奇跡! レベルアップ
ウォルヒルは回想を振り払うように頭を横に振る。
人が死ぬ前に見るという走馬灯のように過去を振り返った自分を叱咤する。
「いけないいけない、こんなところで死んでたまるものか!」
怪物の目が複数輝くダンジョン入り口を見ながら、ウォルヒルは懸命に立つ。
「本当にダンジョンからモンスターが地上にあふれ出しそうだ! このままじゃまずい。この世の終わりだ!」
ここでウォルヒルは軽回復薬を持っていることを思い出す。【収納】から軽回復薬を取り出す。
「なけなしの軽回復薬でなんとか傷をふさぐしかない!」
軽回復薬では創傷を治すことはできないが使わないよりはマシだと思う。
瓶に詰まった液状の軽回復薬は傷口に掛けるタイプであった。
太腿の傷口に軽回復薬を掛けようとするが手が震えてうまくできない。
「くっそっ、前日にぼこぼこに殴られたせいで…」
ウォルヒルは前日にパーティメンバーから集団暴行を受けており既にボロボロだった。
ここではっと閃く。
「そうだ! 薬の中身だけをいったん【収納】に入れて、【出力調整】で少しずつ無駄なく傷口にかけよう」
こんな時ぐらいは役にたってくれと願いながら、軽回復薬を逆さにして【収納】の空間に入れる。
次に、太腿の傷を凝視する。
「ここに目掛けて――一滴もこぼさず少しづつ……」
するとウォルヒルの目の前に展開した【収納】から軽回復薬が高圧力で噴出する。
ビュババァ~ッ!!!
途端に、超圧縮された軽回復薬がほとばしり、傷口の真横を貫通し2ミリほどの穴が開く。
「ぎゃああぁぁぁぁっ~~~~!?」
ウォルヒルはあまりの激痛にのたうち回る。すでに手負いの状態でも肉を裂く衝撃に七転八倒となった。
目からは涙を、鼻から鼻水を流しながら絶叫する。
「【出力調整】役に立たなさすぎる!!」
震えながら傷口を覗き込む。幸い軽回復薬で空いた穴はふさがっていた。
「くそっ糞糞っ! 少しずつ出すといっても程度があんだろう!」
怒りが収まらないウォルヒルだったが――ふと大きな口が自分の近くに迫っているのに気づく。
間近に大人の親指サイズの歯がぎっしりと並んだ顎が開かれて50センチの距離にあった。
目の前に全長5メートルはある巨大な狼がいた。
「な、なんだと? いつの間に……しかもこんな狼、見たこともない!」
状況が飲み込めないウォルヒルを無視して巨大狼が大口を開けて迫る。
「グガァァアァ~!!」
強襲に中年男は何もできない。腰を抜かし、悲鳴を張り上げることしかできない。
「ひぃっ、近づくな~!!」
ウォルヒルは頭の中が恐怖で真っ白だったが本能は違った。死の寸前で無意識が【収納】の軽回復薬を【出力調整】で超圧縮して放出した。
ザンッ!!
超圧縮水は巨大狼の顔を一瞬で縦に真っ二つにする。
巨大狼は絶命し、地面を揺らしながらドタンと倒れた。
眼前で即死した巨大狼をウォルヒルが凝視する。
「い、いったいこれは?」
ゆっくりと巨大狼の死体を観察する。
「これ……僕がやったのか?」
巨大狼の切断面を見る。それは鮮やかなもので剣でもここまで切れないだろうと思う。
ウォルヒルは生唾を飲み込む
「【収納】から液体を【出力調整】で極力鋭く激しく出すだけで、こんな破壊力を生み出すとは想像もしなかった……」
【出力調整】について考察したい気持ちになるが、今はそれどころではないと思い直す。
周囲を見回した後に、近くの水たまりに目をやる。
「それならただの水でも構わないはずだよな」
ウォルヒルは水たまりに手を付け、水を【収納】に入れる。ジョッキ15杯分ほどの量であろう。
そうしているとダンジョン入り口から異形のモノたちがやってくるのが目に入る。
顔が鷲の大熊、両端が頭を持つ双頭の大蛇、牛の頭をした鬼がはい出てきた。いずれも周辺には現れないモンスターである。
モンスターたちはヨダレを流しながらウォルヒルに襲い掛かる。
「なんてことだ! もう〈魔獣大発生〉が起きていたのか!」
ウォルヒルは逃げ出したかったがこの傷と足では無理だと判断する。
自分の前に【収納】を開き水を【出力調整】で超圧縮で放出する。
「見たこともない怪物ばかりだがやるしかない。超圧縮水を食らいやがれ!!」
開放された超圧縮水は次々と怪物の頭・体を切断していく。鷲、蛇、牛の首がすばりと体を離れ、地面に転がった。
一瞬の出来事だった
すると、ウォルヒルの体が輝き出す。
「な、なんだ。体が光った?」
光る手を見ながらハッと気づく。
「こ、これは〈昇霊〉現象か! ずっと起きていなかったのに?」
〈昇霊〉は怪物を倒したり神の恩恵を受けることによって、体が基礎から底上げされる奇跡の現象である。〈昇霊〉は〈神佑〉と直結しており、〈神佑〉によって〈昇霊〉が発生する速さは異なる。
通常、ほとんどの者が〈昇霊〉を迎えずに生涯を終えるほどであった。