奴隷カンピオンの絶望
翌日の夕暮れ・晴れの下、商店が並ぶ首都ロサンゼスの南にウォルヒル達はいた、。
ほとんどが小売業であるが、問屋を兼ねる大店も多くある。
3人は最も奴隷を扱っているというティムバー商店と交渉をしていた。
「当方は幅広い奴隷を扱っていますので、あらゆるニーズにも対応できる所存です。S級冒険者のウォル様ならばあらゆる等級の奴隷を無審査で買うことができます。ただしここ首都で所有する場合は様々な規制がありますのでご注意いただきたいです。奴隷に食事を与えないや暴力を加える行為には強い罰則が加えられます。この首都以外に連れていく場合は料金が発生しますが規制を受けません」
ウォルヒルがS級冒険者カードを見せて奴隷購入の交渉をすると、ティムバー商会は総支配人のティムバー・トォンが交渉役を買って出た。
ティムバーは風貌がどこか羊を思わせる顔をした初老の男性である。
ウォルヒルは出された奴隷のカタログをジョミラー・ライクーと共に見ながら、ティムバーの説明を聞いていた。
購入説明が10分続いたところで、ティムバーの部下が現れ、一枚のカードを上司に渡した。
カードを読んだティムバーは満面の笑みを浮かべると、立ち上がる。
「ウォル様に料金の代わりにいただいた魔石の査定が終わりました。合計金貨3640枚になりますのでここにいる全ての奴隷を購入することができます! いかようにもおっしゃってください!」
ウォルヒルは代金の代わりに魔石34個をティムバーに渡していた。S級冒険者の申し出を断ることができず、ティムバーは魔石を鑑定したのだが、上質な魔石であることがわかると熱い接客態度に移行した。鼻息が荒い。
「では自分の眼で確かめよう。気に入った者をすべて購入させてもらおう!」
そういってウォルヒルは立ち上がる。が、奴隷のカタログを見るふりをしてウォルヒルは【万能収納+α・β】をフル活用して【解析】し、全奴隷の詳細なデータ収集をすでに行っていた。
あとは気まぐれで買った風を装って購入するだけだ。
またウォルヒルは今日買おうとしていたモノを思い出し、ティムバーに尋ねる。
「できれば帰るまでに、ありったけの安酒とパン、ハムを用意して欲しいんだけどできるかな?」
「量が必要ということでございましょうか?」
「ああ。特に質の高さは求めない」
「ほほう――そういえば昨晩、貧民街で食べ物や酒、そして銀貨を配布する人物が出現したそうですな」
「ほぅ……」
ウォルヒルが世間話を聞いた感じで流すとティムバーも立ち上がって奴隷の案内のために席を立った。
ウォルヒルは何でもない風を装ったが、内心では商人というモノが油断ならないと戦慄を覚えていた。
昨晩ウォルヒルは情報収集と人材確保のために貧民街を訪れていたのだ。
無料の酒と食料を餌に、ステイタスを公開してくれるように交渉していたのである。
目立つほどの規模で行っていなかったのに、それを耳に入れるとは、商人をわずかにも侮ってはいけないと肝に銘じた。
他の商人もここ以上に海千山千だと思わないと、気がついたら文無しになるかもしれないと覚悟しないと!
ウォルヒルはこの日だけでもまだ4軒の奴隷商を回らなくてはならなかったので、気持ちを引き締めた。
立派なティムバー商館の裏庭には40を超える牢獄があった。大きな金が動く奴隷は地下室で世話をしているが、あまりに金にならない者は環境が良くない牢獄に閉じ込めている。
老人だけの檻、病人の檻、怪我を負っている檻などにわけられていた。
子供の檻もあり、その中に目を布で覆った薔薇色の髪の少女、赤毛のポニーテールの少女、歯がいくつか欠けたおさげの少女がいた。おさげの少女は幼女を脱したばかりで、他は10代半ばである。
一番幼い少女がウォルヒル達の接近に気づく。
「あ、誰か来た。お客かな? どう思うマーシャル?」
赤毛のマーシャルはおさげのガーウィグの視線を追う。
「あ、ほんまや。どないな奴隷を求めているんやろう?」
頬に手をやり、熱っぽい表情でガーウィグはいう。
「すごくお金持ちがあたいを買ってくれないかな~。それで毎日温かいご飯を食べさせてもらうの! 綺麗なシャツとパンツも毎日用意してもらって!」
そんな夢見る子に冷たい言葉が掛かる。
「奴隷になったら希望を持ったらダメだよ、ガーウィグ」
「えっ?」
「奴隷っていうのはただ言われたことをするだけ。希望を口にするのはダメで殴られるのが普通なんだから」
「そ、そうなの……」
マーシャルが苦い顔で、目を布で覆った少女を見る。
「こら、カンピオン。小さい子にそないなことゆうたらあかんで!」
カンピオンも仲間の言葉に素直に俯く。
「そうね。ボクみたいに目が見えない奴隷と一緒にしたらダメだよね……」
「そないな意味でいったんちゃうねん……」
マーシャルはカンピオンも慰めたかったが言葉が出てこない。確かにカンピオンの先にある未来は明るくないのだから。
カンピオンはすでに絶望に嘆く気力すらない。口の中で事実を反芻する。
〈神佑〉がノロイで、虚弱で全盲のボクとはガーウィグは違うんだから!
カンピオンは辛い過去を一瞬回想する。カンピオンは物心ついてからいつも両親から罵られていた。
「ノロイの〈神佑〉だけでも厄介なのに目が悪くなっただと?」
「奴隷としてもクズ値にしかならないなんて酷い親不孝だわ! つくづくいらない子!」
消えない思い出にカンピオンの見えない瞳から自然と涙が流れた。




