十二 兄の友人
突然の訪問者を正平さんの元へ案内すると、静かだった母屋は急に活気づいた。
食事はもう取ったか、風呂に先に入るか、取り敢えずお茶の一杯でもどうだ……と、正平さんは矢継ぎ早に質問を浴びせ、葛木さんは困ったように笑っていた。
用事を終えたわたしは、庭を通って離れへと戻る。
誰もいない、虫の音だけが静かに響く、わたしの住まい。
知らず知らずのうちに、わたしはあの人の姿を探していた。暗がりにひっそりと佇む、墨染の衣を纏った鬼の青年の姿を。
でも、あの人の姿はどこにもない。
「ねえ、いないの?」
暗闇に向かって呼び掛ける。
葛木さんの声が、あの人に似ているからかもしれない。無性に今、会いたかった。
「ねえ…………」
話し相手になってくれるんじゃなかったの?
呼ぶ名前すら知らない人に、今ここにいない人に、わたしはそっと呟いた。
「なによ……嘘つき」
「昨夜は申し訳ありませんでした」
翌朝、正平さんは友人である葛木さんを連れて、わたしの住まう離れに訪れた。
葛木さんは文学青年風の、繊細そうな男の人だった。昨日は暗がりでよくわからなかったので、今初めて会ったようなものだ。
昨夜は洋装姿だったけれど、今朝は正平さんと同じ袴姿と、くつろいだ格好をしていた。
「以前に一度来たから大丈夫だと思っていたのですが……でも、夜道のせいで道がよくわからなくなってしまいまして」
葛木さんが苦笑交じりに言い訳を口にすると、正平さんがすかさず突っ込んだ。
「夜道のせいじゃなくて、お前のもの憶えが悪いだけだろうが。もうろくするにはまだ早いぞ葛木」
「確かにまあそうかもしれないけれど、もうろくとまではひどいなあ」
目を閉じると、あの人……死人喰いの青年が話をしているような錯覚を覚える。
春から一緒に過ごしているものの、ろくに会話など交わしたためしがない。
無いものねだりだと言えばそれまでだけど、こんな風にあの人が話をしてくれたらいいのに、と思ってしまう。
「由比、お前今いくつだっけ?」
唐突に、正平さんが訊ねる。
「ええと、十五になりました」
「へえ、十五だったのか」
身体が小さいので、もう少し年下に思われていたのだろう。
「正平、お前だって人のことは言えないだろう。自分の妹の歳も忘れるような奴に、もうろくしただなんて言われたくないなあ」
葛木さんは、さっきのお返しだと言わんばかりに、強気に言い返してきた。
「うるさい。俺だってまだ数えるほどしか会っていないのだから。歳だって今初めて聞いたんだぞ、知らなくて当たり前じゃないか」
「まだ数回しか?」
葛木さんは、不思議そうに首を傾げた。
そうか。葛木さんはわたしの素性を知らないんだ。
どう説明したらいいだろうと考えていると、正平さんが簡潔に説明をしてくれた。
「ああ、母親が違うんだ。この娘を養っていた婆さまが亡くなったから、うちに来たんだよ。だから、僕たちは出来立てほやほやの兄妹ってわけだ」
実にあっけらかんと言い放つと、正平さんは無邪気に笑った。
「……そうか」
まさかそんな立ち入った話が出てくるとは思わなかったのだろう。
「…………由比さん」
葛木さんは肩を落とすと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「立ち入った話をさせてしまったね。本当に申し訳ない」
「いいえ。別に……本当のことですから」
謝られたところで、どういう顔をすればいいのかわからない。そのまま自分の膝に乗せた手のひらを凝視していた。
まさか正平さんがわたしの生い立ちを話すとは思っていなかった。
いくら親しい間柄とは言え、聞かれもしない身内の恥をさらすこともなかろうと思った。
なぜ正平さんが葛木さんにこんな話を聞かせたのか。
後になってから違う形で理由を知るとは、この時は思いもしなかった。




