表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

十二 兄の友人

 突然の訪問者を正平さんの元へ案内すると、静かだった母屋は急に活気づいた。


 食事はもう取ったか、風呂に先に入るか、取り敢えずお茶の一杯でもどうだ……と、正平さんは矢継ぎ早に質問を浴びせ、葛木さんは困ったように笑っていた。

 用事を終えたわたしは、庭を通って離れへと戻る。


 誰もいない、虫の音だけが静かに響く、わたしの住まい。

 知らず知らずのうちに、わたしはあの人の姿を探していた。暗がりにひっそりと佇む、墨染の衣を纏った鬼の青年の姿を。


 でも、あの人の姿はどこにもない。


「ねえ、いないの?」


 暗闇に向かって呼び掛ける。

 葛木さんの声が、あの人に似ているからかもしれない。無性に今、会いたかった。


「ねえ…………」


 話し相手になってくれるんじゃなかったの?

 呼ぶ名前すら知らない人に、今ここにいない人に、わたしはそっと呟いた。


「なによ……嘘つき」





「昨夜は申し訳ありませんでした」


 翌朝、正平さんは友人である葛木さんを連れて、わたしの住まう離れに訪れた。

 葛木さんは文学青年風の、繊細そうな男の人だった。昨日は暗がりでよくわからなかったので、今初めて会ったようなものだ。


 昨夜は洋装姿だったけれど、今朝は正平さんと同じ袴姿と、くつろいだ格好をしていた。


「以前に一度来たから大丈夫だと思っていたのですが……でも、夜道のせいで道がよくわからなくなってしまいまして」


 葛木さんが苦笑交じりに言い訳を口にすると、正平さんがすかさず突っ込んだ。


「夜道のせいじゃなくて、お前のもの憶えが悪いだけだろうが。もうろくするにはまだ早いぞ葛木」

「確かにまあそうかもしれないけれど、もうろくとまではひどいなあ」


 目を閉じると、あの人……死人喰いの青年が話をしているような錯覚を覚える。

 春から一緒に過ごしているものの、ろくに会話など交わしたためしがない。


 無いものねだりだと言えばそれまでだけど、こんな風にあの人が話をしてくれたらいいのに、と思ってしまう。


「由比、お前今いくつだっけ?」


 唐突に、正平さんが訊ねる。


「ええと、十五になりました」

「へえ、十五だったのか」


 身体が小さいので、もう少し年下に思われていたのだろう。


「正平、お前だって人のことは言えないだろう。自分の妹の歳も忘れるような奴に、もうろくしただなんて言われたくないなあ」


 葛木さんは、さっきのお返しだと言わんばかりに、強気に言い返してきた。


「うるさい。俺だってまだ数えるほどしか会っていないのだから。歳だって今初めて聞いたんだぞ、知らなくて当たり前じゃないか」

「まだ数回しか?」


 葛木さんは、不思議そうに首を傾げた。


 そうか。葛木さんはわたしの素性を知らないんだ。

 どう説明したらいいだろうと考えていると、正平さんが簡潔に説明をしてくれた。


「ああ、母親が違うんだ。この娘を養っていた婆さまが亡くなったから、うちに来たんだよ。だから、僕たちは出来立てほやほやの兄妹ってわけだ」


 実にあっけらかんと言い放つと、正平さんは無邪気に笑った。


「……そうか」


 まさかそんな立ち入った話が出てくるとは思わなかったのだろう。


「…………由比さん」


 葛木さんは肩を落とすと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「立ち入った話をさせてしまったね。本当に申し訳ない」

「いいえ。別に……本当のことですから」


 謝られたところで、どういう顔をすればいいのかわからない。そのまま自分の膝に乗せた手のひらを凝視していた。

 まさか正平さんがわたしの生い立ちを話すとは思っていなかった。


 いくら親しい間柄とは言え、聞かれもしない身内の恥をさらすこともなかろうと思った。

 なぜ正平さんが葛木さんにこんな話を聞かせたのか。


 後になってから違う形で理由を知るとは、この時は思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ