第2話 おっさん、噂になり始める
「変異体と思われるオーガが現れた! 皆、逃げるんだ!」
逃げてきた俺たち。
冒険者の一人が作業をしている者たちに叫ぶ。
全員が血相を変えて逃げ始める。
だが回収した素材はしっかりと運んでいるところを見ると、意外と余裕があるのだなと感心してしまう。
それとも金への執着か。
おそらくは後者であろう。
ダンジョンを脱出し、そこでようやくため息をつく者たち。
そこは地下の大きな広間。
冒険者以外の者が複数人おり、上下に繋がる大きな階段があるだけの冷たい空間だ。
倉本の仲間である男たちが、入り口付近にいる【ギルド】の職員に説明をしている。
ギルドとは冒険者をサポートする組織で、現在ギルドは三つあるのだが……今話をしているのは【フェンリル協会】の人たちだろう。
俺は携帯で撮影をしていた男が息を切らせて座り込んでいるところに声をかけた。
彼は職員に説明せずに、まだ震えているようだ。
「あんたが撮っていた動画。渡してくれないか」
「え、動画って……」
話しかけられたこと、そしてその内容に真っ青な顔をする男。
最初は出さないつもりみたいだったが、俺が静かに見据えていると観念してようやく携帯をこちらに差し出してきた。
「もしかしなくても報告するんだよな」
「それはそうだろ。あんたたちは犯罪を犯かそうとしたんだ。証拠が無ければ犯罪にならないが、証拠があれば罪に問える。自分たちで証拠を残しておいたのが仇になったな」
肩を落として震える男。
彼らがやろうとしていたのは犯罪。
俺たちを意図的に殺そうとしたんだ。
俺は男を一瞥した後、ギルド職員にさっきあったことの説明を始めた。
「――こういうことがあってここに証拠の動画が残ってる。常習犯だったみたいだから、他の証拠も残ってるかも知れません」
「まさか倉本が……至急調査をして然るべく処置をします。報告ありがとうございます」
ギルド職員は携帯の持ち主と倒れている倉本を連れて、階段を駆け上がって行く。
倉本の仲間たちも肩を落として後に続いていた。
これであいつらは捕まることだろう。
だが変な噂を聞いたことがあり、それが少し気がかりだ。
冒険者、そして作業員はどこかのギルドに属さなければダンジョンへの侵入を許されない。
ギルドは三つあるのだが、それぞれに特徴がある。
さきほどの職員はフェンリル協会で、公平さと冒険者の安全を重んじる組織。
一番多くの冒険者、作業員が属している。
一つは【セント・サルベーション】。
このギルドはボランティア的な意味合いが強く、ダンジョン内で困っている人や危険を排除することに特化した組織。
報酬はもらえないので、活動資金を集って運動をしている。
そして最後の一つが【黒龍協会】。
あくまで噂の範疇ではあるが、この組織は元反社会組織の人間たちが立ち上げたギルドらしい。
金を稼ぐことに貪欲な組織で、金払いがいいのでここに属している者も少なくないのだが……フェンリル協会などと比べると危険な仕事が多く、さらには仕事の成功には手段を択ばない者が多いとも耳にする。
そして倉本は黒龍協会に属しており、あそこは問題をもみ消すという話もよく聞く。
どこまで本当の話か分からないが、しかし後のことは上の連中に任せるしかないだろう。
「しかしオーガが地下1階に現れるなんて、どういうことだ」
「突然変異だとしても、ちょっと異常だな」
オーがが出現したことに驚愕している冒険者たち。
彼らの会話を耳にするのを中断し、俺は帰宅することにした。
◇◇◇◇◇◇◇
昨日の一件があってから家で寝ていた俺。
だが突然の電話に起こされる。
「はい」
『あの、龍王院さんですか』
「そうですが」
『私フェンリル協会の幸島小春です』
電話の相手はギルドの職員であった。
フェンリル協会に所属しているので、また仕事の話だろうと察する。
しかし彼女の口から伝えられた内容は、こちらの想像を超えたものであった。
「今日の勤務の件ですよね」
『違います。その様子じゃ龍王院さんはまだ知らないようですね』
「知らないとは?」
『実は龍王院さんのことを訪ねてくる方が多くてですね……別ギルドや記者、他には配信者などあらゆるジャンルの方々があなたのことを詳しく教えてくれと』
「はい?」
何故俺の話を聞く必要がある?
一作業員でしかない俺の話なんて面白みも何もないだろう。
電話を手に言葉を失っている俺に、幸島さんは続ける。
『先日の倉本さんの動画が配信サイトで流れてるんですが……龍王院さん、倉本さんのこと倒しちゃいましたよね』
「倒しましたね……なんであの動画が世間に?」
やってしまった。
自分の額に手を当てため息をつく。
あれは証拠としてギルドに届け出ただけなのに。
携帯の持ち主が自分たちの犯罪を世間に公表するような真似もするはずないだろうし、出所が不明で困惑状態。
まだ朝ということもあり、頭が回らない。
『先日の件ですが、黒龍協会との話し合いの結果、倉本さんは不問となったのです』
「あれで不問って、どうなってるんですか」
『それは耳の痛いところなんですが……上層部同士の話し合いでそういう結論に至ったようです。ですがそれを許せない職員がいまして、その人が配信サイトに投稿するという形で彼らの犯罪を世間に広めたようです』
「なるほど。確かにあれを『無し』にするなんて誰も納得しませんからね。暴露する気持ちはよく分かります」
フェンリル協会の職員が倉本の事件の暴露をしたと。
そこまではいいが、それで俺は一躍有名人になってしまったということか。
それは……とてつもなく面倒だな。
『そういうことですので、当面の間あなたに付きまとう人たちが現れると思いますが気を付けてください。そのような状況を作り出してしまいましたことを、深くお詫び申し上げます』
電話を切り、狭い六畳のアパートを眺める。
古いアパートで、布団とテレビ以外は全て押し入れの中にしまっていてスッキリはしていると自分では思う。
陽光がカーテンの隙間から洩れており気分を切り替える意味も込め、外の空気を入れるためにガラス窓を開いた。
「あ、いたぞ!」
「あの人が龍王院桂馬だ!」
「すみません! 倉本さんを倒していたようですが、詳しく聞かせていただけませんでしょうか!?」
俺の部屋は二階で――アパートの入り口には大勢の記者がおり、シャッター音が嫌というほど聞こえてくる。
俺は速攻で窓を閉め、天を仰ぎ嘆息した。
「なんでこんなことに……目立ちたくなんてなかったのに」
目立たないように地味に生きてきたつもりだが、一度の失敗でこんなことになってしまうとは。
昨日の自分の行動を叱り付けたい気分だ。
平凡な人生が、足元から崩れていく。
シャッター音と共に、そんな音が聞こえたような気がした。




