邪竜・ヴォルフガング
世界樹を目にしてなかなか興奮が収まらない。
デカすぎる、あれが植物って本当かよ――また寸尺が頭の中で混乱する。
「どれくらい近いんだ? まだどれほど遠い? 規格外すぎてわからない……」
ジョミラーも世界樹を見つめため息をつく。
「本当ですね。あと何日歩けば――いつになれば着けるのか……」
ここでジョミラーは閃く。覚えたばかりの魔法を試そうと考えついたのだ。
「〈アイアンウィング〉!」
ジョミラーの背中に鉄の翼が生える。
それは開くと4メートルにはなる漆黒の翼だった。
すべて鉄だとすると100キロを超えそうだとウォルヒルは思った。
が、よく見ると翼の一番足には細い爪のようなモノが生えており、地面を刺して自重を支えていた。
「す、すごい。〈神佑〉がこんな魔法を授けてくれるなんて……。いや凄すぎるだろう」
呆然とするウォルヒルを見てジョミラーは嬉しそうにほほ笑む。
「【鉄火】なんて大嫌いなスキルだったけど、ウォルヒル様のお陰で使いこなせるようになって、今は凄く楽しいです!!」
ウォルヒルはジョミラーの笑顔の美しさに息をのむ。
こんな明るい顔ができる子だったんだな……。恐らくこれが本来の彼女の姿なんだろうな。ジョミラーが一変したのは間違いなく親に奴隷として追放されたのがきっかけだろう。
ジョミラーのX状の傷は自分で刻んだものだという。奴隷となって娼館に買われないように自らの手で顔に傷を入れたと語っていた。
そんな〈神佑〉に翻弄されたジョミラーが今〈神佑〉によって本来の明るさを取り戻しかけていることに、ウォルヒルは複雑な気持ちになった。
「わたしがウォルヒル様を掴んで飛んで世界樹まで運びますよ! それならもっと早く着くはずですし!」
ジョミラーは輝く笑顔でそう言ったがウォルヒルは思わず後ろに一歩下がる。
「ええ? それは僕が君に抱えられるってことだよね? それは恥ずかし過ぎるよ」
「いいじゃないですか。誰も観ていないんですから!」
「いやいや、そういう問題じゃあ…………っ!?」
ウォルヒルはハッと異変に気づく。その表情はどんどん険しくなっていく
そして東の方角に向き、戦慄し身構える。
ジョミラーもレベルが上がるごとに感性が鋭くなってきていたので、ウォルヒルのいわんとすることがわかった。
「何か巨大なモノが急接近してくる!」
「そんな感じがしますね。ではどこかに身を隠しましょう」
ウォルヒルは額に冷や汗を流しながら首を横に振る。
「ダメだ! こっちに真っ直ぐ来る。とんでもない大きさのものが、信じられない速さで!」
やがて空気が振動し、轟音が鳴り響く。
2人の頭上を全身に禍々しい棘を生やした40メートル大のモノが横切る。
直後、そのモノは2人間近に急降下、着地した。
その衝撃でウォルヒルとジョミラーが木の葉のように吹き飛ぶ。
「うわっ~!!」
「きゃ~っ!」
〈死の森〉に小さなクレーターを発生させて着地したのは黒い竜であった。黒竜が鼻を鳴らし、不愉快そうに語る。
「強い存在を感じてやってきたがなんだ人間か。くだらぬ」
転倒後素早く立ち上がったウォルヒルはジョミラーを抱き起こしながら驚く。
「……怪物がしゃべっている?」
黒竜はウォルヒルに向けて、その長い首を伸ばし、顔を突き出す。
「我をそのへんの魔獣と一緒にするとは不敬だな。まあいい、名乗ってやろう! 我が名は邪竜・ヴォルフガング。かつて魔王を乗せて天空を支配した者だ」
黒竜ヴォルフガングの口の中が赤く輝き出す。周囲の温度が一気に上昇する。
「我は魔王復活の為に忙しいのだ。すぐに死ね!」
「くっそ、いきなり炎かよ!」
恐怖するウォルヒルに向かい、放たれた火の玉がほとばしる。
が、ウォルヒルとジョミラーは大空に緊急退避していた。アイアンウィングを生やしたジョミラーがウォルヒルを抱えて舞い上がっていたのだ。
熱気はすさまじく2人の服の端がチリチリと燃え始める。
ヴォルフガングが金管楽器の音色のような声でグフフと笑う。
「ほう、悪あがきするか? よかろう、1分遊んでやる」
そのヴォルフガングの肌に鋭く水が当たる。ウォルヒルの超圧縮放水だ。レベルが上がったことで一閃で森の木30本は断ち切る威力がある。
だがヴォルフガングは平然としており、首をひねる。
「なんだ、我を洗浄したのか?」
ウォルヒルは【収納】から放った超圧縮放水が効かないことに驚く。
「超圧縮放水が効かないのか! 飛び切り圧縮した水だというのに!?」
衝撃的な結果だった。超圧縮放水が通用しない相手の出現が現実となったのである。