表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

第2章「警察と死体と港区女子」

 部屋の窓からは、曇天の空と老朽化した団地の廃墟が見える。

 壁紙は剥がれ、天井にはヤニのシミ。どう見ても警察の「聴取室」ではない。


 だが、女刑事──**天宮玲子(32)**は、そんな場所でロキに尋問を始めた。

 刑事バッジは胸元にぶら下げたままだったが、態度はどこか個人的だった。


「翠華荘801号室で、なぜ倒れてた?」

「知らねえ……気づいたら、ぶっ倒れてた」


「録音テープ。あの“#14・犬”って書かれたやつはどこだ?」

「知らないって。ギターケースごとなくなってたんだよ」


 玲子は、しばらく黙ってロキを睨んでいた。

 彼女の目は、明らかに普通の刑事のものではなかった。静かすぎるのだ。何かを“殺したことがある”目だった。


「──あんた、港区女子と関わって何年だ?」


「……何の話だよ」


「美月エナは、2019年まで六本木“SWAN TOKYO”でNo.1キャストだった。

 “城戸組”の幹部に可愛がられて、整形して、港区でSNSインフルエンサー。

 でもそっから急転落。覚醒剤、性病、枕営業、風俗転落、失踪、そして──獣姦テープ」


 ロキは黙った。

 玲子は続ける。


「#14の番号、意味分かる? あのシリーズは、もう13本存在してる。

 #01は“赤子”、#02は“爪剥ぎ”、#03は“死姦”。

 制作元は不明。でも必ず“消される”か、“狂う”かのどっちか。

 いま、警察内部でも“封じられてる案件”」


「警察が、“手を出せない”ってことか」


「──そういうこと」

 玲子は煙草に火をつけた。フィルターを深く噛んで、何度も吸い込む。


「私は元“監察室”だ。警官が殺した事件を、隠す側にいた」

「つまり、“警察の掃除屋”ってやつか」


「正確には、“黙って埋める係”だったわ」


 ロキは皮肉に口を歪めた。

 玲子がなぜ自分に接触してきたのか、だんだん見えてきた。


「警察も知ってるんだな。“あいつら”が作ってるって」


「“中之島連合”と、“映像配信会社・クロスピア株式会社”」

 玲子が名前を口にした瞬間、部屋の空気が張り詰めた。


 ──クロスピア。

 堂島の高層ビルにオフィスを構え、映像・広告・イベント制作を名目にしながら、実態はスカウト・売春・フェイクポルノ制作の仲介会社。

 裏では“性処理マニュアル”と呼ばれる売春マッチングアプリ「delirデリール」を運営し、SNSインフルエンサーや港区女子をリクルートしていた。

 そして、その頂点に君臨する男の名は──


「クロスピア代表、“三田村渉みたむら・わたる”。元AV監督で、いまは“合法ビジネス家”。

 でも裏では、“デリール女優”を育成して、テープを撮って売ってる。

 “#14”も、間違いなくあいつの手だ」


 ロキは静かに唾を飲み込んだ。


「──あんた、何がしたいんだよ」

「証拠が欲しい。法的じゃない、現場の“決定的映像”」

「それ、俺に撮れって?」


 玲子は頷いた。

 そして、バッグから一枚の紙を出した。それは、警察の情報提供者用の偽名登録証。

 通称「Vコード」。

 警察の非公式協力者、いわば“スパイ”に与えられる裏の身分証だった。


「今日からおまえは“V-0737”──死んだって報告する。

 そのかわり、おまえは生きて“あの映像”を手に入れろ」


「そんなもん……あんたがやればいいじゃねえか」


「私は“あれ”に一度、ハマったことがある」

 玲子の視線が、遠くの闇を見るように沈んだ。


「私は5年前、“#06・喉裂き”の被害者を調査した。

 女の喉を裂いて、声帯から音を抽出する手法。──観た瞬間から、頭の中に残る。音が、匂いが、脳に喰い込む。

 あの映像は、“記録”じゃない。“呪い”だ」


 ロキは一瞬、彼女の瞳の奥に、震えている子供のような影を見た。


「俺は、バンドマンだぜ」

「だったら、音で殺せ」

「音で?」


「おまえらの音は、“汚いもん”を鳴らすんだろ。

 だったら、“あいつら”の中に音を残せ。

 “どれだけ破壊されても、音だけは残る”──

 おまえがそれを信じてるなら、やれる」


 静かな沈黙。

 そして、ロキは立ち上がった。


「条件がある」


「言え」


「stigmaのライブは、止めねえ。仲間にも伝えねえ。

 俺がやるのは、音を録るためだ。“呪いを音にする”だけだ」


 玲子は、煙草の灰を床に落としながら笑った。


「いい音が録れたら、警察にも聞かせてくれ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ