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オレンヂな日

作者: 吉江和樹

 秋も行きつくところまで深まり、並木の枯葉はすっかり落ちて色を失い、遠くの山々の頂もわずかに白かった。

 その向こうで秋の冷たい夕風にそよぐ、白い雲に映えたオレンヂの夕陽がなだらかに揺れている。

 その時そんな景色の中に駆け足で近づく冬の始まりを観ていた彼女の心の中は孤独だった。

 そして薫は何となく部屋を出ると何時もの道を歩き始めた。目的などあるはずもなく、歩いているというのでもなく、昨日をただ彷徨っている様な感覚に包まれながら、その心に贖罪の念すら覚え、薫は誰もいない路を一人で歩いているようだった。

 目的がないのだから当然することなど無く、身を刺すような冷たい秋風に吹かれ、一人で彼女は歩いていた。

 歩いていただけだから散歩だったのかもしれない。少し行った所で、枯葉が落ちて寒そうに並んでいる裸の並木を見つけ、立ちどまり、彼女は悲しげにその並木を見つめた。

 その時、彼女の頭上を、まるく沈みかけた陽に向かってかあかあと鳴きながら、大きな黒いカラスが飛んで行った。

 その黒いカラスをにがにがし気に見上げた彼女は、悔しそうに枯葉の積もった茶色い路面に視線を移して、再び歩き始めた。

 交差点を超えたところで犬を引いた知らないお年寄りが、

「こんにちは」薫に向かいにこやかに頭を下げた。知らない人だったので、彼女は何も言わずに通り過ぎた。

 近くの公園では子供達がうつむいたまま、お互いに話すこともなく、動き回ることもなく、何かを見つめながら黙ってベンチに座っていた。黙ったままうつむいて、何かを見つめてベンチに座っていた。誰も乗らない赤茶色に錆付いたブランコも、無口な秋風に吹かれ何も言わずにぶらんぶらんとただ重たく揺れていた。

 暮れかけたオレンヂの秋の陽は、地平線にほぼ平行に、細く長く走っていた。その落ちかけた陽の光は同じ間隔、同じ高さで建っているアパートメントの団地を弱々しく照らしだし、その影が細く長く団地の東側へと力なく伸びていた。それを見た薫の心の中には、アパートメント中で暮らしている人々の愛のない生き様が、まざまざと浮かびあがってきた。すると薫はこれから訪れる冬を、久しぶりに一人で過ごす自分にふと気が付き、そんな彼女の心は言われもせぬ寂寥感に満たされてきた。その寂寥感に満たされた心は、まるで鋭い冬風にさらされた林檎のように冷たかった。

 そんな寂しい想いを拭おうと彼女はちょっとお洒落をして、街中へ出かけてみることにした。

 着替えて部屋を出た薫は、どうせバスは遅れてくるだろうと思っていたのだが、バスが時間通りにきたので、慌ててしまった。バスは空いていたのだった。遅れそうになった彼女は、走ってそのバスに乗り込み、街に出かけていった。  

 街までは10分もかからなかった。窓側の席に座った薫は、少し憂鬱そうに肘をついてぼんやりと窓の外を眺めていたが、その眼には何も映っていなかった。彼女の心はその時、色の無い影の森の中にあった。

 街の中に着いた薫は、結局、目的も何もなく歩いた。目的なしに歩く街中はまるで迷路のなかを彷徨ようだった。その迷路の中では、色を失い、疲れたようすの大勢の人々が、寂しげに、みんな少し大きめの歩幅と、少し早めの歩足で、少し斜め下を見つめながら彼女を追い越し、すれ違い、漂っていた。ふと顔をあげるとやっぱり暮れかけたオレンヂの秋の陽はビルディングの窓に踊るようにはじけ、広く開けた街中を鈍く鮮やかに照らし出していた。

 今日の薫は、わざと地味を装ってみたのだが、彼女はその暗さが美しいと思っていた。知的な臭いの漂う、女性らしい清潔な装い、彼女には今までどうしてもたどり着けない、手に入らない美しさに思えていた。


 そんなこと思っている時、すれ違いざま、何となく眼があったハンチング帽を被り、赤のジャンパーを着た30代半ばの男がなにげに彼女に微笑んだ。

 あの人だった。全くの偶然だった。偶然以外そこには何もなかったはずだった。

 そのまま彼は俯き、すれ違って行った。彼は仕事もなく、行くところもなく街を彷徨っていたのだ。

 

 薫は思わず振り向いた。振り向き、追い駆けた。    

 人ごみにまぎれ消えて行来そうになる彼を追いかけた。

 人波をかき分け、必死で追いかけた。

 やがて彼の後姿は消えて行った。

 しかし、彼女は追い続けた。

 赤いジャンパーにハンチング帽をかぶった彼を探し、追い続けた。

 会いたかった。彼と会いたかった。ただそれだけだった。

 優しい微笑みに見つめられ、暖かいぬくもりを感じていたかった。

 

 彼女は追い続けた、どこまでも・・・。

 いつまでも追い続けた・・・。

 命がけで追い続けた・・・。



                          おわり

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