第5章「リスト」
――明け方4時、港区。
タクシーの排気とカラスの鳴き声が重なる中、神谷ロキはひとり六本木を歩いていた。
マリアは救った。だが代わりに、“あのリスト”に天宮玲子の名前が載った。
それが何を意味するか、ロキはよくわかっていた。
玲子は“狩られる側”になった。
ただの刑事ではない。過去に何かを隠し、“#06”に関与していた女。
──その罪の帳尻を、いま奴らが取ろうとしている。
【朝 7:25/品川・天宮玲子のアパート】
ロキはオートロックを解除し、無言で部屋に入った。
ベッドの横では玲子が座ったまま眠っていた。机の上には、彼女の警察手帳、拳銃、そして辞表。
「もう……終わりだよ」
玲子は目を開けずに呟いた。
「クロスピアに情報を漏らしてる奴が、警察内部にいる。
私の動きが、リアルタイムで“向こう”に筒抜けだった。
だから、リストに私が入った。これは──内通者が仕組んだ制裁」
「……じゃあ逃げるのか」
「いや、逆。逃げない。むしろ**“撮られに行く”**」
「は?」
「自分を“素材”にして、奴らの現場に入り込む。
その上で、三田村の直接関与を示す映像を録る。
それが出れば、公安も警視庁も動く。
──そのために、私は“生贄”になる」
ロキは、数秒黙ってから言った。
「ふざけんな」
「これは、私の罪の清算だよ」
「だったら、俺の音で殺す。
おまえは“撮られる側”じゃない。
“録る側”として、まだ生きてるだろ」
【その夜/中之島連合:海鷹連合・東京支部】
クロスピアと中之島連合が合同で使用する撮影拠点。
新宿・荒木町の元料亭。いまは看板もなく、入り口は電子錠。
この場所で“#15”の撮影準備が始まっていた。
中之島連合(東京方面)の現時点構成(再掲)
【若頭】早乙女 勲(さおとめ いさお・52)…東京統括
│
├─■海鷹連合(準構成団体)
│ ├─代表:椎名 剛士(しいな たけし・41)…元右翼活動家
│ ├─現場担当:八神ルイ(26)※映像ディレクター
│ └─少年兵:アキト(17)他3名
│
└─協力企業:クロスピア株式会社
└─代表:三田村 渉(49)…映像・スカウト全体の“実質トップ”
【同時刻/地下スタジオ:撮影準備】
「モデル変更の件、聞いたよ。次は“リアル刑事”か」
八神は舌なめずりをしながら照明を調整していた。
アキトは「警察も落ちるとこまで落ちたな」と嘲笑った。
そのとき、スタジオに現れた女。
赤いワンピース、手首に火傷跡、瞳孔の奥に静かな炎。
──天宮玲子だった。
「撮るなら、撮ればいい。
ただし、“全部録る”。お前らの顔も声も、ぜんぶな」
玲子の背中には、マイクロ盗撮機。
公安から渡された“直送型発信機”。
5分に1度、映像と音声を即時転送する仕様。
それが“三田村”の顔を捉えれば、即座に“公安介入”の名目が立つ。
だが──。
「なあ、ルイ。こいつ、何か仕込んでないか?」
アキトが玲子のバッグに気づいた。
八神がすぐに手に取り、中をあさる。
「──GPSと、マイクロSD。録音機だ」
「公安か? 公安の犬か、あんた?」
スタジオが静まった。
八神が口の端を上げた。
「処理しよう。映像撮って、音だけ抜いて──“#15・声紋素材”として出す。
顔と身体は“フェイク映像”にすり替える」
玲子は無言で立ち尽くしていた。
その目に、絶望はなかった。
──覚悟だけがあった。
【その瞬間/新宿・某ビルの地下スタジオ】
stigmaのセッションルームにて。
ロキが、ノイズマイクに火を入れた。
ベースを低く鳴らし、電子音と逆位相で“破壊波”を構築。
「やるぞ。これが、“音で殺す”ってことだ」
ユーマがドラムを殴り、アサトがギターを叫ばせる。
その音はWi-Fiを通じて、玲子の背中の機材から“クロスピアのサーバー”へと侵入した。
──そのとき、スタジオのスピーカーが異常を起こす。
強制的に“stigmaのライブ音源”が再生され始めた。
ドン、ドドン、ガガガ、ギャーーーー!
「なんだ!?」
「サーバーがハッキングされてる!」
八神が叫んだ瞬間、入口が蹴破られた。
公安の突入部隊。
完全武装。3秒で八神を制圧、アキトを押さえ、映像サーバーを押収。
玲子は、その場に崩れ落ちた。
何も言わず、泣きもせず、ただ静かにロキの“音”に包まれていた。
【翌日/報道:非公開情報】
新宿区荒木町のビルで違法映像の製作現場が摘発。
組織名は非公開。関与した企業の代表者(49歳・男性)は逃走中。
クロスピア代表・三田村渉──姿を消した。




