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たべもの

 獣はいつも下界を見下ろしてはいいなあと呟いた。

 あのキラキラ光るものが欲しいなあ、ときどき風に乗ってくる旨そうな匂いも。

 朝から晩まで森の一番高い木に登ってはぼうっと眺めていた。


 ある晴れた晩、森の中へ人間が入ってきた。男と女のつがいのようで

 仲睦まじそうに体を寄せ合っている。おれは一人だけどあいつらはいいなあ、

 少し羨ましくなって手の届く木の枝をゆすってやった。

 大きな音を立てて木々がこすれ、人間たちはひいと声を上げて辺りを見回した。

 だれだ、だれかいるのか。男のほうが叫んでいる。

 きゃあと女は体を縮めている。少し面白くなって木の枝を折り人間たちへ放り投げた。

 ざくっと地面に枝が刺さり人間はいやあと声を上げて森を駆け出して行く。

 なんだあ、つまらんなあ。人間の後姿を見ながら鼻を鳴らして高い木のうえに登っていった。


 あの人間たちが来てからというもの、森の入り口にはときどきぼうぼうと音を立てて

 明るい棒をもった人間がやってきた。もう片方の手には光って尖ったものがある。

 みな目をむいてどこか嫌な感じがした。獣は木の茂ったところへもぐりこむと

 静かに息を殺した。あいつらは何をしにきたんだろうか。おれを殺しにきたのか。

 人間たちは手に持った明るい棒を木に投げつける。そうするとたくさん茂っていた葉が

 煙を立てて赤く舞い上がった。火だ、あれはそうだ。人間の使う火だ。

 森がなくなってしまう。獣は人間たちの前に降り立って彼らを見下ろした。

 腰ほどまでしかない小さな生き物が何をするか。獣は両手を振り回し

 あっけなく人間たちを殺してしまった。


 森が焼かれ死んだ人間たちの傍に大きな獣が座っていた。

 ふさふさとした毛で覆われて異常に手の長い生き物だ。

 傍にあった動かない人間をつんつんと指でつついてみるも動きもせず

 なんだ死んだのかと焼けてしまった森だったものを眺めている。

 煙が消え灰になって焼けた木々の向こう側も見渡せるようになったころ

 獣のもとへ人間がやってきた。

 あっ、と思い身構えるが人間は子供で手には何も持っていない。

 子供は獣の少し前に落ちていた人間の足に気付いて立ち止まった。

 お前がおとうさんを殺したのか、子供は大きな目から涙をボロボロとこぼして言った。

 獣は驚いて目を丸くした。おれは人間を殺したぞ。

 応えたものの子供が何故泣いているのかがわからない。


 獣は何もせずただじっと子供を見つめていた。

 飽きもせず泣いている。べそべそして小さな腕が動くのを見ると

 むしょうに腹が減って仕方ない。

 風が吹くたびに子供はいい匂いがして獣の口からよだれが落ちた。

 食いたいなあ……でも泣いている子供を捕まえる気になれなかった。

 泣きつかれて目の前で寝転がっていても獣はじっと見ているだけだった。

 日が昇り朝が来る。子供はおれを殺さなかったな、お前を必ず殺してやる。

 言い捨てるように走り出し森から逃げていった。

 獣は子供のいた場所に手を伸ばすとよだれをたらした。


 なんだあ、食えばよかったなあ。

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