第11話 おっさん、凛花と食事をする
凛花に連れられて来た店は安いイタリアン。
俺ぐらいの身分には丁度いい。
彼女は二十歳になったばかりらしく、赤ワインを注文していた。
俺はビールを注文し乾杯をする。
「酒は強いのか?」
「さあ? 初めて飲むから分かんない」
「……頼むから迷惑をかけるのだけは勘弁してくれ」
まさか初アルコールとは……
翠たちと飲んだりしたことがないんだな。
ゆっくりとワインを飲んで息を吐く凛花。
特に変わった様子は見られない。
どうやらアルコールに弱くはないようだ。
「桂馬さんっていつから作業員してんの?」
「作業員はもう十年以上になるな。他の仕事はしたことがない」
「そうなんだ。結構長いんだね」
「凛花たちは大学には行ってないのか?」
「無花果だけ行ってる。奨学金でね。無花果は昔から頭良いんだ。私と翠は全然だけどあの子は別格。最初は大学に行かないって言ってたけど説得した」
彼女たちは家族同士。
その家族の背中を押してあげられる良い人間のようだ。
足を引っ張る人が多い中で、そういうことができるのは素晴らしい。
「じゃあダンジョンに行っていない時は何をしてる?」
「バイトばっかしてる。コールセンター。時給良いんだ」
「コールセンターか。時給が良いなら生活自体は不便ないな」
「うん。ただ施設のことがあるじゃん。だからいつもカツカツなの」
世話になった施設のために寄付をしているという話は聞いた。
若いのにそんなことがよくできるな。
こういうのに年齢は関係無いのかもと思える。
彼女たちとの付き合いは新しいことを学べる、俺にとってある意味でチャンスなのかもな。
注文したクリームパスタが到着し、上品に食べる凛花。
俺は自分のカルボナーラを口にして、ゆっくりと頷く。
「美味い店だな」
「でしょ? 安くて美味しい店なんだ。桂馬さんにも喜んで貰って嬉しい」
歯を見せて笑う凛花は綺麗で、年甲斐もなくドキッとしてしまう。
「オーガ倒した時さ、思ってた以上にお金貰えて、あれだけあったらバイトなんて止めてもいいけど、地下一階のモンスター相手にしてるだけじゃまだまだだね」
「そうだな。普通のバイトより割はよくない。地下二階まで行けば専業でやっていける。地下三階以上に進めたら小金持ちだ」
「桂馬さんの実力なら十分稼げそうだけど。作業員やるよりそっちの方が儲けるっしょ?」
パスタをビールで流し込み、俺は鼻で笑う。
確かに凛花のいう通りだろう。
だが俺には俺の考えがある。
「足ることを知る。わざわざ必要以上に儲けるつもりはない。それに毎日体を動かすのも悪くないしな」
「私もそんなことが言える実力がほしいよ。本当に強くなれんの?」
「もちろんだ。凛花たちがさぼらなければの話だがな」
「さぼるわけないじゃん。私たち本気だし」
その気持ちはヒシヒシと感じている。
ダンジョンにいる時は常に真剣で人の話もよく聞く。
こんなに優秀な弟子は中々いないだろう。
「心配しなくても数ヶ月もすれば小金持ちになっているはずだ」
「本当に? 嘘だったら承知しないから」
凛花はそう言って、俯いてしまう。
そして赤い顔をして俺をジッと見つめてきた。
「桂馬さん、ありがとう。こんな私たちを拾ってくれて」
「そういう巡り合わせだったんだろうな。感謝は運命にしておけ」
「……好き」
「は?」
熱のこもった凛花の瞳。
そうか、こいつ……
「……酔っぱらってるな?」
「酔っぱらってないもーん。凛花はシラフでふ」
「ろれつが回っていないぞ。まったく、飲めないなら無理をするな。今度からは酒に弱いということを自覚しておけ」
酒一杯でベロベロになるとは……
普段以上に愉快な様子の凛花。
この後の面倒を見なければいけないのか。
「飲んだことないなら飲まなければいいのに」
「らって緊張してたんらもん。男と二人きりとか無理無理」
「悪い男の前ではもう飲むなよ」
「飲みましぇーん! 桂馬さん以外とは飲まないことをここに宣言します」
「帰るぞ」
酔っぱらった凛花を支えながら店を出る。
彼女は足元がおぼつかないようで、肩を貸さないと歩けない様子。
俺以外だけではなく、俺といてももう飲まないようにさせなければ。
「おんぶして、桂馬しゃん」
「はぁ……ほら、乗れ」
「やった、ありがとう」
フラフラだったはずの凛花は、勢いよく俺の背中に乗っかかる。
「いえーい! 今日は朝まで飲むぞ!」
「飲まない。というかもう金輪際飲まさないからな」
「ええっ、桂馬しゃんと一緒に飲むの。凛花、桂馬しゃん以外とは飲まないんだよ?」
可愛く言ってくるが無駄だ。
俺に色仕掛けは通用しない。
「それより最寄り駅はどこだ? 家まで送る」
「凛花の家忘れました! ごめんなしゃい」
面倒くさいことになったな……
一緒に食事に来たことを後悔し始めている。
「ありがとね桂馬しゃん。桂馬しゃんには感謝しきれないよぉ」
「あ、こら」
凛花は甘えながら俺の頬にキスをしてくる。
それも一度や二度ではなく、何度も何度も頬にキスをした。
「あのな、そう軽々とキスをするもんじゃないぞ」
「凛花は他の人になんかキスしません! あ、翠と無花果にならしてもいいかも。あはは!」
深いため息を吐くしかない。
まさかここまで酔っぱらうとは。
だが俺がいた時で良かった。
こんな風に他の男に絡んだら、どんな目に遭うか……
想像するだけでも背筋が冷える。
俺は呆れながら軽く柔らかい凛花の体をおんぶして、月が浮かぶ夜空の下を歩くのであった。




