第1話 おっさん、最強冒険者を倒す
ある人生で俺は世界を支配する魔王だった。
魔族を率いり、人間と戦い、この世の全てを手に入れる。
だが裏切者に背中から斬られ、魔王としての人生に幕を閉じた。
ある人生では勇者。
精霊の加護を得て世界のために戦い、魔族をうち滅ぼした英雄。
平和をもたらした後も人間のために働き、世の中に貢献した。
勇者である自分を慕う者も多く、寿命が尽きるその瞬間まで人々に頼られる人生。
そんな二つの記憶を持つのが俺、竜王院桂馬。
そして驚くことに魔王と勇者の記憶だけではなく能力までも所持して生まれ、世界を左右するだけの力を備えている。
しかし俺は力を隠して生活をすると決めた。
世界を支配して恨まれるのも、世界のために人生を捧げるのもごめんだ。
今世では目立たず平凡に生きていく。
二度も大変な人生を経験して、もうコリゴリだ。
平穏に生きて、自分の幸せを見つけよう。
そんなささやかな願いを抱き、俺は三度目の人生を始めた。
◆◆◆◆◆◆◆
気が付けば37歳になっていた。
平凡ではあるが穏やかでのんびりした日々。
刺激だらけの二度の人生を経験した後だから分かる。
こういうのも悪くない。
俺が住んでいる世界には【ダンジョン】が存在している。
前世でも当たり前にいたモンスターが、ダンジョンには存在しているのだ。
大昔に宇宙より飛来した隕石。
その隕石は地球に根付き、ダンジョンを生成した。
ハッキリとした仕組みは分からないが隕石が地球を餌にしてモンスターを作り出し、ダンジョンを大きくしているとのこと。
地下へ地下へ、今も伸び続けているらしい。
餌とされ普通なら地球は死滅するはずだったらしいが、星自体が進化を遂げたようだ。
人間が環境に適応するようにして、地球もダンジョンがあっても生命力が枯渇しなくなった。
モンスターは老廃物のようなもので、代謝をするようにしてダンジョンから自然に生み出される。
生まれる場所はダンジョン内限定で、このモンスターを処理するのが【冒険者】。
俺はこの冒険者をやっている……と言いたいところだが、自身の能力を発揮して活躍するつもりは無い。
ダンジョン生成の副産物で、鉱石も生み出されている。
これを掘り起こすのが【作業員】。
俺は作業員として鉱石を回収する仕事をしており、汗はかかないが食い扶持をこれで稼いでいた。
「おい、おっさん。こっちも回収しとけよ」
「はい、分かりました」
ダンジョン内は普通の洞窟のようにゴツゴツとした岩場になっており、広さは場所によってまちまちだ。
光を放つ『陽光石』があちこちに埋まっており明かりを必要としない。
現在いる場所は大きい広場で、見渡す限りに宝石のように輝く鉱石が生えている。
作業着姿で仕事をする者が多数おり、ヘルメットをかぶりドリルを手に作業をしていた。
俺もその中の一人で、静かにドリルで鉱石を掘り起こす。
そんな中、俺たちの護衛としてやって来ている男が数人おり、全員が戦うための装備をしていて、作業員の皆へ偉そうに命令をしている。
彼らは冒険者だ。
自分たちが強いから偉いと勘違いしているのだろう。
作業員は能力の低い者がやる仕事で、戦えない者とこちらを見下しているのだ。
「ちゃんと働けよ。回収しかできない能無しなんだからさ」
鉱石の回収量によって報酬が変動する。
それは作業員だけではなく冒険者もそうだ
そのため冒険者たちは、作業員により多くの資源を回収するように急かす。
「おっさんって仕事できないタイプでしょ」
「はぁ」
「ははは。気力も無ければ頭も無さそうだ。こういう単純作業しか出来ないんだろうな」
「そうですね」
俺をけなす金髪の男。
彼は異世界から帰ってきた「倉本敬一郎」。
異世界とはその名の通り、この世界とは異なる場所に存在する場所。
昔は『神隠し』なんて呼ばれていた時期はあったが、情報社会になってから『異世界転移』であったと分かった。
異世界に召喚された者は大半が大きな力を持って帰って来る。
倉本も例外ではなく高い戦闘能力を有していると世間では言われており、現在における冒険者の中で『最強』と名高い人物だ。
年齢は22歳らしいが、まだまだ人間がなっちゃいない。
自分の力に溺れて周囲を見下す、クズのような奴だ。
彼は作業をしている者に命令するのは当然で、酷い時は暴力を平気で振るう。
幸い俺には被害が出ていないが……見ているだけで苛立たしいことをやっているのをよく見かける。
作業員たちの護衛などしないで冒険者としてダンジョン攻略に勤しんでおけばいいのに、こちらを見下し暴力を振るうことに喜びを感じているのだろう。
軽蔑するほどに困ったやつ。
他の護衛者も彼と同じように、周囲に暴言を吐いている。
「なあ知ってるか。ダンジョン内で起きたことは事故で処理されるって。監視がキツい世間とは違って、モンスターがやったのか人間がやったのか、その証拠自体が消えてしまうからなんだよ」
そんなことは知っている。
ダンジョンは毎日姿を変え、証拠など一切残らない。
なのでダンジョン内での事件は立証が難しいとされている。
証拠があれば話は別だが、こんなところでカメラを回しているのはダンジョン攻略系配信者か、迷惑系の動画配信者ぐらいしかいない。
そんな常識的なことを何故こいつらは話すのだろう。
だが話を聞いて顔を青くしている者が数名。
どうやら誰かを怖がらせることが目的なのだろう。
どこまでもクズなやつらだ。
こんなのが世界最強とは泣けてくるな。
しかしそんな話をするだけで倉本は動かない。
ただの脅しだったのだろうか。
俺たちを監視するかのように静かに眺め、ニヤニヤと笑うばかり。
「はぁはぁ……君はすごいね。疲れないのかい?」
「ええ、まぁ」
作業人の一人が大量の汗をかいて今にも倒れそうだった。
俺は前世の能力――自力があるので作業をする程度では疲れない。
普通の人からすれば重労働の仕事。
疲れを口にしている人は白髪だらけの老人に近い人物。
これ以上の労働は不可能だろう。
「休んでいてください。俺があなたの代わりに働きますら」
「す、すまない……ありがとう」
「おいおい、勝手に何やってくれてんの? ジジイだとしても働け! 疲れたかどうか知らねえけど、俺らに貢献してから死ね」
老人に休んでもらうと考えたのだが……それを倉本が阻止する。
休ませるつもりは毛頭なく、無茶苦茶なことを言い出す。
俺は極力怒りを鎮めながら彼に反論する。
「この人はもう限界だ。俺が代わりに働くんでいいでしょ」
「お前が働くのは同然なんだよ」
「だから俺が二人分働く」
「お前が二人分働いてジジイが一人分働く。合計で三人分の働きだ。簡単な計算だろ?」
話にならない。
倉本は心配するどころか、逆にバカにするようにしてそんなことを言う。
俺は彼を無視し、老人に肩を貸して壁際へと向かった。
「おーい、だから勝手すんなって。早く二人分働けよ」
「文句があるなら三人分働く。だからこの人は休ませてやってくれ」
「……お前、目つきが気に入らねえな。十人分働いても許さねえよ」
少し睨んでしまったのだが、相手はこれが許せなかったようだ。
チンピラみたいな目つきで俺を見据え、口元を歪ませる。
すると彼の仲間である冒険者たちが、俺を取り囲んだ。
「お前、ちょっとついて来い。そこのジジイもだ。休ませてやるから」
「そ、それはありがたい……助かります」
「…………」
老人は嬉しそうに倉本について行くが、こいつらは碌なことを考えちゃいない。
否定することも可能だが、あの人が心配だ。
俺もついて行くことにしよう。
倉本は現場から離れた少し開けた場所まで移動した。
周りには何も無い。
鉱石なども一切なく、ただ広々とした空間。
寂しい空気が流れる場所であった。
「ってことで今からゲームを始めまーす」
携帯をこちらに向けてそんなことを言い出す冒険者。
俺たちのことを撮影しているみたいだ。
目的は分からないが、やはり碌でも無いことを考えているのだろう。
俺たちが来た道、そしてどこか奥の方へと繋がっている道が二つ。
その二つの道を男二人が立ち、倉本が来た通路の前に立った。
俺たちが逃げられないようにしたのだろう。
老人はまだ何が起こるのか分からず、にこやかか表情をしている。
「おーい、釣ってきたぞ」
「ご苦労だな。お前らにはモンスターと戦ってもらう。生き残ったら帰っていいぜ」
「あの、休ませてもらえるんじゃ……」
「ああ休ませてやるよ。永遠にな」
ゲラゲラ大笑いする倉本たち。
奥の通路から冒険者の一人がやって来る。
しかしその背後にはモンスターの姿があった。
モンスターは人間のような姿で顔などが崩れているゾンビ。
ダンジョンの入り口付近をうろつくモンスターで大した相手では無い。
しかし戦う力を持たない作業員からすれば強敵そのもの。
これと戦えということは、俺たちに死ねと宣言しているのと同意義だ。
そしてその様子を撮影して、それを愉しんでいる。
どこまでも下衆な連中だ。
「はい、ゲームスタート。生き残れるように頑張れ」
「私には無理です」
「無理なのは分かってる。だからやるの。死ぬか生きるか分からないゲームだから面白いんだよ」
「そんな……」
「おら行け、ジジイ。お前みたいな底辺は、死んでくれた方が社会のためなんだよ」
老人の背中を蹴る倉本。
ただでさえ見ていて気分が悪いのに、老人を平気で蹴るその人間性。
ゾンビよりも腐った男だ。
「俺がやるから下がっててください」
「き、君でもモンスターに勝つのは無理なんじゃ……」
「あれぐらいなら俺でも――」
グチャッと何かが潰れるような音。
俺はゾンビの方に視線を向ける。
するとゾンビは壁に吹き飛ばされ、四散しているではないか。
「え……?」
冒険者たちが絶句する。
ゾンビを吹き飛ばした正体が判明したからだ。
暗闇の中から出現するモンスターの姿。
オーガ――
鬼のような顔に筋骨隆々といった肉体。
身長は人間よりも大きく、見上げなければいけないぐらいだ。
だがそのオーガは肌色が違った。
黒いオーガ。
倉本も見たことがないモンスターだったようで、少し警戒しているようだ。
「なんでこんなところにオーガがいるんだよ……ここは地下一階だぞ!」
「オーガなんて地下三階ぐらいに現れるモンスターだよな。ってか俺の手には負えねえって」
オーガの姿に驚く冒険者たち。
普段こんな場所に現れるようなモンスターじゃない。
想定外のことが起きているので、困惑しているようだ。
「オーガ……やれないこともないだろうが念には念をだ。逃げるぞ」
「逃げるって……オーガは意外と足が速いんだろ。頼むから倉本、倒してきてくれよ」
「俺は確実に勝てる戦いしかしない主義だ。勝てるだろうがやらない。不確実な物には手を出さない。冒険者の鉄則だぜ」
クソな男だが心得はあるようだ、流石は現代最強の男と言ったところか。
奴の言う通りここは撤退が最善策だろう。
相手の能力が分からないうちは手を出さない方がいい。
携帯を持っている男は震え、倉本に懇願するような表情を向けている。
逆に倉本は冷静にオーガを見据えるばかり。
「じゃあどうやって逃げるんだ。お前は逃げれても、俺は無理かもしれないじゃないか!」
「だったらゲームを遂行しようぜ。おっさん、あんたを囮にして逃げるから行ってこい」
「行くわけないだろ。俺はこんなところで死ぬつもりはない」
「話の分かんねえ奴だな。こっちがその気になったら無理矢理でもやらせられるんだぜ」
ニヤッと笑いこちちに近づいてくる倉本。
手を伸ばし、俺の首に手をかけようとする。
それまでに感じていた倉本に対するストレス。
そして咄嗟の反射もあったのだろう。
俺はうっかりと倉本に手を出してしまう。
「うっ――」
カクンと膝から崩れ落ちてしまう倉本。
俺の左拳が相手の顎を貫き、意識を刈り取ってしまう。
……やってしまった。
まさか世界最強と呼ばれる男がこんなに弱いとは。
俺は少し冷や汗をかきながら男たちの方を見る。
「え、倉本……倉本!?」
「最強の冒険者を一撃で!?」
「な、何をやったんだ?」
騒然とする男たち。
撮影をしていた男は倉本に駆け寄り体を揺する。
だが倉本に反応は無い。
完全に気を失っているようだ。
「おい、死にたくないなら全力で逃げろ。あいつを倒せるなら倒してくれてもいいがな」
「ひっ!」
男たちは俺の言葉で全力で逃げ出した。
それを確認した俺は倉本の体を抱き上げ、オーガを睨みつける。
「ッ!!」
オーガの動きが硬直する。
しかし老人が恐怖に震えていた。
俺は彼の背に手を当てながら言う。
「逃げないと死にますよ」
「あ、ああ」
老人は必死で逃走を開始。
殿は俺が務めるから、この人も大丈夫。
なんとか死者は出さずに済みそうだ。
走りながら背中で気を失っている倉本に視線を向ける。
こういうクソもいるんだな。
そう考えるとムカムカしてきたので、この場に放置してやろうかと一瞬思案するが、そんなことをすればこいつと同じクソになってしまう。
やれやれと嘆息し、仕方なくそのまま走ることにした。




