〈獰猛な牙〉
〈第三のダンジョン〉前の死闘から2時間後、ウォルヒルは剪断した木の枝を杖代わりにし、足を引きずって歩いていた。
パラマウン地方の南の森から伸びる道を歩く。
この道は南に曲がれば〈第三のダンジョン〉に続き、西に向かえばウォルヒルの村に着き、東に向かえば王都に伸びる街道に接続できた。
当然、ウォルヒルは村を目指している。
「くそっ、村にまでモンスターが向かっていなければいいが……」
〈死の森〉と村は6キロほどあるとはいえモンスターが襲来してきている可能性はある。
20分ほど歩いていると村の方角から荷馬車が走ってくるのに気づく。
荷物を満載にした荷馬車がウォルヒルに近づくと速度を落とし、やがて止まった。
ウォルヒルは御者に声をかける。
「ジョダンテさん、村はどうなっています!」
ウォルヒルは荷馬車が誰のものか知っていた。村と王都を往復して商売をするジョダンテのものであると――。
荷馬車の御者台で手綱を握るジョダンテの表情には諦めと焦燥が浮かんでいた。
「ウォルヒル、村はもうダメだ! わたしも店を捨てて逃げることにした」
ウォルヒルは目をむいて仰天する。
「む、村にまで怪物が?」
「ああっ、おまえさんの家族以外はもう村からいないぞ! おまえさんも早く逃げろ!」
「そうか、ライク―の発作か」
ウォルヒルは家族が逃げていない理由をすぐに察した。弟ライク―の持病が悪化し歩けなくなっているのだろうと想像する。
ジョダンテの背後のホロから、ツルツルの頭に十文字の傷のある少年と、眉間に大きなほくろのある小太りの少年が顔を出す。
「おい! おっさん、何で馬車を止めた!」
「げっ、荷物持ち!」
その2人をウォルヒルは知っている。坊主が僧侶のローチで小太りの方が盗賊のボイルだった。
そうしていると荷馬車の後方から馬に乗った2人が姿を見せる。
天然パーマの少年アランが手綱を握り、後ろにそばかすの目立つ少女の魔術師サーシャが乗っていた。
僧侶ローチ、盗賊ボイル、戦士アラン、魔術師サーシャは霞の村の冒険者パーティ〈獰猛な牙〉のメンバーである。
4人はいずれも親が冒険者で、この村で親が死ぬか蒸発したという境遇にあった。それをウォルヒルが指導し、冒険者にしていた。
アランがローチを怒鳴りつける。
「止まるな! オークがそこまで来ている!」
「アラン……」
ウォルヒルの表情が険しくなる、昨夜アランらに袋叩きにあったことを思い出したのだ。
〈獰猛な牙〉はこの地で全員レベル1以上になっている。
全員が〈昇霊〉を果たすと4人とも指導係だったウォルヒルに反抗するようになってきていた。元々、親の影響で粗暴だったが〈昇霊〉をきっかけに細かく指導してきたウォルヒルに敵意を向けてくるようになっていたのだ。
アランとサーシャがウォルヒルに気づき、顔を険しくする。
「ウォルヒル、てめえ、まだ生きていたのか?」
ウォルヒルも睨み返す。
「まずは昨日の謝罪をするのが筋だろう、アラン?」
アランは眉間に皺を寄せながら馬に鞭を入れて急発進する。
「まだ指導者気取りか? うるせえ、てめえに叩き込まれた基礎魔法・狩り・解体技術に感謝しろってか? 俺らがてめえに恩義なんかを感じるわけがねえだろう!」
「あんたの教師づらにはうんざりだよ! レベル0のくせに!」
サーシャはウォルヒルに向かって唾を吐く。
アランは嫌観たらしく笑うとからかうようにいう。
「あんた、正直〈ノロイ〉なんだろう? あれだけゴブリンを狩って〈昇霊〉しないんじゃ出来損ない――〈ノロイ〉だろう?」
続けて〈獰猛な牙〉全員がドッと笑う。
ウォルヒルもギリリと奥歯を噛み締める。それはずっと言われたくない言葉だった。
〈ノロイ〉とは何をどうしても〈昇霊〉が起きない者の蔑称だ。すでに〈昇霊〉をしているウォルヒルにしても言われるだけ怒りが混みあがった。
ローチがジョダンテから強引に手綱を奪って荷馬車を走り出させる。
「おらっ! 早く出せ!」
「ああっ!?」
荷馬車とアランの馬が東に向かう。
ウォルヒルも歩き出す。
「僕も村に急がないと!」
そんなウォルヒルの背にボイルが弓を向ける。
邪悪にほほ笑むと弦を引き、矢を放つ。
「これが置き土産だよ!」
ボイルの矢がウォルヒルに迫る。
が、矢は【収納】された直後に反転され射出されたのだった。
矢はボイルの左肩に深々と刺さる。
「ぎゃっ~~~!? な、なんでだよ~!」
ウォルヒルは悲鳴を背に聞きながら振り返らずに杖を突いて必死に歩く。
「父さんたち、まだ無事でいてくれよ!」
今はただ家族の無事を祈るだけだった。