結局レギュラーを固定出来ずにシーズンを終えた。


 そして今シーズンはベンチ入りすらままならず。玄馬、アンドレ・シウバ、高橋、金田、木暮など深田が加入した当初の尾道の主力選手はほとんどおらず、在籍期間が長いのは山田ぐらいで同時に加入したのが港、宇佐野、御野あたり。尾道の中でも古株と言っていい存在になっていた。


 しかし結局尾道の首脳陣にとって深田は「いたらそれなりに便利なサイドバックのバックアップ要員」程度の評価のままである。しかし深田とてそれに甘んじるつもりはない。試合に出ればやれると確信しているのだ。そしてそのチャンスがこうして現れた。


「マルコスには悪いけどこのチャンス、絶対に掴まなアカン。チームのためもあるけど、何よりも自分のために!」


 後半35分、尾道のスローインを磐田陣内へ蹴り出してから試合は再開された。そのボールを芳松が「後方でのパス回しなどさせるか」とばかりに積極的なチェイスを仕掛ける。秀吉も甘いパスがあればすかさずインターセプトしますよという動きを見せて相手の神経をすり減らせる。最前線の選手ですらこうなのだから中盤もディフェンス陣も、あくまでも前へ前へという勢いで磐田に押し寄せてくる。


「まだ時間は残っている。絶対に勝つぞ!」


 尾道の気迫を前に、磐田は前に攻めるより「残り10分、何とか引き分けに持ち込めれば」という姿勢でディフェンスを続けた。しかしどのような方向性であれチームがまとまると、それを崩すのは容易い事ではない。結木と深田の両サイドバックのクロスを弾き飛ばす光景を何度か繰り返した。そしてアシショナルタイム4分と提示された。


「このままじゃ埒があかんな。ならばクロスじゃなくて、行くしかなさそうやな!」


 ドリブルで左サイドを突破する深田だが、サイド深く侵入するかと思いきやいきなりターンして中央へ突破を仕掛けた。マーカーはどうやら「今度もサイドを突破してくるだろう」とでも甘く見ていたのか、対応が遅れた。


「よしナイス突破! さあ、ニアにクロスを上げてくれ!」

「いや、ファーだ! 俺のほうに頼むぞ!」


 ニアサイドには芳松が、ファーサイドには秀吉が走り込んでいた。しかし深田はどちらにボールを預けようとも考えていなかった。


「ええい、蹴り込む場所は、ここや!」


 深田はクロスやパスを選択せず、右足で強引にシュートを放った。


「なっ、強引に打ってくるとは!?」


 敵だけでなく味方をも惑わせたシュート。威力自体はそれほどでもなかったが意表をついたものだったので本来キャッチできたはずのGKが思わず弾いてしまた。しかし、力なく転がるボールがたどり着いたのは磐田DFの足元であった。磐田が守備を固めるためペナルティーエリア内に多く選手を集めていたのだ。


「ええい、ここでクリアなどさせるか!!」


 力いっぱいに蹴り込んでクリアしようとしたDFの目の前、秀吉がその肉体を投げ出した。決死の背中がボールを捕らえる。ペナルティーエリア内を転がるボールがたどり着いたのは芳松の右足であった。


「逆転だっ! 決まったのか!?」

「き、決まりましたよ。本当に、逆転したんだ!」


 ゴール前の大混戦を制した秀吉と芳松のFWコンビは互いに目と目を見合わせて「信じられない」という表情をしていた。しかしすぐに歓喜が驚きを押しのけた。腕と腕をグッと合わせて成し遂げた結果の大きさを噛み締めた。それから間もなく、試合終了のホイッスルが磐田の地に鳴り響いた。4対3。激しい戦いの最後は言葉さえもいらなかった。


「……ふう、何とか勝てましたね、ヒデさん」

「ああ、ナイスゴールだったぞ昇治。しかも2点。俺は1点だったし、お前の勝ちだ」

「そう、ですかね? 僕は90分で2点、ヒデさんは45分で1点だから、引き分けでしょ」

「1点でも多く取れたほうが上よ。ストライカーだからな。さあ、整列だ。サポーターのところに挨拶にも行かなきゃな」

「はい!」


 試合終了後すばらくしてようやく言葉を話す事が出来るようになった。それほどに神経をすり減らしていたのだ。しかし戦いが終わればその緊張状態からは一時的に解放される。芳松も秀吉も、柔らかな笑みを浮かべていた。


 この磐田戦の後、病院にて精密検査をした結果マルコスは全治2週間と発表されたが深田がその穴を感じさせないガッツあふれる動きを見せた。また、スタメンFWには芳松が定着。さらに新戦力として名古屋から元日本代表で3試合に出場した経験を持つ大型ボランチ蒔田宏基の獲得が発表された。すべては昇格のため、チームは一丸となってなおも突き進んでいる。

100文字コラム


チームの得点源として活躍中の芳松。動き自体は目標と公言する荒川に似るがより運動量豊富なのが若さか。「まだまだ未熟。尾道を昇格させて初めて実績になるんで」と謙虚に語る徹底的なストイックさこそ最大の強み。

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