第1章「音が死ぬ街」【前半】
最寄りの駅は、JR新今宮。
駅前には西成特有の安宿が並び、路上にはダンボールハウス、チャリンコ、注射器、そして死んだような目をした人間。
その夜、冷たいコンクリートの廃ビルの地下で、パンクバンド「stigma」が音を吐いていた。
場所は、かつて「三倉組」なるヤクザの事務所だったという噂の地下空間。看板はなく、入り口には警備もない。入場料は千円、薬物で払うこともできる。
──ベースが地鳴りを起こし、ドラムが暴れ、ギターが嘲る。
照明は裸電球が3つ。音響は最低。だがロキは、そんな場所こそ“音楽が生きる唯一の場所”だと信じていた。
「てめぇら、この街で一番“臭ぇ”奴から、順に前出ろよ!」
マイクを通したロキの声は、もはや叫びでもシャウトでもない。呪いだ。
「今日、子供売った奴──前! AV勧誘した奴──前! ヤク決めて逃げてきた奴──前!」
観客は、怯えた顔ではなく、笑っていた。
この街では、罪こそが“チケット”だった。
1列目にいたのは、風俗でトリコモナスに感染してると噂のある元港区女子、**美月エナ(26)**だった。
彼女の目の下には濃いクマ、唇は割れ、左肩には黒インクで潰れた「K」の刺青。
ロキは歌いながら、彼女を見つめた。
過去に何度も交わり、裏切り合い、殺しかけ、殺されかけた女だった。
演奏が終わると、ロキは楽屋に戻る。
酒、ピルケース、コンドームの空き袋、そしてバスローブ姿のドラマーが床に寝ている。
「ロキ……これ、見るか?」
ギタリストのアサトが古いカセットテープを差し出した。
──ラベルには、「#14・犬」とだけ書かれていた。
「拾った。新宿、歌舞伎町。エナが落としてったらしい」
「内容は?」
「ヤバい。聴くか?」
ロキは頷いた。
プレイヤーを繋ぐと、まず聞こえたのは喘ぎ声。女の声。
だがすぐに、獣の鳴き声が重なった。
犬。交尾。人間と。
録音ではない、生々しい音だった。ときおり金属音。おそらく拘束具の音。
アサトは無言で煙草を吸っていた。ロキも言葉を失っていた。
「……これ、エナが撮られたやつか?」
「たぶん、あのビルの801号室。あの場所……」
西成にある老朽化した風俗マンション「翠華荘」。
その801号室は、都市伝説めいた悪名があった。
獣姦ビデオの撮影現場。リンチショー。死姦。拘束。撮影され、売られ、消される。
「今夜、エナがそこに戻るって言ってた。回収に」
ロキは即座に立ち上がった。
「行く」




