第3章「STIGMA、東京へ」
──東京。新宿区、歌舞伎町一丁目。
午前4時。
ネオンは途切れず、誰も眠らない。
ホスト、売人、シャンパンタワー帰りの女たち。道路にはタクシーとゴミ、立ちんぼの影、違法薬物の残滓。
それらすべてを飲み込み、何事もなかったかのように街は光っていた。
駅近くのゲストハウス“裏十字”の一室で、stigmaのメンバーが集合していた。
《stigma メンバー構成》
神谷ロキ(Vo/23歳)
元スカウトマン。音で暴力と性を焼き付ける男。大阪出身。実家は葬儀屋。
天羽アサト(Gt/26歳)
無口な情報屋。元ヴィジュアル系バンドマン。カルト宗教施設で育った。
久地井ユーマ(Dr/21歳)
小柄なドラム担当。風俗嬢の息子。ADHD持ちで、時折暴発する癖がある。
美月エナ(元・サポートVo)
現在行方不明(前章の事件後、姿を消す)
「東京、やばいな……」
ユーマがビール片手に言った。
窓の下では、女装ホストと路上スカウトが揉めていた。警察の姿はない。
「今日のライブ、どこだっけ」
「歌舞伎町“RED CORE”」とアサト。
「キャパ50、照明なし、PAおっさん一人。観客はチケット買ってねえ立ちんぼと、ドラッグ売ってるガキと、あと──あいつ」
「……あいつ?」
「プロデューサー。港区系の映像屋。クロスピアの下請け、元AVメーカーの残党。
名前は、“八神ルイ”。26歳。女を“消費単位”としてしか見てないって噂の奴」
【RED CORE – 歌舞伎町】
地下にある違法ライブスペース“RED CORE”。
消防法ギリギリ。ドアに錠はなく、ドリンクは缶ビール。
ステージとフロアの境目はなく、ヤク中がスピーカーにもたれ、汗まみれの風俗嬢が床にしゃがみこんでいた。
ロキがマイクを握った瞬間、観客の視線が一点に集まる。
「ここは、地獄の一丁目だ」
声は震えていなかった。
「俺たちは、“痛み”の残骸だ。港区で捨てられた女の名前を、今日は叫ぶ。──エナ」
ギターがノイズを走らせ、ドラムが弾け、音の津波が街を貫いた。
ライブ後、会場の隅で、ロキは一人の男に声をかけられる。
白のスーツ、金髪、血の通っていない目。
──八神ルイ(26)。
「いいステージだったよ。君の“音”には、痛みがある。いい素材だ」
「素材って……誰の話だ」
「港区女子って知ってる? あの女たちは、希望と性欲と病気の結晶体だ。
──それを映像化するのが、俺の“仕事”さ」
八神は笑いながら名刺を差し出す。
そこには「クロスピア提携制作:SIN-EYES PRODUCTION」とあった。
「“#15”を撮ろうと思ってる。今度は、男の悲鳴と女の憎悪。君が出演すれば、いい音が録れるよ」
「ふざけるな」
ロキが睨むと、八神は無表情に言った。
「エナ、殺したの俺じゃない。──でも撮ったのは、俺だ」
ロキの拳が飛ぶ──その直前、誰かが割って入った。
長い黒髪に、赤いトレンチコート。警視庁の刑事・天宮玲子だった。
「八神ルイ。公安がマークしてる。喋るときは気をつけな」
八神は冷笑を浮かべるだけだった。
「公安? お遊びはいい加減にしてくれ。──俺たちが撮ってるのは、“需要”だ。
黙って消費される女、壊れる男、それを誰が求めてる?──あんたたち警察もだろう?」
玲子の目が鋭く光った。
「……あんた、#06の被写体だった刑事の名前、覚えてるか?」
「さあね。女の喉を裂いたあと、誰も名を呼ばなかった」
ロキは、その場で八神に掴みかかったが、玲子が制止した。
「まだだ。今じゃない」
「なぜ止める。あいつがエナを……!」
「“証拠”がない。だから撮るんだよ、“次”の映像を。
ヤツらの“制作現場”を、私たちで暴く」
その夜、ロキの脳裏に焼きついていた。
八神の無表情。音にならないエナの悲鳴。そして“#15”という番号。
──録るのは、奴らじゃない。
──俺たちが、奴らの“音”を録る。
──音で呪う。記録でなく、破壊として。
stigmaは、その夜から新たなミッションに入った。
“ポルノ制作現場への潜入”──そのための準備が、静かに始まった。




