第8章「神代セリカ」
【東京・板橋区 旧都営団地跡地 午前1時】
外階段に錆が浮いた廃団地の4階。
ロキとユーマは、ドアスコープのない一室の前で立ち止まった。
そこが、神代セリカの隠れ家だった。
「お前たち、足音がでかい」
開け放たれた扉の奥、タバコの煙の向こうにいたのは、
黒のニット帽にパーカー姿の女。年齢は30代前半、瞳の奥に濁りと諦念の色があった。
神代セリカ──元公安の諜報係であり、玲子とともにクロスピアの“裏帳簿”を記録した女。
【セリカの告白】
「エナは自分の死期を知ってたよ。
あの子、最後はあたしに“殺される方法”を選ばせたようなもんだ」
セリカは淡々と語る。
港区女子から議員の愛人へ、そして“国家の慰安”に堕ちたエナは、
クロスピアの接待室で国会議員・朝生雅嗣と関係を持ち、
その一部始終を自ら録画していた。
「でもね、その部屋には監視カメラがあった。
録画はすべて……椎名剛士の手に渡ってたの。
エナは自分の命を使って、“揺すれる材料”を作ろうとしてたのよ」
セリカの手元には、確かにSDカードがあった。
「だけどこれを公開しても無意味。
あんたらは知らないだろ? この国の検察とマスコミが、
いま誰の手の中にあるのかを」
【国家構造図(簡略)】
中之島統合連合(大阪)
┣ 総帥:南條辰巳(元右翼運動家)
┣ 三田村渉(諜報担当/Project YAMI開発責任者)
┣ 大道グループ(風俗/違法薬物供給ルート)
┣ 弁天会(実行部隊/西成での取り立て・殺害など実行)
白洲塾派閥(東京)
┣ 主任:椎名剛士(元厚労官僚)
┣ 支援組織:クロスピア運営団体(表向きは民間財団)
┣ 政界:朝生雅嗣(都議会保守系会派)
┣ メディア連携:陽明出版、NRT放送ほか
┣ 医療系:薬剤耐性感染症研究機関(表向きは国立)
「国家はね、ひとつじゃないの。
この国には**“思想別に複数の国家が並立してる”**の。
しかもお互いに監視し合ってるだけで、誰も責任なんて取らない」
ロキが唾を飲む。
セリカは最後に、一枚の古びた写真を机の上に置いた。
【写真に映っていたもの】
制服姿の少女が、壇上の政治家の横に立っている。
右肩には、青い十字架の刺青が見える。
「これは……エナ……?」
「違うわ。あれは……“エナがなりたかった女”。
本当の“神代エナ”は、別の名前で登録されてた。
戸籍上、存在すらしてない子よ」
【その頃/霞が関・某省庁地下室】
三田村渉は、1枚の報告書を見つめていた。
《Project YAMI:Phase 2 概要》
港区女子系YouTuber、TikTok配信者に向けた「ステマ型育成」計画
一部対象に対して薬剤耐性HIVを保持させ、意図的感染後にハンドラーを介し性行為を誘導
ターゲットとなる官僚・企業幹部の“意思決定能力”を生理学的に低下させ、恫喝に応じさせる
同時に、オンライン上での“バズ化”を誘導し、暴露系情報に信頼性を付与する
セリカの言うとおりだった。
この国の汚染は、既に政策そのものに組み込まれていた。
【東京・新宿ゴールデン街の奥のバー】
ユーマがふと呟く。
「ねえロキ、俺たちはさ……どこまで踏み込めば、もう戻れなくなると思う?」
ロキは、ポケットから古びたライターを取り出し、火をつけた。
「たぶん──もうとっくに越えてるよ」




