第13話 倉本、劉と密談する
黒龍協会本部──
そこは黒で統一された部屋。
薄暗い光の下、倉本は憤慨していた。
「くそ……あいつは絶対殺してやる。絶対にだ」
「倉もっちゃんの好きにすりゃええ。でもな、まだ時期が悪いわ」
短い銀髪の中年男が革張りの椅子に座っており、バタフライナイフで爪を切っている。
サングラスをしているこの男は劉謙剛。
黒龍協会のナンバー2だ。
彼がやんわりと宥めるが、それでも倉本の怒りは収まらない。
「ならいつだったらいいんだよ!」
「そうやな……後二ヶ月ってところや」
「二ヶ月? 長すぎる。俺は今すぐにでもあいつを殺したいんだよ」
桂馬にやられたことを根に持っている倉本は、こうして毎日怒りを誰かにぶつけていた。
今は劉にそうしているが、彼の反応が薄いことがさらに腹が立つ。
「黒龍協会をやめてもいいんだぜ?」
「そりゃ困るわ。稼ぎ頭の倉もっちゃんがおらんようなったら、商売あがったりや」
「じゃあ好きにさせろよ」
「好きにさせたら今度こそ刑務所行きや。ワシらが動かんかったら、倉もっちゃん捕まっててんで」
「だからなんだよ。刑務所ぐらい行ってやる。そこでも俺は天下を取れる。怖い事なんてないのさ」
劉はバタフライナイフをズボンにしまい、倉本の肩に腕を回す。
「そんなんワシらが困るわ。な、最高の機会をワシらが作ったるから。最高峰の舞台! 満席御礼の観客の数々! シチュエーションはパーフェクト! やるなら今や! ってな。だからそれまで辛抱してや」
「…………」
「それまでの退屈しのぎに、好きなもんご馳走したるし、ええ女も紹介したるがな」
倉本は劉の厭らしい瞳に舌打ちしつつも、だが彼の提案を受け入れる。
自分の思うがまま、欲望のまま生きる倉本にとって、龍の言ったことには十分な魅力を感じていた。
「酒も飯も女も、俺の自由なんだな?」
「当然やん! 倉もっちゃんの好きなままに、ご勝手に、ご自由に。注文してくれたらなんでも揃えるで」
実際、倉本に刑務所へ行かれるのは黒龍協会にとっては痛手。
連日宴会をさせておくぐらい安いものだ。
黒龍協会からすれば一番大事な物は『金』。
金があれば人を動かすことなど安易となり、問題をもみ消すことも可能だ。
世界は金で回っており、その権力を手に入れるために黒龍協会は活動している。
そのためには倉本を失うわけにはいかない。
いい金づるを手放すものか。
劉は倉本の隣でニヤリと笑う。
「ところであいつのことはどれぐらい分かったんだ?」
「まぁ調べられる範囲は」
劉は携帯を取り出し、メモしていた内容を口にする。
「龍王院桂馬。年齢は37歳。配偶者と子供は無し。風呂ありだがボロアパート暮らし。作業員として生計を立てており、ランクは──脅威のFや」
「Fランク!? 俺がFランクにやられたというのか?」
倉本が驚愕するのは仕方がないこと。
魔力がある人間に傷を付けられるのは魔力のある人間だけ。
倉本は数少ないSランクの冒険者。
彼を傷つけるとなると、膨大な魔力が必要とされている。
それを魔力ゼロの桂馬が倒してしまった。
鉄の箱の中にいる人を素手で傷つけるようなものだ。
常識で考えるとそんなことあるはずがない。
「その情報は確かなのか?」
「基本的にランクを誤魔化すことはできへん。まぁFランクで間違いないんやろうな」
「基本的ってことは、裏で何かをやっている可能性もあるってことか」
「それも否定できへんな。でもそんなことをしても得なんてないから、ほんまにFランクなんちゃうかな」
倉本は顎に手を当て、桂馬のことを考える。
(自分の能力を偽る理由……確かにそんなものは必要ないか。力があれば金を稼げる。金があれば自由にできる。そんな権利を手放すやつなんてこの世にはいないはず)
「ああ、そうや。最近あいつがおもろいことやっててな」
「面白いこと?」
「Eランクの女三人の面倒見てるらしいで。Fランクが冒険者の基礎を指導するって、おかしな話やろ。ほんま笑えるわ」
「本当にただのFランクなら……だろ」
顔を合わせて笑い合う二人。
「そうやねん。実はダークオーガを龍王院が倒したって噂があんねん。三人のEランクの指導中に遭遇してな、他の冒険者が束になっても勝たれへんかった相手が忽然と死んだらしいわ」
「ダークオーガ……あの黒いオーガか」
「それであいつ、その後にギルドにBクラスの魔石を換金しにきたらしいねん。もうビンゴやろ、これ」
FランクがBクラスの魔石持ちを倒した?
そんな常識外れなことは考えれらない。
だがあいつなら……自分を倒したあいつならあり得る。
倉本はギリッと歯ぎしりをして明かりを睨みつけた。
「何か隠してるのは確実だな」
「そういうこと。正々堂々とやって倉もっちゃんが負けるとは思わんけど、状況と情報が整理されるまでは辛抱してな。念には念をってやつや。勝つときはパチコーンって一発で仕留めたらええんやから。な」
(今は劉の口車に乗って待機してやる。それまでは極上の娯楽を楽しんで、最後のデザートにあいつをぶっ倒してやろう)
倉本はその時のことを想像し、鼻で笑う。
そして別の目的を持つ劉もまた、同じように笑うのであった。




