第2章「警察と死体と港区女子」
部屋の窓からは、曇天の空と老朽化した団地の廃墟が見える。
壁紙は剥がれ、天井にはヤニのシミ。どう見ても警察の「聴取室」ではない。
だが、女刑事──**天宮玲子(32)**は、そんな場所でロキに尋問を始めた。
刑事バッジは胸元にぶら下げたままだったが、態度はどこか個人的だった。
「翠華荘801号室で、なぜ倒れてた?」
「知らねえ……気づいたら、ぶっ倒れてた」
「録音テープ。あの“#14・犬”って書かれたやつはどこだ?」
「知らないって。ギターケースごとなくなってたんだよ」
玲子は、しばらく黙ってロキを睨んでいた。
彼女の目は、明らかに普通の刑事のものではなかった。静かすぎるのだ。何かを“殺したことがある”目だった。
「──あんた、港区女子と関わって何年だ?」
「……何の話だよ」
「美月エナは、2019年まで六本木“SWAN TOKYO”でNo.1キャストだった。
“城戸組”の幹部に可愛がられて、整形して、港区でSNSインフルエンサー。
でもそっから急転落。覚醒剤、性病、枕営業、風俗転落、失踪、そして──獣姦テープ」
ロキは黙った。
玲子は続ける。
「#14の番号、意味分かる? あのシリーズは、もう13本存在してる。
#01は“赤子”、#02は“爪剥ぎ”、#03は“死姦”。
制作元は不明。でも必ず“消される”か、“狂う”かのどっちか。
いま、警察内部でも“封じられてる案件”」
「警察が、“手を出せない”ってことか」
「──そういうこと」
玲子は煙草に火をつけた。フィルターを深く噛んで、何度も吸い込む。
「私は元“監察室”だ。警官が殺した事件を、隠す側にいた」
「つまり、“警察の掃除屋”ってやつか」
「正確には、“黙って埋める係”だったわ」
ロキは皮肉に口を歪めた。
玲子がなぜ自分に接触してきたのか、だんだん見えてきた。
「警察も知ってるんだな。“あいつら”が作ってるって」
「“中之島連合”と、“映像配信会社・クロスピア株式会社”」
玲子が名前を口にした瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
──クロスピア。
堂島の高層ビルにオフィスを構え、映像・広告・イベント制作を名目にしながら、実態はスカウト・売春・フェイクポルノ制作の仲介会社。
裏では“性処理マニュアル”と呼ばれる売春マッチングアプリ「delir」を運営し、SNSインフルエンサーや港区女子をリクルートしていた。
そして、その頂点に君臨する男の名は──
「クロスピア代表、“三田村渉”。元AV監督で、いまは“合法ビジネス家”。
でも裏では、“デリール女優”を育成して、テープを撮って売ってる。
“#14”も、間違いなくあいつの手だ」
ロキは静かに唾を飲み込んだ。
「──あんた、何がしたいんだよ」
「証拠が欲しい。法的じゃない、現場の“決定的映像”」
「それ、俺に撮れって?」
玲子は頷いた。
そして、バッグから一枚の紙を出した。それは、警察の情報提供者用の偽名登録証。
通称「Vコード」。
警察の非公式協力者、いわば“スパイ”に与えられる裏の身分証だった。
「今日からおまえは“V-0737”──死んだって報告する。
そのかわり、おまえは生きて“あの映像”を手に入れろ」
「そんなもん……あんたがやればいいじゃねえか」
「私は“あれ”に一度、ハマったことがある」
玲子の視線が、遠くの闇を見るように沈んだ。
「私は5年前、“#06・喉裂き”の被害者を調査した。
女の喉を裂いて、声帯から音を抽出する手法。──観た瞬間から、頭の中に残る。音が、匂いが、脳に喰い込む。
あの映像は、“記録”じゃない。“呪い”だ」
ロキは一瞬、彼女の瞳の奥に、震えている子供のような影を見た。
「俺は、バンドマンだぜ」
「だったら、音で殺せ」
「音で?」
「おまえらの音は、“汚いもん”を鳴らすんだろ。
だったら、“あいつら”の中に音を残せ。
“どれだけ破壊されても、音だけは残る”──
おまえがそれを信じてるなら、やれる」
静かな沈黙。
そして、ロキは立ち上がった。
「条件がある」
「言え」
「stigmaのライブは、止めねえ。仲間にも伝えねえ。
俺がやるのは、音を録るためだ。“呪いを音にする”だけだ」
玲子は、煙草の灰を床に落としながら笑った。
「いい音が録れたら、警察にも聞かせてくれ」