第8話 おっさん、黒いオーガと戦う
「相手は腕力の高い敵。こういうのを相手にする時、気を付けるのはどういうところだ?」
「え、えっと、パワー負けしない!?」
「不正解。それは一番ダメな思考だな。こういう力が強いのを相手にする時は接近しないのが正解だ」
黒いオーガと対峙しながら、俺は彼女たちにレッスンを開始した。
相手はまだすくんでおり、攻撃を仕掛けてこない。
「でも近づかないと戦えません」
「ああ。今のは理想の話で現実では接近戦も想定しなければいけないだろう。だからまず考えなければいけないのは死なないこと。それだけは念頭においておけ」
「グオオオオオオオオオオッ!!」
硬直がようやく解けるオーガ。
そして俺に向かって大胆に走り出す。
「攻撃を受けなければならない時は最低限で済むように立ち回り、考え無しで攻撃をしてはいけない。翠。君が一番心配だからその点は注意しろ」
「は、はい!」
オーガが剛腕を振るい、俺の命を刈り取ろうとする。
だが俺は相手の攻撃を寸前のところで回避し続け、後ろからオーガを押す。
「相手の隙を突き、虚を突き、弱点を突く。そうすることによって強敵を相手にしても有利に立ち回ることができる。正面からぶつかるという考えは愚の骨頂。死なないためには一番確実に勝てる方法で攻めることだ」
「隙か……遠くから見ると大振りには見えるね」
「正解だ凛花。こいつは高い腕力を誇るが技術はない。ただの大振りの攻撃しか仕掛けて来ない、避けやすい相手だ」
「なるほど、よく観測していると対処法が分かってくるものですね。攻撃が見やすかったら防御も容易く思えます」
俺の言葉をしっかり理解し、咀嚼して自分の中へ落とし込んでいく。
賢しい者には教えるのが楽でいい。
「勝つ方法より負けない方法を模索するといい。勝つことばかり思案しているとどうしても焦りが出てしまい、余裕がなくなる。だが負けないことを考えると落ち着いて行動することができ、躍起になって攻めるようなことも無くなる。逃げるという選択肢も取ることができ、生き残る可能性がぐんと高くなるはずだ」
「勝つよりも負けないか……分かったよ師匠」
「ならいい。とにかくどんな時も冷静に。熱くなった方が負けると思っておくんだ」
オーガの攻撃を再び避け、膝裏に向かって蹴りを放つ。
体勢を崩して倒れるオーガ。
俺は距離を取って相手を見据える。
「冷静でいれば勝ち筋が見える時がくる。後はそれを辿れば――」
【精霊術】で手の中に輝く風を生み出す。
それを弓と矢の形に形成し、弦を引く。
そしてオーガの頭部を狙い――一撃で仕留める。
「自ずと勝利を手繰り寄せることができるというわけだ」
「凄い……凄すぎるよ師匠!!」
音を立てて膝から崩れ落ちるオーガの姿を呆然と見ていた三人。
翠は驚きつつも感激した様子で俺の胸に飛び込んで来る。
「今のどうやったの、教えて!」
「すまないがこれを教えることはできない。意地悪で言っているのではなく、他の誰にも覚えられなんだ」
「えー残念! ボクも同じのやりたかったな。同じジョブを選択してるから、いけうると思ったんだけど」
「ちょっと翠、離れなってば!」
俺から翠を引き剥がす凛花。
無花果はまだその場で目を丸くしたまま俺のことを見ていた。
「どうなってるんですか、今のクソほど強い威力の技は」
「口が悪くなってるぞ。残念だが企業秘密で教えることはできない」
無花果はどうやら興奮すると口が悪くなるようだ。
凛花もそう言っていたが、自分の口調をコントロールできないみたいだな。
徐々にではあるが彼女たちのことが分かってきたような気がする。
「でも本当にどうなってるの。他の冒険者じゃ傷一つ付けられなかったのに、一撃って」
「偶然じゃないか?」
「あんなの偶然の一言で片づけるな! いや、無理に聞かない約束だからこれ以上は踏み込まないけどさ」
凛花は話さない約束には納得しているが、俺の能力に関しては納得していないようだ。
まぁFランクが戦えるなんて常識からすれば考えられないだろうし、何も知らなかったら俺も同じ風に感じるだろう。
三人との間にこれ以上気まずい空気が流れないように、俺は話を逸らすことにした。
「モンスターを倒したら魔石の回収を忘れるな。それから――丁度いい」
オーガの体が消えていく。
霧のようになり、四散するようにして。
だがそれはまた一か所にあつまり、淡い光を放つ。
そしてオーガがいた場所の跡には大きな魔石が残っており、もう一つ別の物が落ちていた。
この辺りのルールは勇者だった頃の前世と同じで助かる。
持っている知識通りで話が可能だ。
「こんな風にモンスターは倒した時にアイテムと化すことがある。これは『ドロップ』と呼ばれる現象だから忘れるな」
「ドロップ……アイテムになるんだ!」
ドロップしたアイテムと魔石を拾う翠。
彼女が手にしたのは『オーガソード』という剣であった。
スカウト系列の能力、『鑑定』でそのことが分かる。
見た目は普通の剣に見えるが、刀身が赤いのが特徴――なのだが、今彼女が持っているのは刀身が黒い剣。
オーガソードのことは耳にしたことがあるが……少し違うみたいだ。
「オーガソードの亜種ってところか」
「じゃあ名前はそのままでいいかな。オーガソード亜種。これボクが使ってもいい?」
「ああ。他の二人には相性が悪そうだしな」
「やった! これで戦力アップかも!」
ご機嫌の翠を見て俺は微笑を浮かべる。
「危険も去ったようだし、もう少しモンスター狩りをするか」
「はい!」
三人の声が揃う。
オーガが出て来てのは想定外であったが、この後は予定通り順調に彼女たちの訓練は続いた。




