十六 あざみの花
その日の夜は少し寝苦しくて、寝床に入っても、なかなか寝付けなかった。
秋を迎えたとはいえ、まだ蒸すような暑さが続く日もあった。少し夜風に当たろうと身を起こした時、障子に浮かび上がった人影を目にして思わずぎょっとした。
誰。と問わずともわかっている。
わたしは寝床から這い出すと、そろりと障子を開いた。硝子戸越しにあの人と対面する。
どうしたのだろう。同じ日に二度も姿を現すなんて珍しい。
硝子戸を引き開けると、突然何かを突きつけられた。
「っ、何?」
なにやら草の束のようだ。恐る恐る手を伸ばすと、ちくりと手のひらに痛みが走る。
「これは?」
あの人の手の中から落ちてきたものを拾い上げる。
花びらは紫色。葉や茎には細かい棘がある。痛くないように指先でそっと拾い上げる。
「あざみ?」
野山に咲いているあざみだった。きれいだが棘のせいで、いつも摘むのをためらってしまう。なのに彼は、素手のままであざみの花を握り締めているではないか。
「手、棘が……早く離さないと……」
怪我をしてしまう。けれど彼の手は、しっかりとあざみの束を握り締めたまま。受け取れと言わんばかりに差し出していた。
「もしかして、わたしに?」
わたしの問いに静かに頷いた。
「…………でも」
嬉しいと思うよりも、先に戸惑いを感じてしまう。
でも……どうしてこの人が、わたしに花を?
目の前に突きつけられた花束を触れることも出来ずにいた。わたしがいつまでも受け取ろうとしないからか、彼は諦めたかのように腕を下ろしてしまう。
途端にあざみの花が、彼の手からばらばらとこぼれ落ちてゆく。
「あ……」
どうしよう。後悔の念が一気に押し寄せる。慌ててあざみを拾い集めようとするけれど、やっぱり棘が怖くてなかなか手が出せない。
「あの花の代わりだ……が」
あの花?
頭上から落ちてきた低い声。思わず顔を上げると、一瞬視線がぶつかる。
「愚かだな」
笑ったのだろうか。あの人はかすかに唇を歪めると、ゆっくりと背を向け夜闇の中へ身を投じた。
もしかして……。
誰もいなくなった庭先で、わたしはひとりぼんやりと考えた。
わたしの持っていた花。恐らく葛木さんがくれた押し花の花。青みがかったきれいな紫色の都忘れ。
見つからないから、同じ色をしたあざみを摘んできてくれたのだろう。
でも、どうして?
理由を聞きたくても、その晩、あの人はもう姿を見せてはくれなかった。
ずいぶんと短めになってしまいました。
ぼちぼちと更新していきたいと思います。




