ウォルヒルのなすべきこと
ロサンゼス街のクレンション通りは商店が並び、賑やかに栄えていた。
そこには踊る石像と呼ばれる日照時間によって動いて見えるという彫刻があり、名物になっている。
踊る石像がある小さな公園に冒険者ギルドを出たウォルヒルとジョミラーがいた。
石像の前で2人は買った水を飲んで一息をつく。何が起こるかわからないので二人とも仮面を着けたままである。
「……予想より酷いことになりましたね」
「まあな。まさかペキンパーと戦うことになるとはな。20年ぶりだったよ」
「学友で剣では同門ですものね」
「ああ、さっきも少し言ったが奴がまったく練習していないのがわかって呆れたよ。あれがSS級冒険者だなんてガッカリだ」
「それに他の冒険者も――トニスコ様の予想、的中ですね」
「そうだね。冒険者は魔王討伐のあてにはならない。しかしこれは冒険者の質が低いというわけではないと思う。第三のダンジョンの敵が強すぎるんだよ」
「そういうことなんでしょうね。わたしもここに来てその事実に気づきました」
「この辺りのダンジョンは強くてもダンジョンボスがヒュドラやリッチぐらいらしいから実力がつかないのも当然だよ」
「〈紅の剣光〉がA級ですものね。なのに一階層で全滅ですから――」
「というわけで絶対に奴隷を購入して買って帰らなくてはならなくなった。正直……荷が重いよ」
元々人身売買に強い抵抗感があるウォルヒルだったので奴隷商に行く自身が嫌だった。
しかも買った後に地獄の戦場――人類で最も過酷な場所に連れて行くのだ。気持ちが暗くならないわけがない。
そんなウォルヒルを見て、内心を察し、ジョミラーは狼狽する。しかし無理にほほ笑んで明るい声を出す。
「大丈夫です、奴隷購入はわたしに任せてください! 奴隷の扱いには自信があります。何と言っても元奴隷ですから!」
「ジョミラーに辛い思いをさせるわけにはいかないよ。嫌な過去を思い出させるのは僕の本意ではない」
「ウォルヒル様のためならわたしは何でもしますよ! 任せてくださいよ。これでも商人の娘ですから!」
といったがジョミラーが急速に元気を失う。表情が暗くなり、虚空を睨んだ。
不意に黙ったジョミラーをウォルヒルが見つめる。すると、嫌な思い出をジョミラーがフラッシュバックしたのだと察する。昔から何度も見た光景だ。
今度はウォルヒルがあたふたと落ち着きを失う。ジョミラーが商人の父から奴隷にさせられた過去は簡単に消えることがないとわかったからである。
あまりにも深い心の傷を安易に慰めることもできず、何も言葉が出てこない。
が、ここでウォルヒルは心が定まり、やるべきことを見出す。そして決然とした態度で語る。
「僕のすべきことがわかった! 単純に奴隷を買うのではなく、未来が全くない人を残らず仲間に引き入れることがなすべきことなんだ」
「ウォルヒル様?」
「大病や怪我で余命短い人、心から一切の希望が消えた人、不当な重罪で未来が閉ざされた人――そんな人を見つけ出して、仲間になってもらうように説得したいと思う! もちろん体の怪我や病気を治した後でね? 断られたら別の街に送ってあげるんだ!」
突然の決意表明にジョミラーは戸惑った。しかし過去の自分のような境遇の者がいたら救いたいといっているのがわかると心が温かくなっていく。
あの時の自分だったらきっと地獄であろうとウォルヒルについていくことを確信できた。
ジョミラーは笑顔で頷く。
「はい! ウォルヒル様の能力と聖霊水があれば、きっと多くの人を救えますよね!」
ウォルヒルはジョミラーの瞳を見ると、自分が云ったことに賛同してくれていることに気づく。それは心強く、何とも頼もしい思いであった。
そうこうしているうちに男2人と女性1人が近づいてきた。その三人にウォルヒルが声をかける。
「初めての首都はどうだったライクー?」
「楽しかった! 生まれてきて一番楽しかったよ! あ、ちゃんと家も5軒とも見てきたからね」
弟ライクーが晴れ晴れとした顔でそういった。
そんなライクーを見てうれしそうな男女にウォルヒルは会釈する。
「ガイドを務めてくれてありがとうございます。非常に助かりました!」
それは〈紅の剣光〉の巨漢の弓師・アルジェントと縫いぐるみのような衣装を着た魔術師の少女・バーヴァであった。
「礼には及ばないのであるぞ。何しろ皆さんは命の恩人ですから、これぐらい朝飯前なのだぞ! それにただ物件を見て回ったのに付き合っただけで大したことはしていないぞ」
いかついアルジェントが柔和な顔で言った。
バーヴァはそんなアルジェントを突き飛ばすように押してライクーに近づく。
「そ、それでさっき云った話は本当だからね? うちの〈紅の剣光〉ならいつでも歓迎だから!」
バーヴァがライクーの手を取って熱烈に言ってきた。バーヴァはその服装もモコモコしたピンクの髪以上に個性的な少女であるとウォルヒルは感じている。
気分屋で自信家な少女であったが、なぜかライクーとは意気投合していた。




